【教団拡大】酒と悟りの関係
Xが首を伸ばすと、大勢の信者たちが一心不乱に縄作りに勤しんでいるのが見えた。
現在、信者数は三十八名である。急激に増えたのは終戦間近の幾度かの空襲において、彼が命を救ってやった人々が家族丸ごと帰依したからだ。それに、彼の妻たる七人の女とY、さらには例の少年警官がいた。
三月の大空襲で彼らが拠点にしていた元売春宿は跡形もなく焼けてしまっていた。いまの住居は○○区のはずれにある労務者用の長屋である。持ち主はXの法律上の妻の親戚筋である。つまり、実質的に、ここはXの妻の持ち物ということになる。
Xの法律上の妻は、奇妙な誇りを基準に生きている。Xは夫としてあまりにも不適格ではあるが、名家に生まれた自分が離婚などという不名誉を被ることは許されないし、夫であるXが屋根の下で寝ることができず野垂れ死ぬようなことになるのも、またあってはならないと思っている。なので、Xに住居を与えている。
もちろん、夫が妻以外の女たちを抱いているなど、とんでもない醜聞である。法律上の妻はXのような不細工に抱いてほしいなどとはカケラも思っていない。彼女自身も不器量ではあるが、そもそも彼女には性欲というものが生来なかった。彼女にとって生きるとは家の名誉を守ることであり、自身の誇りを保つことだけでしかないのだ。そのことに疑念も不満もない。
だから、法律上の妻は、Xが七人菩薩と呼ぶ教団内の妻たちに並々ならぬ敵意を抱いた。当初は女性たちに直接的に暴力を振るったが、その都度Xが庇うので、矛先はとうとうXに向くようになった。
この頃、XはYが起草した〝聖典〟の校正作業にかかっていた。板張りの長屋の一角に四枚の畳が敷かれており、そこがXの〝部屋〟だった。そこに布団と文机が置かれ、Xはここで女性たちを抱き、聖典に向き合った。
もちろん、信者たちも同じ空間に寝泊まりしている。Xが羽毛布団に寝ているのに対し、彼らは使い古しの綿の布団という違いはあるが、学舎の全員が生活を同じくしているのだ。
そのため、Xに抱かれる女たちの嬌声をみなが聞くことになる。避難民あがりの信者の中にはまだ小さな子どももいる。しかし、それが問題だとは誰も思わない。
Xは仏の生まれ変わりなのだ。つまり神そのものである。神に抱かれ、悟りに導かれることは信者にとって何よりの喜びである。性行為の結果、子供ができるのはなお喜ばしい。仏の子供は仏である。いま、七人菩薩のうち二人が懐妊していたが、彼女らは仏の子を宿したと、たいへんな持ち上げられようだった。
夫婦そろって入信した場合、妻はXに抱かれるわけだが、夫の側はむしろ喜んで妻をXに差し出すのである。妻が仏と一体になれば、後日、妻とすることで自身も仏に近づけるからだ。
日によっては、Xはわざわざ畳を板間の中心に据え、そこで他人の妻を悟りに導いた。
Xが突くたびに、女は泡をふかんばかりによがり狂い、「ああああ!」「がああ!」と獣のように叫ぶ。下腹部を激しく痙攣させ、淫液を鯨のように撒き散らす。
Xと女の周りを信者たちが取り囲み、Yが仮のものとして用意した既存宗派の経典を唱える。最前列にいるのは女の夫である。この時点で夫婦の信者は三組いたが、夫たちの反応はそれぞれだった。一人は己の股間を膨らませ、目を血走らせて見つめたが、別の一人は、仏像を眺める観光客のように平然としたものだった。最後の一人は建物を出て、深夜に戻ってきた。
彼らもまた観音様がいう救うべき衆生ではあるが、女たちと違ってX自身には何の快ももたらさない。子も産めないので、悟りやすい次世代の人間を作るということもない。夫たち、男たちの役割の第一は、Xと女たちのために日銭を稼いでくることなのだ。その点においてのみ、男たちは学舎に貢献できる。
Xは首を伸ばして、額に汗して懸命に縄をよる男たちを見つめた。気の毒ではある。より簡易に悟りに至れる方法があるならば示してやりたいとは思う。しかし、いまの自分には性行法以外の術はないし、まず救えるものから、女性たちから悟りを授けていくほかない。いずれは、悟りを開いた女性たちの一部が彼ら男たちに性行法を施すだろう。
あるいはこれだ。Xは手元の原稿用紙の束を見つめた。Yが寝食も忘れるほどの情熱で書き上げた聖典である。悟りの本質とたどり着くまでの基本的な修行法を、尋常小学校卒の人間でもわかるよう平易な物語として書き上げている。この聖典のなかでは、Xはブッダおよび過去に存在した著名な僧侶たちの生まれ変わりそのものであり、全人類を救済するためにこの世に顕現したことになっている。
この聖典があれば、男たちの中にもX自身のように悟りの境地に辿り着くものもあらわれるだろう。もちろん、悟りには深度があり、男たちが達しうるのはその浅瀬、波打ち際程度だろうが、救われはする。学舎にはさらに大勢の人間が集まり、やがては既存の大宗教に負けないほどの勢力となるはずだ。
いま、Xは観音様の指示に従って、Yが作り上げた原稿に赤入れしていた。Yの原稿はXの理論をよく押さえているが、観音様によれば人の心に届く文言になっていない。校正にかかって四ヶ月、間に幾度かの空襲を挟んでおり、その都度、Yやそのほかの信者とともに、原稿を抱えて必死に炎から逃げたため、原稿の端は黒く焦げている。全員の力で守り抜いたことで、原稿は教団内でまさに聖典としての神性を帯び始めていた。
