【Yの告白】性行為と方便
Yは、元娼館の一室を与えられ、そこでせっせと経典の書き直しに励んだ。
文机に向かい、Xのミミズがのたくったような文字が並ぶ原稿を片手に、誰もが受け入れられる、普遍的な文章に変換していく。
足元には仏教書やキリスト教系の聖書、さらにはマルクスやエンゲルスの著作までが山と積まれている。彼は大衆に受け入れられてきたすべての書物のエッセンスを盛り込まんとしていた。
夜半は、弱々しい白熱電球がじりじりと音を立てる。当時すでに灯火管制が始まっており、黒い布切れを被された伝統は、机のわずかな範囲しか照らしてくれない。その小さな光のなか、一文字ずつ経典が生み出されていく。
ときおり、女の悲鳴のような声が娼館内に響く。
Xが女たちを悟りに導いているのである。
Yはペンを走らせながら、防音室を作らねば、と思った。もちろん、中に入るのはXである。
今後、梵学舎は大勢の信徒、いや、学徒を獲得していくだろう。そのとき、彼らが真っ先にXのいう「性行法」を目にするのはよろしくない。如何に効率的に悟りに近づく方法だとしても、この日本における一般常識から離れすぎてる。「入り口」は穏当なものでなくては。
と、背後の扉がノックされた。
Yは紙に目を落としながら「どうぞ」と答える。
目を離す暇などない。彼は聖典を執筆しているのだ。のちの何万、何十万、何百万もの人々を導く神の書である。
引き戸が軋みながら滑る音がした。
花のような香水の香り、そしてかすかな生臭さの粒子が鼻腔に届いた。
「あまり根を詰めると身体によくありませんよ」
女の声がそういって、Yの文机の間ところに、後ろから盆が置かれた。九谷の皿にのった握り飯二つと木腕の味噌汁が湯気を立てている。盆を運んできた真っ白な手がすっと引っ込んだ。
さすがに無視はできない。
Yはペンを動かしながら、横目を女に向けた。
裸である。
ペン先が止まった。
質の悪い白熱電球の頼りない光に、真っ白な肌が浮かび上がっている。傅いていても、女の背の高さ、足の長さはよくわかる。すらりとした肢体の持ち主である。名前はたしか「スミカ」だ。
Yの脳は眼前の裸体に一部をしびれさせつつ、別の一部を使って彼女の情報を掘り起こした。
Xが四人目に引き込んだ女で、元はどこぞの小さな豆腐屋の若妻だ。歳は二十三歳。看板女将として店を繁盛させていたが、結婚して六年になるというのに子供ができないことに悩んでいた。寺詣をしているときに、Xと出会い、彼に救われ、ものの二週間としないうちに「教え」を受けるようになった。
目元は涼やかで、ひっつめた髪は鴉の羽のように黒く、首はすっと長い。小粋な小町美人である。その胸は重力に逆らうように上向きに突き出し、乳首はピンと張っている。
Yの口の中に唾が溢れた。
飲み込むと、自分でも驚くほど大きな音がした。
「なぜ服を着ていないのですか?」
Yは我ながら間抜けな質問だと感じた。
「なぜ服を着ているのですか?」スミカが微笑んだ。
彼女はYのベルトに手を伸ばすと、音も立てずにするりと抜き取った。
「どういうことだ?」
「X様が、Y様からもお導きを頂戴するように、と」
女がYの脚を伸ばさせ、ズボンとパンツをまとめて脱がせる。Yはついつい腰を浮かせ、女の動きに合わせていた。
「しかし、君は食事を持ってきたんじゃないのか?」
「ええ、まずはお召し上がりになってください。その間、わたしはわたしでしますから」
彼女はそういうと、Yの股間に顔を伏せた。
生暖かいものに包まれる感覚があった。




