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第33話:夜逃げ(Side:トラッシュ④)

「「トラッシュ様! ドアを開けてください! 国境の<スーパーラージ>の起動も確認されたとのことです! ドルガ王国に向かっているとの報告まで入りました!」」


 俺は大至急自室に戻り、身支度をまとめていた。

 夜逃げするためだ。

 金目の物をかき集めて袋に入れる。

 <スーパーラージ>まで起動した以上、この国はもうダメだ。

 ドルガ王国との戦争は避けられない。

 新天地で新しい人生を送った方がいい。

 国民どもの安全など知るか。

 俺の命の方が大事だ。


「ああ、宝石に金に魔石に……少しでもお金になるものを……!」


 傍らにはイザベルがいた。

 こいつも貴重品を袋に入れている。

 ちゃっかり、ついてきやがったのだ。

 俺が掴もうとした金の延べ棒を、イザベルが掠め盗った。


「おい! その延べ棒は僕の物だぞ! 返せ!」

「いいえ! これは私が先に見つけました!」

「だから、この部屋にあるのだから僕の物に決まっているだろ!」


 イザベルから金の延べ棒を奪い返すも、イザベルもまた略奪しやがる。

 チッ、まぁいいだろう。

 もう十分集まったからな。

 壁際の隅にある窪みを押す。

 ゴゴゴ……と壁が開き、道が現れた。

 自室から外に繋がる隠し通路だ。


「ト、トラッシュ様、これは何ですの?」

「皇族だけが知っている隠し通路さ。誰にも見つからず外に出られる」

「あたくしも連れていってくださいますよね?」

「ああ、いいよ」


 イザベルは見た目だけはよい。

 こいつも売れば金になりそうだな。

 連れて行ってやるか。

 通路に入り、静かに歩を進める。

 五分も経たずに外へ出られた。

 ちょうど王宮の裏側だ。

 一番近い格納庫とは反対方向なので、この辺りは誰もいなかった。

 使用人や国民どもの悲鳴も遠くに聞こえる。


「これからどこに行きますの?」

「南の港に行こう。船に乗って高跳びするんだ。海を隔てればゴーレムも大砲も届かないから、逃亡先の国も安全だろう」

「さすがはトラッシュ様ですわ。頭の回転が早いことこの上なしでございます」


 よく言うぜ。

 こいつは自分に都合の良いことがあると、気分も良くなる。

 反面、都合が悪くなると逆ギレする女だった。

 人間性にあふれた俺の婚約者だというのにな。


「念のため、王宮裏の森に隠れて進もう」

「ええ、どうぞお先に行ってくださいまし。あたくしは後からついてまいりますので」


 調子のいいイザベルを連れ森へ向かう。

 一時はどうなるかと思ったが、上手くいったな。

 あとは逃げるだけだ。

 いやぁ、楽勝楽勝。


「……待て」


 森へ踏み入れようとしたとき、暗がりから数人の男が現れた。

 横に広がり、俺たちの前に立ち塞がる。


「おい、どけよ! なんだ、お前ら! 邪魔する気か!」

「あたくしたちは急いでいるの! 道を開けなさい!」


 俺とイザベルは怒鳴るも、男たちは微動だにしない。

 な、なんだ、こいつらは……。

 今までに会ったことがないタイプの人間に少なからず怖じ気づいていると、中央の男が進み出た。

 明かりに照らされ、その顔が明らかになる。

 誰かが明らかになった瞬間、全身の血が凍りつくような感覚を覚えた。


「ギリギリで……間に合ったか……」


 あ、兄貴だ。

 この国の第一皇子、シアリアス・カイザラード帝だ。

 だが、いつもと様子が違う。

 体も衣服もボロボロだった。

 目を凝らしてみると、周りにいる男たちも同じように傷ついている。


「ど、どうして、兄上が王宮に……? 外遊に出ているはずでは……」


 兄貴は今にも倒れそうにフラフラと佇んでいる。

 いつもの力強いあいつとはまったく違う様子に、思わず気が引いた。


「国防魔道具暴走の連絡を受け、転送魔法を使って戻ってきた。おかげで体は傷ついたが、どうにか戻ってこれた……というわけだ」

「「転送魔法……」


 あらゆる魔法の中でも最上位に位置する難易度の魔法だ。

 人や物を無害で転送させるには、人の家ほどの大きさの魔法陣を描かなければならない。

 きっと、そんな時間もなかったのだろう。

 兄貴は疲れ切った表情のまま、言葉を続ける。


「ドルガ王国には緊急の伝書を送ったが、戦争が回避できるかはわからん。もうお前たちの首で手を打たせてもらうしかないだろう」

「「……え?」」


 淡々と告げられた言葉に、思わず素の声が出た。

 俺たちの首で手を打つって……どういうことだ。

 頭の奥底では意味などわかっているというのに、聞き返さずにはいられなかった。


「く、首で手を打つって……なぜ……ですか、兄上」

「あたくしは何もしておりませんわ……ましてや殺されるようなことなんて……」


 俺たちが呟くように言うと、兄貴はがっかりとうなだれた。

 その疲れ切った様子に何より心が痛んだ。


「この期に及んで情けないことを言わないでくれ。イザベル嬢がきちんと魔法陣を管理しなかったから、国防魔道具が暴走していることは明白だ。無論、彼女を筆頭宮廷魔導師に任命したトラッシュにも責任がある」

