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陰獣X  作者: 白色矮星
第二部 暗殺者
32/39

【教団拡大】逮捕

Yは御茶ノ水の通りに立ち、学舎の新本部を感慨の想いで見上げた。


新築の鉄筋4階建、駅前にそびえる小さいながらも堂々たるビルヂングである。

一階は資金稼ぎのための販売部、二階、三階は信者が自己研鑽するための道場、四階はYが詰めることになる運営部だ。


このビルには性行為のための部屋はない。Yは性行法の効果は認めていたが、新規加入者への刺激があまりにも強すぎる。そのため、性行法の場はいままで通り町工場の板間および、Xの住まう戸建て住居とした。Xは文句をいったが、Yは強く却下した。信者の数こそ教団にとっての力であり、悟りを世間に広めていくなら、とにもかくにも人を集め、悟りの才あるものを集めねばならない。


「それに、信者が増えればそれだけ先生のお眼鏡にかなう女性も増えるわけです」

この口説き文句でXは受け入れた。


Yはこの頃、Xが性行法に力を入れるのは、悟りに導くと同時に、X自身の性欲を満たすためではないか訝しんでいた。


たしかにXには、神的な何かがあるが、その実、人間の本能に根差したような俗なところも併せ持っている。悟りを開く前のXは極めて純朴な人間だったそうだが、悟りによって知力が上がった結果、かつてはなかった人間特有の欲望めいたものも同時に獲得してしまったのではないだろうか。


もっとも、自分はそれを非難できるほどご立派な人間ではない。Xは性行法で導いた女たちを、自分を含めた幹部に下賜する。XはYたちにも、女性を導く力があるからとしているが、正直、自分がそこまで悟りの極みにいるとは到底思われない。にもかからず、それっぽく抱いてしまうのである。


もちろん、大切なのは大義である。学舎の活動は、すべて悟りという資本主義や共産主義を超越した救いの術の普及に向かっている。そのためなら、性行法にまつわる僅かな男性的な欲望の有無など、些事に過ぎない。


Yは真新しい階段を上がり、四階の事務フロアに入った。

真鍮のノブを回して「みなさん、おはようございます」と挨拶する。


てっきり、運営部に配置した五人の若い男女が「Yさんおはようございます!」といきいきとした返事を寄越すのかと思っていたのだが、無垢材の机に向かった彼らは何ともいいようのない表情を向けるだけだった。


彼らの視線がYと奥の応接ソファの間を行き来する。


ソファには安っぽい背広姿の男たちがいた。片方は小太りで大黒様のようににこやかな中年男。もう一人は若く、筋肉質で精悍な顔立ちをしている。側頭部に走る大きな弾痕が目につく。復員兵なのだろう。


二人が立ち上がる。大黒様はゆるやかに、兵隊はきびきびと。


大黒様が懐から警察手帳を出した。

「Yさん、ご同行お願いできますかな?」


「なぜですか? わたしたちは何もしていません。日本は民主主義国家に生まれ変わったはずでしょう?」


「もちろんですよ。ただ、訴えがありましてね。あなたたちに家族を誘拐されたという方が、幾人もおるのですよ」


「誤解です。わたしたちは誘拐などしておりません」


「ま、ま、そういったお話は署の方でゆっくりとお聞かせ願えますかな?」


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