第27話:魔法と剣の勝負
「準備はいいか、ロジェ」
「ああ、いつでもいいよ」
ほどなくして訓練場に着いた。
楕円形の巨大な広場で、地面は砂混じりの硬い土だ。
観客席のような低い壁にぐるっと囲まれているので、訓練の様子を騎士同士で見学することがあるのかもしれない。
すでに騎士たちがチラホラと集まっていた。
「エカテリナ団長が魔法使いと勝負するらしいぞ。騎士の強さを見せつけてくれ」
「しかし、相手はおっさんだな。大丈夫か?」
「怪我だけはしないでくれよ。魔法使いは肉体が弱いからな」
話し合う声がここまで聞こえてくる。
普段からエカテリナは騎士の中でも注目を集めているのだろう。
みんなこの勝負に興味を惹かれているのが伝わってくる。
リリアントはというと、俺の後方にある壁際で待機していた。
エカテリナは鎧を着たまま準備運動をする。
お、重くないの?
「先に言っておくが、手加減は無用だからな。我を殺すつもりで魔法を使ってこい」
「こ、殺すってそんな物騒な……」
「遠慮など要らん。本気の貴様に勝ってこそ、我の努力が認められるのだ」
彼女の準備運動が終わったところで、軽装備の騎士が一人歩いてきた。
「それでは、私が審判を務めます。……両者、構え!」
マジか、審判までいるんだ。
結構、本格的な勝負なのかもしれない。
慌てて杖を構えた。
エカテリナもまた、大剣をガシンと引き抜く。
刀身は日光を反射し鈍く光った。
俺は剣については専門外だが、超一級品であろうことは容易にわかる。
「初めっ!」
審判が手を下ろした瞬間、ズン……! という強い衝撃が訓練場を揺らした。
エカテリナが地面を蹴り込み、勢い良く突っ込んできたのだ。
重そうな装備からは想像もつかないほどの、猛スピードの突進。
ま、まずい!
「<ギガ・シールド>!」
とっさに、Sランクの防御魔法を発動させる。
白い半透明のバリアが展開。
属性はないが、物理攻撃に特化した防御魔法だ。
バリアに構わず、エカテリナは真正面から大剣を振り下ろす。
「<激甚熾烈>!」
「っ……!」
硬い金属同士がぶつかるような鈍い音とともに、重い圧力を感じる。
威力が強すぎて、衝撃波が<ギガ・シールド>を貫通したのだ。
俺の身体は無事なものの、エカテリナの強さが体に染み渡った。
彼女は即座に大剣を引くと、ジャンプしながら猛烈に振るう。
「<連武の舞>!」
四方八方から無数の斬撃が襲ってきた。
同時に、俺の身体にも衝撃波が伝わる。
エカテリナの攻撃に押され、少しずつバリアが沈むほどだ。
――当時からは想像もできないほどの成長ぶりだな。
彼女は重そうな大剣を、まるで小枝のように軽く扱う。
このままどうにか耐えることもできるが、きわめて心配な点があった。
傷がついたりすることはないのだが、健康には悪い気がする。
内臓が痛んだりしてたらどうするのだ。
40歳の老体では、些細な衝撃も命取りになりかねない。
「<シールド・インパクト>!」
「くっ……!」
バリアを破裂させ、こちらも衝撃波を発生させる。
エカテリナは弾き飛ばされたが、くるくると空中で回転し、シュタッと地面に着地した。
か、かっけぇ……。
美しい身のこなしに、思わず見とれてしまった。
勝負の合間の空白が生まれると、訓練場はにわかに湧き立つ。
「……おおお! あのおっさん意外にやるじゃん! もう二分も経っているのに、まだ気絶してないぞ!」
「団長との勝負は、俺たちでさえいつも数分で終わっちまうもんなぁ……。おっさんにしては上出来だ」
「正直骨折して終わりかと思っていたが、あのおっさんはなかなかの魔法使いだったのか。しかも、無詠唱魔法とは……驚いた」
わあわあと口々に感想を述べあう。
おっさんという単語の頻出はいただけなかったが、概ね高評価されているようだ。
エカテリナもまた、大剣を撫でながら話す。
「我の斬撃を防ぐとは、さすがだな。貴様の力はまったく衰えていないとみる」
「いや、もう全身ボロボロさ。寝つきは悪い癖に朝早く目が覚めるし、ちょっと肉を食べただけで胃はもたれるしな」
特に、35を過ぎた辺りからだ。
身体の異変を自覚するようになったのは。
今までの不養生を誤魔化すのも厳しいようなので、最近は身体を気遣う生活を送っている。
エカテリナは静かに笑うと、鎧を外し始めた。
「やはり、貴様のような魔法使いに勝利するには、それ相応のリスクを負う必要がある。一筋縄ではいかないな」
「あ……うん……」
鎧……めっちゃ重そうなんですけど。
彼女が外すたび、ズンッ! ドンッ! という怖い音が発生する。
あの鎧には重しの効果もあったというわけか。
地面にも激しくのめり込んでるし……って、この地面は結構硬い土じゃありませんかね?
