第3話:俺たちが出会った場所で
「着いたぞ、リリアント。いやぁ、相変わらずの暑さだな」
「この暑さも懐かしいですね。熱気とともにあの日を思い出します」
体感時間で数秒後、俺たちは黒っぽい地面の上に立っていた。
周囲は岩がゴツゴツと転がっており、傍らの川にはマグマが流れている。
全体として無骨な印象。
焼かれるような熱気で、顔がじりじりと暑かった。
ここはドルガ王国の北方にある山――ゴスラケ火山。
俺とリリアントが初めて出会った場所だ。
彼女が言うように、この鬱陶しい熱気すら懐かしい。
「せっかくだからちょっと散歩してみるか。その前に暑さをどうにかしないとな。<エア・ブリーズ>」
呪文を唱えると、杖から涼しい風が吹き出した。
俺たちの身体を包み、熱気に対する壁となる。
「ロジェ師匠はちっとも腕が衰えていませんね。さすがです」
「いやいや、昔の勘が残っているだけだよ」
リリアントと別れてからも、俺はずっと魔法の鍛錬を積んでいた。
好きだったし、他にやることもなかったからな。
おかげで魔法は上達したと思う。
今では無詠唱で使えるほどだ。
まぁ、その代償として彼女いない歴40年というとんでもない称号を得たわけだが。
「私を救っていただいた場所が見えてきました。ちょうどあの岩の辺りです」
「ああ、たしかにあの岩だった。しかし、よく覚えているな。もう20年も前のことなのに」
「ロジェ師匠こそ」
歩を進め、小さな岩の前に着いた。
何の変哲もないただの岩。
だが、俺とリリアントにとっては思い出深い岩だ。
今から20年前、この場所でバハムートに襲われている彼女を救った。
岩の正面にある地面は、ボコボコといくつもの穴が開いている。
当時発動した<メテオシューター>が直撃した穴だ。
「あれからもう20年か。時が経つのはあっという間だ」
「何年経とうが、今でも鮮明に覚えています。ロジェ師匠に会った瞬間のことは」
リリアントは優しげな表情で佇んでいる。
彼女の横顔には、やっぱり幼い頃の面影が残っていた。
二人で思い出にふけていた、そのとき。
『グルァアアッ!』
突然、辺りに咆哮が轟いた。
咆哮だけではない。
空気が震えるような、鈍い波動を全身に感じる。
明らかにまずい敵の襲来を知らせる前兆だが、俺もリリアントもまったく動じていなかった。
「しまった。長居し過ぎたか」
「すみません。私も思い出に浸り過ぎてしまいました」
『ウグラァアアア!』
空よりバハムートが舞い降りる。
頭からうねるのは二本の巨大な角、どんな剣術も弾く強靭な黒い鱗。
まさしくSランクモンスターのバハムートだ。
全身からはマグマにも負けないほどの業火が迸り、周囲の気温が一段と上昇した気がする。
無論、涼風の壁があるから気がしただけだ。
当時の個体よりは一回り小さいので、子どもかもしれない。
縄張りに侵入した俺たちをギロリと睨んでいた。
「すまん、ちょっと思い出の場所に寄りたかっただけなんだ」
「すぐ出て行きますから」
『ガアアア!』
俺たちの謝罪も聞かず、バハムートは魔力を溜める。
当然だろう。
人間と対話するモンスターなど聞いたこともない。
彼らにメリットもないからな。
数秒も待たず、バハムートは巨大な黒い火球を放った。
触れるもの全てを灰に変える、超高温のブレスだ。
俺たち目がけ、一直線に突っ込んでくる。
「ロジェ師匠、お願いします。まだまだ師匠の魔法が見たいのです」
「よし、わかった。<ハイエスト・フランメ・バリア>」
呪文を唱え、結界を展開する。
炎属性の魔力攻撃を防ぐことに特化したバリアだ。
ぶっちゃけ属性とか気にしなくてもいいのだが、この辺りは効率だな。
20歳ならいざ知らず、俺は今40歳だ。
気を抜くとすぐに体中が痛くなる。
なるべく体力は節約したいのだ。
最近、寝付きも悪いしな。
バハムートのブレスは、バリアに当たると消え去った。
自分の得意攻撃が防がれたためか、当の本人(本竜?)は目をぱちくりさせている。
「やはり、ロジェ師匠の魔法は格別ですね。私もまだまだ修行が足りないと実感しました」
「いやいや、そんな大したことはないさ。とはいえ、このまま逃がしてはくれなさそうだな」
「……のようですね」
ブレスが無効化されても、バハムートは戦意を喪失したわけではなかった。
少しでも隙を見せたらまた襲ってくることは容易に想像つく。
まぁ、身体強化魔法でどうにでもなるのだが……。
リハビリを兼ねて、うん十年ぶりの古代魔法を使うことにする。
この先何があるかわからんからな。
少しでも体を慣らしておこう。
「<エンシェンティア・メテオシューター>」
呪文を唱えると空がきらりと光り、何個もの隕石――いや、筒状の物体が降ってきた。
金属質な円筒形の物体で、先端は丸みを帯びている。
遺物によると、“ミサイル”という名称らしい。
