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第29話:再来

「瘴気をまき散らす魔物!? そんな報告初めて聞くぞ……!」

「「ほ、本当です! あそこを見てください!」」


 騎士たちは遠方の丘にある森を指す。

 木々の隙間から上空に向かって、黒いもやが薄っすらと湧きたっている。

 距離が離れていても、ズン……ズン……という地響きが空気の揺れとともに伝わった。

 遠目でも異常な事態が起きているのだとわかる。

 エカテリナも騎士たちも、固唾を飲んで森の様子を見守っていた。


「な、なんだ……? 何が起こっている……?」


 ただ、俺はその黒いもやに見覚えがある。

 森に見えているのは、ワコノ村が襲われたときと同じような黒いもやじゃないか。

 あの禍々しさは忘れようとしても忘れられない。

 リリアントもまた気づいているようだ。


「ロジェ師匠、もしかしたらあれは……」

「ああ、俺もちょうどその可能性を考えていたところだ」


 不意に、音が止まった。

 不気味な静寂が辺りを包む。

 目には見えなくとも、脅威となるべき存在が明らかになるようだ。

 緊迫した空気が張り詰めた瞬間、木々が弾け飛び、森の中から巨大なサイクロプスが現れた。

 黒いもやを鎧のように纏い、重装歩兵のような様相だ。

 一直線に丘を下り、ザベルグへと向かってくる。

 足は遅いものの、ヤツの走った地面は大きく抉られているので、かなりの重量と力強さがあるようだ。

 エカテリナは魔物を見ると、間髪入れず指示を出した。


「第一級防衛体勢発令! 敵はサイクロプス型の魔物! 偶数班は門前にて敵を迎え撃つ! 奇数班は住民をシェルターに避難せよ!」

「「はっ!」」


 彼女の号令を聞くや否や、騎士たちは各々の持ち場へ駆ける。

 未知の危機が相手でも、パニックや混乱は少しもない。

 日頃から統率が取れているのだろう。

 少しでも知っている情報を伝えるため、俺とリリアントもエカテリナの元へ向かう。


「エカテリナ、聞いてくれ。あいつは古代魔獣の可能性がある。他の魔物とはまるで違うかもしれんぞ」

「……なに? 古代魔獣なんて、もうとっくの昔に絶滅したはずだろう」

「以前、私たちはワコノ村であのような瘴気を纏う魔物と敵対したんです。あれが纏っているのは、周囲を毒する非常に危険な瘴気です。おそらく、あれはエンシェン・サイクロプスと思われます」


 俺たちはエカテリナにワコノ村での一件を伝える。

 リリアントが読んだという禁忌書物にも、サイクロプス型の魔物がいたそうだ。

 情報をかいつまんで伝えると、エカテリナは真剣に聞いてくれた。


「……なるほど、警戒し過ぎることはなさそうだな。我もあんな魔物は見たことがない」

「俺とリリアントは一度戦っているから、対策が立てられると思うんだ」

「これはザベルグの危機です。私たちにも戦わせてください」

「よし……わかった。力を貸してくれ二人とも。……全員聞け! あの魔物は我とロジェ、リリアントにて撃退する! 全員下がって防御形態をとれ!」

「「はっ!」」


 エカテリナが号令をかけると、騎士たちはすぐに陣形を変えた。

 門の手前に密集して防御の構えを取っている。


「エカテリナ、あいつの瘴気は強い汚染の力を持っている。なるべく街の外で倒すんだ」

「まずは私とロジェ師匠で先制攻撃を仕掛けます」

「わかった、頼む!」


 俺とリリアントは一歩前に出、エンシェン・サイクロプスを迎え撃つ。

 敵はもう目の前だ。


「<エンシェンティア・レーザー>!」

「<パイロ・ギガブラスト>!」


 俺は古代魔法を、リリアントはSランクの炎魔法を発動させる。

 青白い光線が一直線に飛んでいき、エンシェン・サイクロプスの胸に直撃した。

 さらに頭上からは太陽のごとく巨大な豪炎の球が襲う。

 瞬く間に激しく燃え上がり、エンシェン・サイクロプスを炎の渦に閉じ込めた。

 火柱に遮られよく見えないが、敵の動きは沈黙している。


「すげぇっ! さすがはロジェ殿とリリアントさんだ! 一撃で倒しちまったぞ!」

「見たか、化け物! こっちには最強の魔法使いが二人もいるんだ!」

「そのまま燃え尽きてしまえっつ!」


 後ろからは騎士たちの歓声が聞こえるが、俺たちは警戒を緩められないでいた。


「ロジェたちの攻撃で倒れた……のか? 敵は動かないが」

「まだわかりません。油断はしないでください。古代魔獣は非常に強い魔物ですから」

「死体を確認するまでは安心できないな……気をつけろ、二人とも!」

『ゥアァ!』


 エンシェン・サイクロプスの咆哮が轟いたかと思うと、炎が消し飛ばされた。

 巨大な図体が姿を現す。

 一振りで塔をも砕いてしまいそうな腕に、強靭な脚力が想像つく太い足、そして血のように赤く光る瞳。

 全身を黒い瘴気が鎧のように硬く覆う。

 胸の部分は凹み、全身の鎧はただれ落ちていた。

 無傷というわけではないが、決定的なダメージを与えたわけでもなさそうだ。

 騎士たちの歓声は止み、代わりに緊迫した空気が張り詰める。

 

