【教団拡大】分裂
Xは面会室の椅子に身を沈めた。
安物の金属が不安げに軋む。
「なんだって?もう一回いってくれ」
向かいに座るYは教団の幹部とは思えないほどに感情が揺れ動いている。
とはいえ、持ち前の意志力で表情やら態度に出ないよう押し殺している。
数週間前、YはXのために黙秘を貫き通した結果、電流により脳に障害を負った。
具体的には、脳の前頭葉のどこかの神経が損傷し、常に〝意識〟が働きっぱなしとなったのだ。
その日、Yは激しく痙攣し、泡を吹いて警察病院に送られた。
警察組織は電気拷問を認めなかったものの、Yは即日自由の身となった。
入れ替わりにXが引っ張られたが、さすがの大黒顔と兵隊上がりの二人も、Yへの所業が半ば明らかになったなかで、X本人にまで同じような真似はできなかった。
刑事たちは脅し、すかし、軽い暴力をふるったが、Xにはまったく効果がなかった。
狭く、じめじめした檻房でもぐっすり眠った。食事は娑婆で食べていた米から麦に変わったが、やや肥満じみていた身体が絞られ、健康的になったほどだった。
勾留中、唯一、Xが衝撃を受けたのは、Yが病み上がりの身を押して伝えにきた報告の内容だけだった。
Yがハンカチで額をぬぐった。
表情は初めて会ったとき同様に哲学者めいているが、肉体は精神的ショックを汗として表している。
「金山正二郎氏が他の信者二十八名と共に離脱しました」
「んん? 待て待てYさん。まず、その金山とかいうのは誰だ?」
「一年ほど前に学舎の門をくぐった○○大生です。たいへん優秀で、先月には早くも第三仏の位に到達しています」
「ああ、あいつか、なかなかの伊達男だったな。歌舞伎役者の家の出とかいってたな。信者勧誘にも熱心だった」
「ええ、顔を生かして、たいへん優良な女性信者を多数獲得しました。その金山が、自分も先生と同格の悟りの極みに到達したなどと言い張ったうえで、学舎を割って出て行ったのです」
「わしと同格? それは本当なのか?」
「もちろん金山の虚言でしょう。しかし、やつの言葉を信じてしまった信者も多いのです」
「待て待て、同格なのだとしら、なぜ信者がやつについていく。わしらのところにいればいいじゃないか」
「それは、その、抜けた信者によると金山の方が顔が仏様に近いのだと」
Xは思わず笑った。
「なるほど!たしかにあやつのほうが、わしよりも仏像の顔に近いな。同じ仏の生まれ変わりとしては、やつのほうが説得力があるかもしれん」
「いかがすればよろしいでしょうか」
Xは両手を合わせた。
「あの世に送ってやればいい」
Yの顔色が薄暗い面会室の明かりの下でもわかるほどに悪くなった。
Xはあわてて両手を広げた。
「おいおいおい、Yさん、冗談だ冗談。本気にせんでいい。金山と抜けたものたちについては放っておけ」
はい、わかりました。Yが青白い顔で答えた。
Yが帰ったあと、面会室に一人残されたXは観音にいった。
「ちょいと聞きたいんですがね。金山は本当に悟りの境地に到達したんですかい?」
「ですね。観音様はわしの潜在意識が作った人格だ。わしにわからないことは観音様にもわからない」
「じゃあ、ほっとけ、と?」
「観音様が手を打ってくださると?」
Xの声だけが、面会室に響いた。




