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第36話:罰(Side:トラッシュ⑤)

「……うっ」

「ようやく目が覚めたか、愚か者め」


 気が付くと同時に、兄貴の冷たい声が聞こえてきた。

 こ、ここはどこだ……?

 ちくしょう、まだ首が痛えな。

 痛みに耐えながらも周りを睨むと、広い部屋にいた。

 床は大理石で、長い机が俺を囲むように半円を描いている。

 お、俺はここがどこか知っているぞ。


「大会議室?」

「そうだ、これからお前の処遇を決める会議を開く」

「……処遇だと? 何のだよ」

「国防魔道具を暴走させ、ドルガ王国に侵攻しかけた件だ」


 兄貴は淡々と告げる。

 ちくしょう、面倒なことになっちまった。

 うまく夜逃げできていれば……。

 今気づいたが、固い縄で後ろ手に縛られていた。

 逃げようとするも、身体を動かすことさえできない。

 衛兵が取り押さえているからだ。

 そして、隣には……。


「イ、イザベル!?」

「……ト、トラッシュ様」


 彼女もまた、俺と同じように後ろ手に縛られている。

 ぐったりとうなだれ、まるで元気がなかった。

 その代わりように一瞬驚いたが、すぐにまずい可能性に気づいた。


 ――……まさか、気絶している間、俺を売ったりしていないだろうな。


 あり得る。

 こいつは調子のいい女だ。

 保身のため、この俺を売って自分だけ助かろうとしているかもしれない。


「イザベル、お前何も話してないだろうな。事と次第によっちゃ……」

「静かにしてくれないか、トラッシュ」


 兄貴の冷たい声が刺さる。

 あまりの冷徹な声音に、最後まで言い切る前に口をつぐんでしまった。

 そのまま、兄貴は静かに言葉を続ける。

 告げられたのは予想もしていない内容だった。


「まだ気づかないのか? 周りの状況に。今この場では、我が帝国とドルガ王国の国際会議が開かれているんだぞ」

「な、なに……?」


 兄貴に言われ、机に座っている面々をよく見る。

 カイザラード帝国の防衛大臣に外務大臣、騎士団長、反対側にはドルガ王国の大臣たち……。

 マジかよ、本当に国際会議が開かれてやがる。


「議題は他でもない。お前たちが起こした国防魔道具の暴走事件だ。長距離魔大砲の誤射に各種ゴーレムの起動……国内は大混乱に陥り、被害は甚大だ。友好国のドルガ王国にも大変な恐怖を与え、多大なるご迷惑をかけてしまった」


 兄貴はとにかく淡々と説明する。

 この男は昔からそうだ。

 人を見下したような態度を取りやがって……そうだ。

 全てイザベルの責任にしてやれ。

 この女は筆頭宮廷魔術師なんだから、こいつが悪いに決まっている。


「俺のせいじゃねえよ! 全部イザベルが悪いんだ!」


 力の限り叫ぶ。

 今まで取り繕っていた丁寧な言葉使いも、もはやどうでもよかった。


「無論、イザベル嬢の責任は重大だ。宮廷魔術師として備えるべき知識と技術を持たず、いい加減な調整で国防魔道具を暴走させた罪は大きい。だが、トラッシュ。お前にも責任がある」

「は、はぁ!? なんでだよ!」


 だから、俺は関係ないだろうが。

 魔道具の調整をしたのはイザベルで、俺は何もしていない。

 よって、俺に責任はまったくない。

 どうして、そんな簡単な理屈がわからないんだよ。


「不貞の現場を見られたという不当な理由でリリアント嬢を追放し、能力のない者を筆頭宮廷魔術師に任命したからだ。お前には任命責任が問われている」

「ぐっ……そ、それは……」


 その程度のミスは見逃せよ。

 別に大したことじゃないんだからさ。

 兄貴の細かさにはイライラする。


「この危機を救ってくれたのは、まさしくそのリリアント嬢だ。お前が嬉々として追放した、わが国で一番優秀な宮廷魔術師のな」

「…………え?」

「彼女が暴走したゴーレムを停止させ、その師匠ロジェ殿が大砲を撃墜してくれたのだ。彼女らがいたおかげで、ドルガ王国に被害は生じなかった」


 不意に告げられた言葉に、思考回路が止まる。

 リ、リリアント……だと?