「二人の攻撃を防ぐとは、相当な防御力を誇る魔物のようだな。これが古代魔獣か」

「ワコノ村のエンシェン・ウルフより一段と体表が硬いのかもしれません。厄介ですね」


 エンシェン・サイクロプスは走るのを止め、ジリジリと慎重に間合いを詰めてくる。

 強力な魔法攻撃を警戒しているようだ。


「どうしましょうか、ロジェ師匠。このまま力で押し通しますか?」

「ああ、俺たちならできなくはないだろうが……」


 ふと、ヤツの走ってきた道が気になった。

 黒くくすんでいない。

 抉られはしているものの、ワコノ村の森で見たような黒変はなかった。


 ――見た目は同じような瘴気だが、周囲を腐敗させることはない……。


 その違いを考えていると、とある仮説が思い浮かんだ。


「二人とも、古代魔獣ごとに瘴気の性質が違う可能性がある。きっと、こいつの瘴気は防御に特化しているんだ」

「……なるほど、十分あり得ますね。どうやって倒しましょうか」

「遠距離攻撃が効かないとなると、近接戦闘しかないだろう。俺がゴーレムを纏って直接戦う。二人とも援護してくれ」


 古代魔法を発動させようとしたとき、エカテリナが俺の肩に手をやった。


「待て。我が戦う」

「し、しかし、相手は危険な古代魔獣だぞ」

「我には騎士団長として、ザベルグを守る責務がある。我が戦う」


 エカテリナは大剣を低く構え、あの猛撃のポーズを取る。

 それだけで彼女の責任感が伝わってきた。


「わかった。エカテリナ、頼む。俺たちは援護するぞ、リリアント。あいつの動きを止めるんだ!」

「了解です!」

「<エンシェンティア・バインド>!」

「<グラビティ・プレス>!」


 エンシェン・サイクロプスの周りにリング状の拘束具が現れ、その四肢に装着された。

 さらにリリアントの重力魔法がヤツの全身に重くのしかかる。

 抵抗の意志は見えるものの、完全に動きを止めることができた。


「“轟雷疾駆・二式”!」


 エカテリナが光線のように駆ける。

 轟音と地響きが鳴り止んだとき、彼女の大剣はエンシェン・サイクロプスの胸に突き刺さっていた。

 静かに消えていく赤い瞳。

 エンシェン・サイクロプスの身体はボロボロと灰のように崩れていく。

 俺たちが勝利したのだ。

 一瞬の沈黙の後、騎士たちの大歓声が包んだ。


「「うおおおお! 勝ったぞ! 俺たちの勝利だ! ばんざーい! ロジェばんざーい! リリアントばんざーい! 団長ばんざーい!」」


 騎士たちは両手を挙げて喜びまくる。

 さらに後方では、住民も俺たちを讃えてくれていた。

 喜びの中、俺とリリアントは急いでエカテリナの元へ駆け寄る。

 彼女はぐったりと膝をついていた。


「大丈夫か、エカテリナ!?」

「身体に異常はありませんか!?」


 二人で肩を貸すと、エカテリナはゆっくりと立ち上がった。

 疲れた様子で微笑む。


「これくらいで動けなくなっては……騎士団長としてまだまだ修行が足りないな……」


 そのセリフを聞き、俺とリリアントはようやく笑えた。

 無事、今回も古代魔獣からみんなを守ることができた。




◆◆◆(三人称視点)


「ふむ、ロジェとリリアント……あいつらの腕は本物のようだな」


 エンシェン・サイクロプスが出現した森の中から、蒼い髪の女が死闘の行く末を見守っていた。

 “始原の転生者”の一員、コンスタンス。

 今回の古代魔獣もまた、彼女がけしかけた個体だった。

 上層部にロジェたちの情報を伝えたところ、実力の確認を求められた。

 同時に手配されたのが先ほどのエンシェン・サイクロプス。

 この古代魔獣を使って彼らの力をもう一度確認しろ、という指令だ。

 エンシェン・ウルフとの戦闘から、コンスタンスはいくつか細工を施していた。

 瘴気の汚染力をなくす代わりに防御力を上昇し、死体を残さないため肉体と魔力のリミッターを解除。

 戦闘終了後、即座に灰になるよう設定もした。

 結果、エンシェン・ウルフより何倍も強力な古代魔獣となったはずなのに。


 ――願わくば、実験のついでにロジェたちを始末するつもりだったが……。


 コンスタンスもまた、ロジェたちの力を目の当たりにしている。

 それが“始原の転生者”にとって、極めて危険であることも。


「何はともあれ、まずは報告だ……<テレポーテーション>!」


 瞬きほどの一瞬で、彼女の姿はフッと消えた。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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