古代魔法はおそらく、古の錬金術師が作った武器を転送する魔法だと考えられた。
まだよくわからない部分も多いが。
ズドドドドッ! と“ミサイル”はバハムート前の地面に直撃する。
瞬時に爆発し、いくつもの穴が開く。
穴といっても威力はほどほどの武器を選んだから、ちょっとばかし大きな穴だ。
バハムートはしばらく呆然としたかと思うと、逃げるように飛び去った。
当時はリリアントが襲われていたので倒したが、今回は違うからな。
ちょっとばかし脅かすだけでいいのだ。
「まさか、今回もバハムートに襲われるとは思いもしなかったな。あの日の再現じゃないか」
予期せぬ偶然に驚きを感じつつ、隣にいるはずのリリアントを見るもドキリとする。
リリアントもまた、目を見開いて唖然としていた。
彼女の驚きように驚き、そっと声をかけた。
「リ、リリアント、どうした?」
「ロ、ロジェ師匠……今のはいったい……」
「え? 今の?」
「隕石の魔法ですよ。もしかして、ロジェ師匠は古代魔法を習得されたのでは……」
ああ、そのことか。
一般的に、古代魔法は魔法の中でも最上位とされている。
まぁ、たしかに習得は大変だったがどうにかできたな。
癖になってんだ、努力するの。
「リリアントの言うように古代魔法だよ。リリアントと別れてから習得したん……うぉっ!」
最後まで言い切らぬうちに、いきなりリリアントが顔を寄せてきた。
彼女の麗しい顔と、俺の小汚い顔が接触しそうになる。
ド緊張で動けなくなっていると、リリアントは大きな声で告げた。
「私にも教えてください!」
「お、教えるって、古代魔法を?」
「そうです! 一から私に魔法を教えてください! せっかくロジェ師匠に追いつけたと思ったら、また突き放されてしまいました!」
リリアントは俺の身体を激しく掴む。
勉強熱心な彼女は、魔法を前にすると見境がないのだ。
もちろんのこと、リリアントは肢体も成長している。
魔法に対する熱とともに、彼女の体温まで伝わってきた。
触れ合ってるからね。
上半身の上の方とか。
「教えるに決まってるでしょうが! 教えるから手を離しなさいっ」
「やったー! ありがとうございます、ロジェ師匠! これで私もロジェ師匠みたいになれるんですね!」
「だから、あんまりくっつくんじゃないって!」
リリアントは何の躊躇もなく抱き着いてくる。
ここが火山でよかったぞ。
一般人に見られたら通報されそうだからな。
王国騎士団とかに。
奇しくも、20年前と同じ光景がそこにはあった。
□□□
ゴスラケ火山を下りこと小一時間、麓にある街の門が見えてきた。
転送魔法でぴゅいっと移動することもできたが、徒歩で来た。
旅のコンセプトは、なるべく当時の旅を再現することだからな。
検問を受けるため、二人そろって諸々の書類を出す。
俺は一応ドルガ王国の住民なので問題ないはずだ。
カイザラード帝国だって友好関係にあるから、リリアントも普通に通れると思う。
「……ふむふむ、ロジェさんにリリアントさんね。へぇ、リリアントさんはカイザラ-ド帝国の宮廷魔導師だったの。すごい経歴だ。それに比べてロジェさんは無職か」
こら、無職っていうな。
これでも一応王国からそれなりのお金を貰ったんだぞ。
森で暮らしているときだって、たまに薬を作って稼いでいたんだ。
結局、書類に問題はなかった(ホッとした)。
さあ行くか、と足を踏み出したとき、門番の一人が尋ねた。
「お二人は親子なんですかね?」
「あっ、親子じゃないです」
「……親子ではない?」
急に門番たちは不審な顔つきになった。
な、なぜ? と思ったが、すぐにその原因がわかった。
こんな年の離れた、しかもおっさんと若い美女の二人旅。
親子じゃなくてなんだ。
怪しいだろ。
すっかり若いままの気持ちでいたが、俺は十分過ぎるほどおっさんだった。
門番たちが剣を片手に詰め所から出てきたとき、リリアントが笑顔で告げた。
「私たちは師弟の関係なんです。ロジェ師匠は私の師匠で、魔法を極める旅をしています」
「「あっ、そうなんですかぁ」」
一転、門番たちはデレデレしだした。
俺のときとは偉い違いだな。
「では、先を急ぎますので失礼しますね」
「「気をつけてね~、リリアントさ~ん」」
門番たちはリリアントには笑顔を向け、俺が通ると一瞬で渋面になった。
(こんな可愛い娘が弟子ぃ? なんだよ、このおっさん。うぜぇな)
(冷やかしか? 出会いがない上に給料安い門番の冷やかしか?)
(こちとら一生独身が確定してるんじゃ。ムカつくな、おい)
心の声が漏れてるよ~。
痛い視線を背中に受けながら門をくぐる。
というわけで、俺たちは最初に訪れた街――パリムスへ足を踏み入れた。
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