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陰獣X  作者: 白色矮星
第一部 悟りへの道
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【Xの生い立ち】脳足りんな男

本来、Xは愚鈍な男だった。


出身地である○○県○郡では「ものいい」と呼ばれた。とりとめなく話し続けるからだ。


誰かが畑で鍬をふるうXに「こんにちは」と声をかける。

すると、Xはこんな風に答える。


「やあ、こんちは!わしは今日寺の鐘が鳴るとすぐに起きたよ!朝は麦飯二杯と梅干しをひとつ、水を三杯呑んだ。おっかあはもう一杯いるか?と聞いたけど、わしは断った。お腹が空いていた。でも、わしの家は兄弟が八人もおる。わしがあんまり食べると弟たちの分がなくなるから断ったんだ。おっかあは、あんたはほんとうにえらいのお、と褒めてくれた」


人の言葉の機微もわからない。

「まったく、お前のおしゃべりはいつまでも聞いていたくなるよ」といわれれば、喜色満面「ありがとう!そう思ってくれたならうれしいわい」というのだ。


とはいえ、Xの村は典型的な寒村である。

痩せた土地を耕すのに必要なのは、流暢な言葉ではなく頑健な身体だ。

そして、Xは村の誰よりもそれに恵まれていた。

大柄で、骨太で、お宮の大岩に手足が生えたような体格だった。

牛や馬も驚くほどの馬力で、荒れた土地でも平気で起こしてしまうのだ。


そんなわけでXが十六になるや縁談が持ち込まれた。

相手は村の庄屋の行き遅れた六女だ。

痩せっぽちの不器量で、気位ばかり高く、庄屋の家でも持て余していたのを押し付けられたのだ。

庄屋は村外れのあばら屋と排水の悪い田んぼ三枚を娘に付けてよこした。


Xは大喜びだった。

十一のときからメスの豚を相手に、己の溢れ出んばかりの性欲を慰めていたのが、妻を得られたのだ。

ようやく人に相手にしてもらえる。


彼の思いは初夜で打ち砕かれた。


Xが隣の布団に入った新妻に手を伸ばすと、指に痛みが走った。


ろうそくの灯のなか、Xは自分の指から血がとろとろ流れるのを見た。鉄のような匂いがする。


新妻がふとんを跳ね除けて立ち上がる。

彼女の手にはよく磨がれた鎌があった。


「痛いんだがなぁ」


Xのつぶやきに、新妻は「あんたみたいな脳足りんが、○○藩主の血を引くわたしとするだって?」と叫んだ。


「そりゃ、わしらは夫婦だから」


「冗談も休み休みいいな!あんたとまぐわったら子どもができちまう!」


「そりゃあ、子どもはできるさ。すればできる」


「あたしはあんたみたいな脳足りんな子どもなんて、死んでも産みたくないんだよ!今度あたしに指一本でも触れたら、その指切り落としてやるからね!」


Xは、脳足りんという言葉の意味はわからなかったが指を切られるのは嫌だった。


彼はもっと働こうと決めた。

妻が自分を嫌っているのはわかる。

だが、田んぼと畑を広げて、山ほど米を食べさせてやれば気分も変わるはずだ。


そこから二年、彼は汗水流して鍬を振い続けた。


妻は彼に飯を作ったし、洗濯もしたが、それ以上のことはいっさいしなかった。

家のなかでは必要最低限の会話しかなかったし、その態度はありありとXを蔑んでいた。Xが彼女の無言の圧力を感じられない人間だったのは、大いに幸いだった。


三年目の春、珍しく妻がXに「出かけましょう」といった。

妻は一枚の紙切れを手にしていたが、文盲のXには何が書いてあるのか読めなかった。かろうじてわかったのは「おくに」という平仮名だけだ。


妻は地味だが質のいい着物を身につけた。余計に貧相な顔と体が際立った。Xはいつもの野良着である。妻がまともに服を買わせないので、ボロボロのつるつるてんだ。


二人は二時間ほど田舎道を歩いて村役場に着いた。

役場は大勢の人間で溢れかえっていた。若い男が多い。広場に机がいくつも並べられ、髭面のえらそうな医者が、男たちをふんどし一丁にして身体を棒でつついている。

三階建ての時計塔からは、大きな垂れ幕が下がっているが、例によってXには読めない。


Xは妻に訊いた。

「何かの祭りか?」


妻はわざとらしく目をぐるりと回した。

「あんたって男はどんだけバカなんだい。みんなお国のために働くために、軍に入ろうとしてんだよ」


「ぐん? 兵隊さんか?」


「そうだよ。新聞も読めないあんたにゃわかんないだろうけど、いま、日本は他の国と戦争してるのさ」


「へえ、そいつはたいへんだ」


「ええ、だから、お国は兵隊にはいいお給料を払ってくれるのさ。田んぼなんかを耕してるよりずっといい金になるよ」


びっくりした…ブクマが付いてる…!

こんなマニアックな小説を読んでくださる人がいるとは……。

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