第26話:再会と針山
「ふん……ようやく思い出したか、愚か者め。我は貴様のことを片時も忘れたことなどなかったというに。己の記憶力の無さを恥じるがいい」
「いや、ほんとすまん……」
彼女はエカテリナ。
今から20年ほど前、知り合った女性――当時は少女か――だ。
たしか、王国騎士の娘だったはず。
たぶんリリアントと同い年か、少し下くらいかな。
「貴様を糧に修練を積んだ結果、我はザベルグの騎士団長を拝命した」
「騎士団長!? すごいじゃないか、エカテリナ。腕が認められたんだな」
「まぁ、それほどでもある」
予期せぬ昔の知り合いと再会して、リリアントもまた驚いていた。
「まさか、エカテリナとまた会えるなんて思いませんでしたよ」
「……お前は誰だ?」
「リリアントです。覚えていませんか?」
エカテリナは暫しぼんやりとしていたが、やがてハッと何かに気づいたようだ。
「……思い出したぞ、リリアントか。貴様もずいぶんと姿形が変わっているな。どうしてロジェと一緒にいる」
「今、ロジェ師匠と一緒に旅をしているんです。昔の旅路をなぞるようにして」
「な……んだと……! 二人っきりで旅をしているのか!? ロジェと!?」
「えっ、ええっ、そうですがっ……」
エカテリナはリリアントの肩を掴み、ガックンガックン! と揺すりまくる。
首がもげそうで心配になっていたら、エカテリナは動きを止めてくれた。
「貴様もずるい女だな。ロジェと二人旅などもってのほかだぞ」
「そ、そう言われましても……」
「それとロジェ」
「は、はいっ」
俺の方を向いたので、心臓が跳ね上がる。
なおのこと、エカテリナはくどくどと文句を言っていた。
「我は貴様を常に念頭に置き、毎日研鑽を積んできたのだぞ。貴様は一日のうち、我のことを何時間考えていたんだ」
「だからごめんて。……しかし、エカテリナも立派な女性になったなぁ。前見た時はまだほんの子どもだったのに、今や凛々しい淑女じゃないか」
「……ほんとか?」
「ああ、ほんとほんと」
「仕方がない……許してやろう。もっとも、貴様だから許してやるのだ。他の者ではこうはいかない。肝に銘じておくように」
エカテリナは頬を赤くしながらそっぽを向く。
彼女は昔から照れ屋なんだよな。
懐かしさと微笑ましさを感じたときだ。
「ははは、ありが……ぐぅうぅぅっ!」
突然、脇腹に鋭い激痛が走った。
肉が千切れそうなほどのとんでもない痛みだ。
い、いったい何が起きた……!?
猛スピードで横を見ると、リリアントが無表情で俺の脇腹をつねっていた。
え……っ。
「ロジェ師匠、ザベルグに立ち寄るのはやめましょうか」
「な、なんで……って、つねるの止めて! 痛い、痛い、痛い! 肉が取れる! 取れちゃうから!」
「騎士団の皆さんも忙しいでしょうからねぇ。お邪魔をしてはいけませんよ、ロジェ師匠……うふふ」
リリアントはうふふ……と笑ってくれたが、つねる指は離さない。
え、笑顔も氷点下くらいの冷たさを感じるのはなぜ?
「ご、ごめんっ! すまなかった、リリアント……!」
「いえ、いいんです。こちらこそ興奮しすぎてしまいました。今治しますね……<オール・ヒーリング>」
よ、よかった……リリアントも機嫌を直してくれたようだ。
瞬く間に最高峰の回復魔法で脇腹を治癒される。
痛みは消え、むしろ肌艶も良くなった。
エカテリナは静かに眺めていたかと思うと、淡々と話してきた。
「さて、思い出してもらったところで本題といこう。ロジェ、我と勝負してもらおうか」
「しょ、勝負?」
「まさか、あの時の約束を忘れたわけではあるまい。我と約束してくれたではないか。指切りげんまんで」
な、なんだそれは。
「我が大人に成長したら、貴様は魔法、我は剣術で勝負すると……。忘れた方が針を千本飲むって話もしただろう」
「マ、マジすか……」
「針だってちゃんと用意してあるぞ。……おい、例のアレを持ってこい」
「「はっ!」」
エカテリナが指示を出すと、騎士たちが何かとげとげした物を運んできた。
ギラリと光り輝く細い金属……の山。
まさしく針山だった。
いったい何本あるのか。
いや、きっと千本なんだろうけど。
エカテリナは諦めたような表情で針山を差し出す。
「さあ、飲んでもらおうか……我も非常に残念だ……」
「待って待って待って! 思い出した! 思い出したよ! 俺の魔法とエカテリナの剣術で勝負するの思い出した!」
命の危機を感じたからか、全ての記憶がぶわっと蘇る。
幼いリリアントを連れてザベルグを訪れたとき、Sランクモンスターの<クイックパンサー>にエカテリナが攫われた。
当時彼女の父、モルドレッドは王都に行っており不在で、騎士団で救出に向かうも敵が強く難航。
そこで、探知魔法や転送魔法などを駆使してエカテリナを救出したのだ。
「父ですら討伐に難儀するであろう高ランクの魔物を、貴様はいとも簡単に倒してしまった。魔法の底知れぬ強さを知るとともに、我は己の未熟さを痛感したんだ」
「エカテリナはあの時から自分に厳しかったもんな」
当時はまだ5歳前後だったろうに、エカテリナはすでにストイックな性格の持ち主だった。
命を助けた感謝を伝えられるとともに、泣きながら将来は我(当時から一人称、我だった)と戦えと約束してきたのだ。
「あの日から、我はロジェを追い越すことを目標として修練に励んできた。魔法に負けない剣術を身につけたつもりだ」
「そうかぁ……俺もエカテリナの成長を見たいよ」
「決まりだな。では、訓練場で勝負といこう……ついてこい」
エカテリナはスタスタと歩き出す。
俺も歩き出したら、リリアントがこそっと話しかけてきた。
「ロジェ師匠がエカテリナとそのような約束をしているとは思いませんでした。……私との約束も忘れていませんよね?」
「え? な、なんか約束してたっけ……?」
……まずい。
見当もつかんぞ。
針を千本飲むことになるのか……?
必死に記憶を探るも、リリアントは針山を取り出すことはなく、ホッと一安心する。
「大人になったらけっこ……ごほんっ。やっぱり、それはまた今度ゆっくり話しましょう」
「あっ、ちょっと、待ってくれよ」
エカテリナとリリアントを追い、俺は訓練場へと足を運ぶ。
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