 あいつがゴーレムを停止させた?

 会議室を見渡すと、たしかにリリアントがいた。

 その隣には冴えないおっさん。

 誰だよ、お前は。

 要するに俺は、あの女とよくわからないおっさんに命を救われたってことか?

 ……ふざけるな!

 プライドがへし折られたみたいで、猛烈な怒りが湧いてくる。


「幸いなことに、ドルガ王国の国王陛下や皆様方は戦争を望まれていない。大砲の誤射は着弾前に撃墜できたこと、ゴーレムの暴走は緩衝地帯で収まったことから、我が国とは以前と同じ案系を保ちたいと仰ってくださった」

「へっ、そうかよ」


 じゃあ、万事解決だな。

 何も被害は発生していないんだからさ。

 お咎めなしだ。


「イザベル・クレマン公爵令嬢、トラッシュ・カイザラ-ド。お前たちは監獄行きとする。一生涯かけて己の罪を反省するがいい」

「はぁ!? なんでそうなるんだよ! これは単なる事故だろうが!」

「衛兵、連れて行け」

「「はっ!」」


 衛兵たちが俺たちを強く床に押し付ける。

 気絶させるつもりだとわかったものの、少しも抵抗できないでいた。


「カイザラ-ド帝国の皆様方、見苦しい物をお見せして申し訳ありません。あの者は昔から……」


 兄貴の謝る声が聞こえてくる。

 クソが。

 好き勝手言ってんじゃねえぞ。

 胸が苦しくなり呼吸が浅くなり、少しずつ意識が遠のいていく。

 視界の端にはリリアントと、ロジェとかいうしょぼいおっさんが見えた。

 ちくしょう……ちくしょうが。

 そして、俺は気絶した。


□□□


「……っつ」


 またもや気絶から目覚めると、今度は冷たい床の上にいた。

 じっとりと濡れていて気持ち悪い。

 ど、どこだよ、ここは。


「ようやくお目覚めですか」


 起き上がると同時に、女の声が聞こえてきた。

 イザベルだ。

 知り合いがいたことにホッとしつつ、まずは状況を把握する。

 ま、どうせ、どこかの部屋だろ。

 俺は第二皇子だからな。

 何だかんだ待遇は保証されているわけだ。

 余裕の気持ちでいたが、目が少しずつ暗闇に慣れてくると、激しい焦燥感に身が焦がれた。


「なんで牢屋にいるんだよ!」


 目の前に佇むのは太い鉄格子。

 よく見ると、床や壁も頑丈そうな石造りだった。

 子どもの頃に一度だけ、この部屋を外から見たことがある。

 まだ元気だった父上に言われた……「あそこに入るのはとても悪いことをした人だよ」……と。


「なんでって、あんたのせいでしょうが! もっとうまく立ち回りなさいよ! 色んな人と浮気していたとも聞いたわ! この役立たず皇子! 絶対に許さないんだから!」

「うわぁっ! ま、待て、やめろっ! いや、やめてくれっ! ぐあああ!」


 イザベルが牙を剥き、爪を尖らせ襲い掛かってきた。

 狭い監獄では逃げ場などなく、一瞬で身体がズタズタになっていく。


 ――リリアントを追放なんてしなければよかった……。国一番の魔導師を追い出し、能力のない人間を任命したから……こんなことに。


 後悔の念に心が砕ける。

 この世界に俺が生きる場所なんてない。

 寿命を迎えるまであと何年だ?

 50年? 60年?

 そんな長い時間を、監獄の中で過ごすなんて無理だ。

 できることなら時が巻き戻ってほしい。

 いくら念じても、俺は暗がりの中へと転げ落ちるだけだった。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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