強烈なハンデの存在を見せつけられ緊張するが、また別の意味でも緊張してきた。
――ま、眩しい……。
エカテリナが鎧を外す度、どんどん薄着になっていくのだ。
運動用と思しき黒いブラジャーが姿を現し、短いスパッツが露出し……若い肉体が眩しくて目が眩む。
眩んでいたら、後ろから冷たい声が聞こえてきた。
リリアントの声だ。
振り向くと、彼女は杖を口に当て話している。
俺にだけ聞こえるような音響魔法だ。
「……ずいぶんじっくり見てますね、ロジェ師匠。そんなに興味が惹かれますか?」
「そうじゃなくてっ!」
必死に否定するも、距離が遠くて完全に弁明できない。
騎士たちもまた、エカテリナの様子を固唾を飲んで見守っていた。
「団長……本気だぞ。魔法使い相手に見せるのか。団長の下着姿を見た者は必ず死ぬと言われているのに……」
「それほど、あのおっさんが強敵なんだろう。敵が無詠唱魔法の使い手ならば、団長も下着姿にならざるを得ないんだ」
「あのおっさんは、団長を下着姿にするに値するおっさんだということだろう。この勝負……見ものだ」
「ロジェ師匠はあのようなタイプの女性が好きなのですね……大変参考になりました」
……ふむ、想像以上に諸々ヤバい状況のようだ。
前からも後ろからも左右からもプレッシャーがとんでもない。
勝負の後も俺は健康体でいられるだろうか。
鎧が全て外された瞬間、エカテリナの姿が消えた。
「っ! <ギガ・シールド>!」
エカテリナの大剣が、刀身の半分ほどまでバリアを貫通する。
先ほどまでとは比べ物にならないスピードだ。
恐ろしいことに、スピードの上昇に伴い斬撃の威力も増している。
エカテリナが大剣を振り上げた瞬間、背筋を冷感が襲った。
とっさに魔力を足元に集中させ、後方へ飛びのく。
「<バック・ムーブ>!」
「“月鯨衝波”!」
さっきまで俺がいたところに大剣がぶち当たる。
轟音とともに地面は砕け、空気が重く揺れた。
波動がビリビリと伝わる。
途方もない威力の一撃だ。
気を抜いていたら殺られる。
「<エンシェンティア・バトルスーツ>!」
空中にゴーレムのような鎧が現れ、即座に俺の全身を覆う。
杖は鋭い魔力を宿い、槍のような様相に姿を変えていた。
これもまた、古の時代に開発された魔道具だ。
非力な俺でも超人的なパワーを得ることができる。
エカテリナは俺の変化を見ても怖じ気づくことはなく、むしろニヤリと笑っていた。
「さすがはロジェだな。見たこともないゴーレムを纏うなど……誰にでもできることではない……」
彼女は大剣を構えたまま姿勢を低くし、力を溜めている。
特大の一撃を放つつもりなのだとわかった。
無論、正面から受け止めるつもりだ。
「喰らえっ! “轟雷疾駆”!」
「“古代の神槍”!」
身体が自動で動き、エカテリナの一撃を杖槍で止めた。
大剣による突きの攻撃だ。
杖槍が防御してくれている。
瞬きをした瞬間、彼女は落雷のような轟音とともに突っ込んできたのだ。
ま、まるで見えなかった。
ゴーレムを纏う魔法を習得していなかったら、俺は串刺しにされていただろう。
「“神槍十連撃”!」
「……くっ!」
またもや身体が自動で動き、杖槍の超高速連撃をエカテリナに放つ。
相手の死角を狙う、全部で十回の斬撃だ。
十回目の攻撃が当たったとき、キィィィィン……と甲高い音がし、エカテリナの大剣は弾かれ地面に突き刺さった。
俺は杖槍をエカテリナの喉元に向ける。
激しく流動していた空気が止まり、勝負の終わりが見えた。
審判はしばらく呆然としていたが、大声で宣言する。
「ロ、ロジェ殿の勝利―!」
「「おおおお! すげえ、団長に勝ったぞ、あのおっさん!」」
訓練場は街を揺るがすほどの大歓声で包まれた。
エカテリナはというと、ぺたんと地面に女の子座りしていた。
「そ、そんな……我が負けるなんて……」
呆然と目の前の虚空を見ている。
古代魔法を解除し、彼女に手を差し伸べた。
「さすがだな。こんなに強くなっているとは思わなかったよ。ほら、立てるか?」
「…………う」
「う?」
う……と言葉を発したまま、エカテリナは固まる。
い、いや、徐々に瞳がうるうるしてきたぞ。
いったいどうし……。
「……うわあああん!!」
「えっ!」
突然、エカテリナは歓声を切り裂くほどの大声でおいおいと泣き出した。
「負けちゃったぁあああ! あんなに練習したのにぃぃい! また魔法に負けたぁぁああ! あたし、弱すぎぃぃい!」
「あ、あの、ちょっ……」
「ゴーレム着るなんて、そんなのずるいぃいい!」
エカテリナはわんわんと泣きまくる。
ど、どうしよ……オロオロしていたら、異変に気づいた。
他の騎士たちも……泣いている。
「団長っ! 俺たちはあなたの修行をずっと見てきましたっ! 魔法に勝ちたいという気持ち、痛いほど伝わっております!」
「今回はっ……今回は相手が悪かったのです! 決して団長が弱いわけではありませんっ! 魔法を使わずここまでできるのは団長くらいのものです!」
「逆に言えば、まだまだ伸びしろがあるということです! これからも、もっと強くなれますぞっ!」
うおおおおっ! っと、熱い男泣きが訓練場に木霊する。
皆さん熱い性格の方のようだ。
「うわあああんっ! ずっと訓練してきたのにぃぃ!」
「「団長ー! 俺たちも修行に付き合いますぞー! 一緒に強くなりましょうー!」」
熱い涙を流すエカテリナと騎士団一同の前で、俺とリリアントはただただ立っていることしかできなかった。
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