常日頃からいっていることではあるが、わしの命に変えても完成させねばならんな。
Xが思いを新たにしたとき、「X!」と彼の名が大声で呼ばれた。
彼があわててもう一度首を伸ばすと、法律上の妻が入り口に仁王立ちしてこちらを睨んでいた。
「わたしはこの工場をあなただけに貸し出したのよ!こんな有象無象をいつまで置いておくつもりなの!とくにこの女たち!」
法律上の妻は、どこでどうやって入手したのか、抜き身の日本刀を振り翳していた。
錆びかけた刃が窓の外から差し込むさわやかな陽光に、ギラギラ光る。
「X!」彼女が土足のままあがりこんでくる。和装だというのに驚くべき速さで信者たちを掻き分け、Xに迫る。
彼は素早く立ち上がると、信者たちが唖然とするほどの素早さで窓から外に飛び出した。
あとには命より大事なはずの聖典が残されていた。
もし、法律上の妻が学舎にとっての聖典の価値を知っていれば、その場で破り裂いていただろう。しかし、彼女は愚鈍だったころのXを知っていたため、彼が教祖となった今でも、その知性に疑いを抱いていた。そのため、Xが書物を作ろうとしているなど思いもよらず、原稿には目もくれなかった。一通り日本刀を振り回し、女たちを威嚇して満足したら、来たとき同様にさっと帰って行った。
「困ったなあ、Yさん」
数日後、Xは上野の露店でくだをまいた。
「あの女はどうしようもないよ」
質の悪い酒が彼の胃の中でカッと燃える。とはいえ、このコップ一杯分で一家族が三日間食べていけるほど値がはる。
Yが野菜クズの漬物をつつきながらいった。
「先生、酒の勢いをもう少し控えてください。金がかかりすぎます」
「金ならあるじゃないか。わしは知っているぞ。Yさんの懐の財布にはドルがぎっしりだ」
「これは信者たちが汗水垂らして縄作りで作った金です。浄財ですよ」
「おいおい、勘違いしないでくれ。わしにとって酒は修行なんだ。悟りへの新しい道を模索しとるんだ。悟りの入り口は身体を無意識に操らせることだ。自分の体が勝手に動き出すのを認識することだ。坊主が読経を何時間も続けるのは、そうするうちに頭がボーっとしてきて、自分の口が勝手に経文を唱えるという体験をするためだ。座禅も同じ。座って心を落ち着け続ければ、そこにただ座っている自身の身体を感知しやすくなる。無意識が姿勢を維持し、横隔膜を動かし、口や鼻から空気を取り込むのを強く感じ取れるわけだ。だが、こうした修行法は一般の人間には敷居が高い。もっとかんたんに無意識による肉体操作を感じさせる方法があると思うんだよ」
「つまり、飲酒がそうだと?」
「のんべえは意識と無意識が完全に切り離される瞬間がある。あれは一種の悟りだ。アルコールは脳に快楽物質を分泌させるが、それは悟りも同じ。無意識が身体を動かす時、脳は快を感じる。虫や植物、下等な動物を見ればわかるように、生命というのは本来、無意識で動いているもんだ。意識は一時的に脳を強化する増強剤みたいなものさ。使えば使うほど身体は疲れてしまう。だから、意識を使わずに身体を動かしたとき、脳はご褒美として快楽物質を分泌するんだ」
「理屈はわかりますが、やはり酒に費やす金はありません。これは聖典の印刷に必要ですから。そもそも先生はアルコールなどなくても常時悟っていらっしゃるではありませんか」
ふふ、とXは笑った。
「Yさん。たしかにわしは悟れる。どのような苦難も容易に耐えられる。だが、悟りというのはある意味では不健全でもある。悟りに身を任せれば、すべては凪なように過ぎていく。悟っている間、わしの身体はわしではないわしが動かしている。人生の一部を自分以外の存在が味わっているといってもいい。その点、飲酒は優れている。わしにとってはほどよく下等な悟りなんだよ。まあ、わしに酒をやめて欲しいのであれば、悩みの方を何とかしてほしいな。悟りを使おうが、酒を使おうが、問題は解決するまで解決せんのだから」
こうやって話してもYには理解できないだろう。
Yは悟りの深度が浅い。
Yは賢い男であり、生まれつき「意識」の出力が高いのだ。それが無意識を自覚するにあたり大きな壁になっている。
Xはぐいぐい安酒を煽り、やがて酔い潰れた。
どれくらいそうしていたのか。彼は夜風の寒さで目を覚ました。いや、目を覚ましたという表現は適切ではない。彼は姿勢を起こしていたし、手は箸を握っていた。ただ、意識だけが唐突に切れ、それがまた戻ってきたといった感じだ。Xにとっても、非常に深い悟りに到達したさいにのみ起こる現象である。完全なる無意識による身体操縦だ。
露天の大将はボロボロのバケツの水で、酔客たちが使った茶碗を洗っている。Xの意識が飛んでいたことなど気づきもしていない。
隣にいるYが「わかりました。では、おっしゃるように」という。
どうやら、Xの無意識こと観音様はYに何らかの指示を出したらしい。彼は頷いた。なんのことにせよ、観音様には間違いがない。
1週間後、Xの法律上の妻が死んだ。