「「そ、そんな……」」


 考えないようにしていた事実が重くのしかかる。

 イザベルが筆頭宮廷魔導師になったから……こんなことに……?


「全てはリリアント嬢を追放したことが間違いだったのだ」


 追い打ちをかけるように言われた言葉。

 それはやけにすとんと胸の中に落ちた。

 だが、認められるわけもない。

 いや、断じて認めるものか。


「ふ、ふざけるな! なんでリリアントの名前が出てくるんだ! あいつは関係ないだろ! もう必要なくなったから追放したんだ! 俺の判断に間違いはない!」

「そうでございます! あたくしだって魔導師として真面目に仕事しましたわ!」

「衛兵、トラッシュとイザベルを取り押さえろ。この者たちは重要参考人として連行する」

「「はっ!」」

「お、おい、やめろよ! 触るな!」

「やめなさい! あたくしを誰だと思っているの!」


 衛兵が俺たちを取り囲み、あっという間に抑えつけられてしまった。

 少しも身動きが取れない。

 俺の人生はここまでなのか……?

 首を撥ねられて死ぬ……?

 あと少しで逃げられたのに……?

 そう思った瞬間、俺の中で何かが壊れた。


「ヒャ……ヒャハハハハッ! こうなっちまったら全部終わりだ! 国諸共滅びてしまえ!」

「トラッシュ……お前の愚かさに気付かなかった私もまた愚かだったな」

「そうだよ! 一生後悔しやがれ! 全て貴様の責任だ! どうせ死ぬんなら貴様らも巻き込んでやる!」


 兄貴の悔しそうな顔を見るのは最高に気分がいい。

 今までの仕返しをしてやった。

 こいつも一緒に道連れだ。

 そう思えば、押さえつけられている苦しみだって感じない。

 気持ちが高揚しているからか、周囲の喧騒も収まったような感覚を覚える。

 人々の叫び声は落ち着き、夜の静けさが戻っていた。

 いや……おかしい。

 地鳴りのような振動まで収まっている。

 さっきまで気持ち悪いほど身体を揺すっていたというのに……。

 何だ? と首を動かすと、兄貴の呆然とした声が聞こえてきた。


「ゴ、ゴーレムの動きが止まった……?」


 な、なに……? んなわけないだろうが。

 だって、こんなにも街中を破壊しているっていうのに。

 ふざけたセリフに笑いそうになったが、

 全てのゴーレムが動きを止めている。

 兄貴はフラフラと王宮へ数歩歩くと、ぐたりと膝をついた。

 疲れた様子に反して、その顔は喜びに溢れている。


「奇跡だ……これは奇跡だ! 神が助けてくださったのだあああ!」


 ボロボロなはずなのに、兄貴は天に拳を力強く突き上げた。

 うおおおおお! と周囲の人間どもまで盛り上がる。

 な、何が起きているんだ?

 ありえないだろうがよ。

 理解が追いつかないでいると、王宮から何人もの使用人どもが駆け寄ってきた。


「「シアリアス様! 朗報です! 国境の拠点から緊急報告です! リ、リリアント筆頭宮廷魔導師が戻られました! 魔法陣を書き換え、ゴーレムの起動を停止させました!」」

「そ、それは誠か! リリアント嬢が戻ってきてくれたなんて……! やはり、彼女は史上最高の魔導師だ!」

「「彼女の師匠という優秀な賢者も一緒とのことです! ドルガ王国に撃たれた大砲も、全てその賢者が撃墜したとのことです! ドルガ王国も武装解除! 戦争は……戦争は回避されました!」」


 鬨の声のような、激しい歓声が地鳴りのように湧き上がる。

 だが、地面に抑えこまれている俺は喜びの感情などない。

 それどころか、押さえこんでいた怒りが再燃する。

 またあの女の名前が出てきやがった。

 おまけに師匠だって?

 誰だよ、それは。


「だから、なんでリリアントの名前が出てくるんだよ! おかしいだろ! だって、あいつはどこか知らない国で野垂死んで……!」


 暴れようとした瞬間、俺は手刀を食らいあっさりと気絶した。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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