第32話:王都にて
「王都が見えてきたぞ、リリアント。いやぁ、10年経っても立派な防御壁だな」
「門番さんも相変わらず二人体制なんですね。懐かしいです」
数週間ほど歩き、俺たちは王都に到着した。
当たり前だが、この国で一番発展している。
目の前に見えるのは、今までの街とは違う様相だ。
ザベルグよりさらに大きくて分厚い壁に囲まれ、中心部には白い塔の先端が見える。
あそこが王宮なんだよな。
……来るのは10年ぶりか。
検問で手続きを終え(王都だからか、門番も丁寧な人たちが多い)、王都に入る。
普段は閑散とした落ち着いているはずだが、街路は子どもや家族連れであふれていた。
そこかしこから、人々の笑い声が聞こえてくる。
「なんかずいぶんと人が多いな。出店もたくさん並んでいるし」
「もしかしたらお祭りじゃないですか?」
「祭り……? ああ、ちょうどドルガ祭の時期だったか」
王都では年に一回、初夏の時期に街を挙げての祭りが開かれる。
意図せず、祭りの期間に訪れたのだろう。
「あっ、ロジェ師匠。あそこの街角にあるお肉屋さん、まだ営業しているみたいですよ」
「よく覚えているなぁ、リリアントは。俺は言われるまで気づかなかったよ」
「ええ、王都に来て最初に買ってくれた食事ですから」
嬉しそうに、ててて……と駆けるリリアントを見ていると昔が思い出された。
まだ幼い彼女を連れての旅。
最初はどうなるかと思われたが、俺の人生でも輝かしい日々だった。
しばし感傷に浸るも、すぐに目的を思い出す。
ドルガ図書館で古代魔獣の情報を調べるのだ。
そのためには、まず王様から許可を得なければならない。
「さて、王様に会いへ行くか。俺たちのことを少しでも覚えてくれていればいいんだけど……」
「もう引退してしまっているかもしれませんね」
「え、マジ……?」
リリアントの言葉に緊張しながら歩くこと、二十分ほど。
俺たちは中心部の城に着いた。
美しい白色の石で築かれており、陽光を受けて鮮やかに輝いている。
王国の中枢、ドルガ城だ。
この中に王様はいる。
いや、いるのだが……。
「会わせてほしい、って言ったら会わせてくれるかな」
「ロジェ師匠の功績なら絶対に会わせてくれますよ。むしろ、王様が会いに来るべきですね」
「いやいや」
リリアントはそう言うものの、俺は不安だった。
非常に。
俺が王都に来たのは今から20年前だ。
功績……まぁ、当時はそれなりに評価してくれたが、今となっては完全に風化していてもおかしくない。
「何はともあれ、まずは憲兵さんに聞いてみましょう。ロジェ師匠の伝説だって、語り継がれているはずです」
「あっ、ちょっと待ってくれよっ」
小走りで城門に向かうリリアントを追いかける。
門の前に着くと、憲兵たちが槍を交差させ進路を塞いだ。
「何用か? 許可なく王城に入ることはできないぞ」
「ジーク皇太子に……いや、ジーク国王陛下に会わせてくれないか?」
20年前知り合えた王太子はジークという名前だ。
さらりとした銀髪と黄金色に輝く瞳、そして王族とは思えない気さくさが印象的な男だった。
憲兵たちは用件を聞くと怪訝な顔になる。
「国王陛下に用があるだと? 許可証は持っているのか?」
「いや、ないのだけど、至急知らせたいことがあるんだ。古代魔獣が二度も出現して……」
「貴様らは何者だ。不審者は連行する決まりになっている」
説明する間もなく、憲兵たちの槍先がこちらに向いた。
ま、まずい、怪しまれてしまった。
すぐに誤解を解かなければ。
「お、俺はロジェ。旅の魔法使いだ。今はこんなだが、昔は賢者なんて呼ばれもした。そして、こっちにいるのはリリアント。彼女はカイザラード帝国の元宮廷魔術師だ」
「……なに? カイザラード帝国の?」
「こちらが証明書でございます」
リリアントが書類を見せると、憲兵たちは真剣にそれを読む。
しばし読むと、槍を下ろしてくれた。
「どうやら、本当のようだな。失礼した。だが、許可がなければ国王陛下に会うことはできない」
「その許可ってすぐ降りるものなのか?」
「一般市民にはほとんど降りることはない。その代わり、街の各地にある意見書に要望を出すことはできる」
マジか。
俺の単純なイメージだが、意見書が王様に届くのはすごく時間がかかる気がする。
古代魔獣が短期間に二度も出現するなんて、結構な異常事態だ。
またいつどこで現れるかわからん。
だから、なるべく早急に知らせたいのだ。
「そこをなんとか頼む。さっきも言ったが、急を要する案件なんだ」
「いや、ダメだ。特例を認めるわけにはいかない。意見があるのなら、意見書に投稿するんだ」
いくら頼み込んでも、憲兵たちは首を縦に振らなかった。
彼らは職務を全うしているだけなので、何も悪くはない。
説得力のない己が悔しかった。
リリアントに小声で相談される。
「どうしましょうか、ロジェ師匠……」
「うぅむ……」
ここで押し問答していても、中には入れてくれないだろう。
仕方がない、夜にでも忍び込むか。
そう思い、引き上げようとしたときだ。
憲兵の一人が、思い出したように告げた。
「……待て、貴様はロジェと言ったか?」
「え? あ、ああ、そうだけど」
憲兵は俺のことをジッと眺めている。
い、いよいよ不審者疑惑決定か?
