【Yの告白】聖書作り
Yは顔を顰めた。
彼の手の中には、みみずののたくったような字がびっしり書かれた藁半紙があった。
「これが経典ですか?」
Xが頭をかく。
「いやあ、観音様の言葉をわしなりに何とかまとめようとはしたんだが、いかんせんわしは小学校もろくに出とらんでなあ。言葉ってもんが自分のなかにないんだ」
二人がいるのは、Xと女たちが住んでいる鶯谷駅近くの潰れた連れ込み宿だ。三階だけての木造建築、その三階の端がXの自室だった。畳敷の部屋にあるのは煎餅布団が二組と、書き物机だけだ。机の上には書き損じた用紙が散乱している。
二人が満期出所して二日が経っていた。
Yは自宅を引き払い、つい先ほどXに教えられていたこの建物に着いたばかりである。
女たちはやや不振な目をYに向けたが、Xが「この方はわしの右腕だ!」と説明すると、一転してにこやかになった。
XはYの手を掴んで階段を駆け上がると、何百枚という藁半紙の束を渡した次第である。
Yは紙束をそっと畳の上に置くと、一枚目からパラパラとめくっていった。
季節は夏の盛りである。開きっぱなしの窓の向こうには入道雲が天をつかんばかりにたちのぼっている。かすかに氷売りの威勢のいい声が聞こえた。
Xの経典はめちゃくちゃだった。
土台となっているのは、どうやら浄土真宗系の仏教らしい。親鸞の唱えた「いわんや悪人をや」を中心に教義が組まれている。
だが、その内容の奇天烈さと来たら。
記述によれば、観音菩薩が目指すのは全人類の悟りへの到達である。そのためには、心を無にせねばならない。そして、無は誰のなかにもある。むしろ人間という存在は基本的に無が常態であり、意識が生成されている方が稀である。理性のある人間は意識が強いため、無に慣れ親しむのは難しい。しかし、悪人は本能に従って生きる、獣のような存在である。つまり、はじめから無に近いのだ。だから、悪人の方が悟りに近いのである。
Yが顔をあげると、Xが不安げにこちらを見ていた。
「どうかな?」
「忌憚なくいわせていただければ、それなりに論理的ではあると思います」
Xの顔がほころんだ。
「それはよかった!わしの理論は金村という学者のじいさんの理屈を拝借してるから、そこは自信があるんだ」
「しかし、これでは誰にも読まれませんよ」
「それじゃあ、どうすればいい?」
Yは人差し指で原稿の束をなでた。
「あなたの原稿は宗教的要素を排除しすぎなのです」
「でも、いまはもう科学の時代だろう?」
「そうとは限りません。現にわが国は天皇が人ではなく神であると信じ、数十倍の国力を持つ米国相手に無謀な戦いに突入したではありませんか。人はいつでも神を信じるものです。あなたはじっさいに観音様の声を聞いているのに、それを完全に排除してどうするのですか。宗教的要素と科学的要素を適度に混合させるのです」
「なるほど」
「大切なのは結果ですよ。観音様はみなを悟りに導きたい。神による導きも科学による導きも辿り着く場所は同じです。そうなると、団体名もそれにふさわしいものにしなくは」
Xが窓枠にかかっていた手拭いで、脇の下を拭いた。
「団体名? まだ何もしてないのに、もうそんなものをきめるのか?」
「当然です。まず名前を決め、そこに向かって経典を仕上げていくのです」
「なるほど。それじゃあ〝ボーディ・アカデミー〟でどうだ」
「ボーディ?」
「サンスクリット語で悟りを意味する言葉だ。日本語では梵だな」
Xは鉛筆を手にすると、藁半紙にさらさらと漢字を書いた。
Yは驚いた。
「たいへんな博学ですね」
「観音様に教えてもらったのさ。しかし、結局のところ観音様はわしだからな。やっぱりあんたのような博士さまがいないと、経典はどうにもならんよ」
こうして、Yは、のちにXが刑務所内で執筆したと喧伝され、数千万部を売り上げることになる経典の執筆に取り掛かった。
なお、教団名は戦時下であり、英語が敵国の言語として忌避されている現状を鑑み、いったん「梵学舎」と改められた。




