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陰獣X  作者: 白色矮星
第一部 悟りへの道
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【Yの告白】共産主義神

思考が回る前に、二の腕に鳥肌が立ち始めていた。


なぜ、目の前のXはわたしの見た夢の中身を知っているのか。


Yはしばらく考えてから、そのまま「なぜ?」と口にした。


Xはニカリと笑うと、「すべては観音さまの導きだから、なぜといわれてもよくわからん」といって、Yの背中を叩いた。


Yは論理的思考の持ち主である。神や霊といった類のものはいっさい信じていない。それゆえ、いままさに体験した、この不可思議な現象に関しても超常的な何かではなく、科学的な理由があるのだろうと結論づけ、外の女たちのようにXを信奉するようなことはなかった。


とはいえ、XがYに対して親切だったことは間違いない。


この日以降も、Xは何かとYに目をかけてくれた。

Xの折に触れての庇護がなければ、Yが他の囚人たちに追い込まれて命を落とすのは時間の問題だったろう。


根っから不器用なYは、刑務作業のたびに周りの足を引っ張っていたが、Xが率先してYと組み、彼の失敗を取り返した。Xは巨体に似合わず器用で、銃剣の留め金の型抜きなどは、ほかの囚人の三倍の速さでこなしてみせた。


Xが親切だったのは、Yに対してだけではない。

囚人のなかで困っている人間がいれば、さっと手を貸し、それを貸しとすることもなかった。


YはXのなかに、共産主義的精神の発露を見た。

これこそ革命の精神である。


Xにそれを告げると、彼はまた笑った。

「観音様に聞いたところによると、そのマルクスだのレーニンだのも観音様に導かれた人間なんだとさ。だから、あんたのいう共産主義とかいうのが、わしのしてることと同じになるのは当たり前なんだろ」


「はあ」また神霊か。Yはげんなりした。これさえなければ、Xはまさに革命的人類であるのに。「つまりその、あなたのいう観音教の教えが、共産主義の理論に近しいということですか。それで、あなたはなぜ共産主義的精神を実践できるのですか? なぜこれほどまでに他人に奉仕できるのですか?」


グラウンドを囲む白っぽいコンクリの塀にもたれ、Xは自分の額を指した。

「悟りだよ」


「は?」


「ほら、仏陀が到達したアレだ。わしは悟っているから、苦というものを感じない。己の苦を乗り越えた人間は、他人にも同じように幸福になってほしいと思うものなんだよ」


「はは」Yは乾いた笑いを漏らした。


「おいおいおい、お前さん、わしを疑っとるだろ」


「まあ、わたしは科学者ですからね。いくらなんでも、自分が仏だとおっしゃるのは。いや、百歩譲って悟りは認めたとしても、観音様までは」


「どうすれば信じるんだ?」


「証拠です。人智を超えた超常的現象をこの目ではっきり見せてください」


「なるほど」Xはそういうと目を閉じた。唇がかすかに動いている。まるで見えない誰かと話しているかようだ。Xが目を開く。「これが、そうなんだと」


「は?」


「だから、これがそうなんだよYさん。お前さんが見ているものこそ、奇跡なんだ」


Yは目を細めた。まぶしい。Xの全身から光が放たれている。光はどんどん強くなり、光のなかでXの輪郭が変化した。骨太で大柄な身体が、滑らかでほっそりする。「Yさん」話しかけてくる声質は、優しげで穏やかで。気がつけばYは涙してしていた。


光のなかの人物との対話ののち、Yは監房のなかで目を覚ました。


いまさきほどまで網膜を貫いていた輝きは、一瞬にして消失し、コンクリートの暗く湿った天井が目の前に迫っている。灯りといえば、鉄の扉の隙間から差し込む弱々しい電気の光だけだ。


彼は二段ベッドの上で身を起こした。

身体を曲げて下を覗くと、数週間前から同室になっているXが大いびきをかいて寝ている。


自身の頬を触れると、涙で濡れていた。


Yは震えた。

夢だったのだ。信じ難いほどに現実的な夢。

囚人服か胸元を握りしめた。

まだ、いまさきほどの暖かで、巨大な感動の余韻が全身を包んでいる。


だが、夢は夢、脳の見る記憶の整理体験に過ぎない。わたしは科学者だ。そんなもので神霊の存在など信じてなるものか。


と、いきなり「Yさん」と呼びかけられた。


下で寝ているXである。だが、声色は夢の中で聞いた光の主のように柔らかだ。


Yが恐る恐る下を覗くと、Xが目を開き、まっすぐにこちらを見ていた。その目に宿る光は、ふだんのXのそれではなかった。

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