おっさんなのに美女を連れているしな。
ある種の覚悟を決めたとき、憲兵は弾けるような笑顔になった。
「やはり、あなたはあの“黒ずくめの魔導師”、ロジェでしたか!」
「えっ……」
「ああ、やっぱりそうだ! 黒い服を着ていないのでわかりませんでした! みんな、このお方は20年前王都をスタンピードから救ってくださった賢者様だ!」
「「……あー! 確かに! 似てるー!」」
さっきまでの硬派な対応とは裏腹に、憲兵たちは盛り上がる。
彼らをよそに、リリアントがそっと話しかけてきた。
「ロジェ師匠、“黒ずくめの魔導師”とは何でしょうか」
「あ、いやぁ……」
二十代の頃、俺はやたらと黒い服が好きだった。
ローブやズボンはもちろんのこと、靴下や下着に至るまで黒で統一するハマりよう。
若気の至りってヤツだ。
まさしく黒歴史なので、今の今まで記憶の彼方に弾き飛ばしていたのだが、憲兵たちの一言で思い出してしまった。
リリアントの手前、どうにか誤魔化していると、憲兵たちは門を開けてくれた。
「失礼しましたな、ロジェ殿。さあ、どうぞご入城ください」
「え? 入っていいのか? 許可がないと入れないんじゃ……」
「国王陛下から、ロジェ殿が来たらご案内するよう伝え聞いておりますので」
「そうだったのか……」
打って変わって、憲兵の面々は優しく案内する。
どうやら、王太子……いや、もう国王か……は俺たちのことを覚えてくれているようだった。
城門をくぐり、城の中に入る。
長い廊下を抜け、階段を何十段も登り、息切れで倒れそうになってきたところで、俺たちは王の間に着いた。
「お待たせしました。では、扉を開けますね……国王陛下、失礼いたします!」
呼吸を整える間もなく、扉が開かれる。
王の間は20年前と同じように、広く、威厳にあふれていた。
奥は床が数段高くなっており、赤くて背もたれの長い玉座がある。
そして、そこに座っているのが……。
「ん? 今日は来客の予定はなかったはずだが……」
灰色のくすんだ髪の毛に、鈍く光る黄色の瞳。
一昔前よりは輝きが劣っているものの、見る者を引き込む美しさがあった。
俺と同い年のはずだが、気高い雰囲気を纏う男性だ。
彼はドルガ王国の国王。
かつて、王太子の時代に友人となった。
数十年振りの再会に緊張しながら言葉をかける。
「よ、よぉ、ジーク……久しぶりだな」
控えめに片手を挙げて挨拶した。
ジークは目を見開き俺を見るが、何も言わない。
覚えてくれているだろうか……。
不安に心が揺らいだとき、ジークは玉座から少し腰を浮かせ小さな声で、しかしはっきりと言った。
「ロ……ロジェ……か?」
「あ、ああ、そうだ。ロジェだよ。……すまんな、急に尋ねて」
「やっぱりそうか! 懐かしいな! 何年ぶりだ!? 黒い服を着ていなかったからわからなかったぞ!」
ジークは俺を熱く抱きしめてくれた。
ふるふると震える腕から、再会の喜びが伝わってくる。
王の間にいる衛兵や大臣たちからも驚きの声が聞こえた。
「たぶん20年ぶりくらいかな」
「20年!? ……あぁ、もうそんなに経つのか。懐かしい……懐かしいよ、我が友。お互い年を取ったな」
「それは言うなよ」
彼は国王になっても、昔のように気さくに話してくれた。
「黒い服は着ないのか? 似合っていたのに」
「もう止めたんだ」
恥ずかしいから。
二十代後半になって、ようやく気づいたのだ。
「それにしても懐かしい。君があのスタンピードを解決してくれたから、私は国王になれたようなものだ……おや? となると、そちらの女性は……」
「リリアントでございます。ご無沙汰しております、ジーク様」
「やっぱり、リリアントだったか! 見違えるような立派な女性じゃないか!」
「聞いて驚くな、ジーク。彼女はカイザラード帝国の宮廷魔術師にまでなったんだ。今は元だけどな」
「なんだって!? それはすごい成長ぶりじゃないか! 君の才能はすごかったから、不思議でもなんでもないが」
「いいえ、ロジェ師匠のご指導の賜でございます」
ジークはリリアントとも硬い握手を交わす。
しばらく再会を喜んだところで、俺は本題を切り出した。
「実はな、ジーク。今日尋ねてきたのは、知らせたいことがあったからだ」
「知らせたいこと? なんだい?」
「数週間前、古代魔獣の二度目の出現に遭遇したんだ」
エンシェン・サイクロプスの件を伝えると、ジークを含め、王の間は騒然とした空気に包まれる。
「二回も現れるなんて、どうにもこれは偶然とは考えにくい。古代魔獣自体の危険性もあるし、各地に騎士団を派遣した方が……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ロジェ」
話を遮ると、ジークは混乱した様子で聞き返してきた。
「こ、古代魔獣とは何の話だ? もうとっくの昔に絶滅したはずじゃないか。しかも二度目ってどういうことだ?」
ん? なんか話がかみ合わないな。
ベルナールさんが諸々報告してくれているはずなんだけど。
「復活した理由はわからないが本当なんだ。現にエンシェン・ウルフの死体だって届いただろ? ワコノ村を襲ったヤツだよ」
そう言うと、ジークは真顔になった。
そして、彼が疑問に感じた様子で告げた言葉は、まったく予想もしていない内容だった。
「死体なんて届いていない。無論、そのような報告もないぞ、ロジェ」
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