【Yの告白】逮捕
Xの「学舎」は、少しずつ拡大していった。
信者の獲得は、おもに女たちが行った。
戦時下であり、夫を軍に取られ、悲哀の淵にいる軍国婦人たちはいくらでもいた。
彼女らに、そうした女性が集まる、心が楽になる集会があるといえばいいだけなのだ。
女たちは元遊郭に篭り、Xが作った「悟りに近づくためのお経」を唱える。Xの経文は単純ながら、独特のリズムを持っている。唱えていると、自然と意識が薄らぎ、無意識が勝手に口を動かすようになる。きわめて軽い悟りの状態といってよく、わずかではあるが不安を和らげる効能があった。
女たちはXに心酔し、Xはそのなかにより深い悟りに導けそうなものがいれば、自室での肉体的指導に誘った。
もちろん、寵愛を受ける女が増えれば、元いた七人の女たちは面白くない。Yはそれを見越し、Xに七人を「七菩薩」と呼称させ、特別な存在だというお墨付きを与えた。七人はおおむね満足し、学舎の信徒は二十人、三十人、四十人、どんどん増えていった。
悩みの種といえば、Xの妻くらいである。
Xの話によれば、あの痩せぎすの女はどうやら本当に法的にXと婚姻関係があるらしかった。Xがまだ悟りを開く前、彼曰く「前世」も同然の時代に、親族に無理やり押し付けられた女であり、Xを見下し、Xには自らに指一本触れさせなかった。Xを軍に放り込み、彼の負傷と共に恩給を得ていたが、彼が除隊処分を受けて以降、給付が止まってしまった。そのため、人を使ってXを探させ、こうして見つけ出したというわけだ。
Xが強く出るなら、女たちは正妻を無理やりにでも追い返したろうが、肝心のXがどうにも甘いのである。正妻に暴れさせるだけ暴れさせ、彼女が帰るのを待つのだ。
Yがどれだけいっても「まあまあまあ」である。
そうこうするうちに、戦況は悪化し、空襲の回数は増え、戦地の男たちは死に、学舎に出入りする女性の数はますます増えた。
Xは片っ端から手を付け、女たちは彼に心酔し、読経は激しさを増した。そして、官憲が頻繁にXを引っ張っていくようになった。
もともとが刑務所に入れられたこともある札付きである。警官たちは容赦なく、近所の住民からほんの少しでも「要望」を受けると、Xを警察署内に何時間も缶詰にした。
もっともXは悟りを開いているので、平然としたものである。
そこで近所の警察署長はYもしょっぴくようになった。
冬のその日は、朝から風が強かった。
XとYは同じ房に押し込まれ、寒さを避けようと身を寄せ合っていた。
房の天井近くにある小さな窓からは木枯らしの唸りと冷気が入ってくる。
Yは盛大にくしゃみをした。
「失礼しました」とXを見ると、Xはいつになくまじめくさった顔をしている。
「Yさん、今夜は長い夜になる」
「また取り調べがあるとおっしゃるんですか? もう七回目ですよ」
「そうじゃない。ただ、なんとなく嫌な感じがあるんだ」
かつてのYならば、予感などという科学的根拠のないものは一笑に伏していた。だが、いまは違う。
「どうすればよろしいのでしょう?」
「寝ることだ。よく眠ってそのときに備えよう」
Xは目を閉じると、いびきもかかずに深い眠りに落ちた。
Yはどうにか真似しようと頑張ったが、あまりの寒さにときおりうつらうつらするのがやっとだった。
房内では正確な時間がわからない。
おそらく二十二時を回ったくらいだったろう。
空襲警報が鳴り始めた。




