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第23話:宴と例のアレとアレ

「さあ、ロジェとリリアントの活躍を労おうじゃないか!」

「「うおおお! 二人ともありがとうー!」」


 ここはギルドのロビー。

 “霊視の十芒星”の企みを無事打ち破ったということで、俺とリリアントは盛大な宴にてもてなされていた。

 グレゴワール一同は、地下の倉庫で屈強な住民たちに見張られている。

 彼らに騙し取られた金も、無事に全額戻ってきた。


「遠慮せず、酒も食べ物もどんどん食べてくれな。あんたらのためなら、ギルド中の食材を使っても構わないさ!」

「い、いや、全部食べ切るのは無理だから。もう若くないし……」

「食べきれないくらいたくさんありますね。テーブルの上が壮観な光景です」


 手前に置かれているのは<黄金小麦>でふっくらと焼いたパン。

 切り口からホクホクと白い湯気が立ち上る。

 その横に置かれている<糖モロコシ>はこんがりと焼かれ、甘くも香ばしい香りが漂っていた。

 <ホロ蕪>と<ルビートマト>は、とろりとした温かいスープに調理されている。

 右も左もレア作物の山。

 ここの名産品、<アドームビール>もここで作っているらしい。

 さすがは農業都市だ。

 肉より野菜が多いのがありがたかったな。

 胃がもたれないから。

 野菜を摘むように食べていると、リリアントが立ち上がった。

 手に持つは一冊の本。

 ま、まさか……!


「では、詩の朗読をさせていただきます」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! また今度の機会に……!」

「みんな聞きな! リリアントが詩の朗読をしてくれるってよ! 静かにしな!」


 俺の声はルイーズの一喝にかき消され虚空に消えていく。

 一瞬でロビーは祈りを待つ教会のごとく静かになり、今さら断る空気じゃなくなってしまった。

 みんな、目を輝かせてリリアントに注目している。

 ぐぎぎ……いや、こうなったらもうしょうがない。

 せめて、まともな日記の箇所が朗読されることを祈る。


「〔ロジェ師匠、私は今日もあなたを思います。離れていても、ロジェ師匠は私の心の中にいます〕〔あぁ、リリアント。お前は俺にとっての希望そのもの……。リリアントに会えない日々、俺は闇に囚われているようだ〕」

「「おおお~!」」


 やはり……というべきか、リリアントはクサイ文章を嬉々として朗読するのであった。

 まぁ、正直なところわかっていた。

 わかっていたよ。

 それでも祈らずにはいられなかった。

 結局のところ、微かな希望を抱くも木っ端微塵に砕かれたわけだ。

 ある種の境地に達しながら酒を啜っていると、ルイーズが鼻息荒く俺の肩に手を回してきた。


「食事の後は風呂を用意してあるからね。リリアントと一緒に入っておいで」

「い、いや、何を言っているんだ。一緒に入るわけないだろうが」

「何を言うって、こっちのセリフだよ。師弟たるもの、寝食風呂も同じ時間を共有するものだろ」


 ルイーズはガハハッと豪快に笑っている。

 あのねぇ……。


「俺たちは大人の男女だから! 別れて入るのは当たり前でしょうに!」

「男女の前に師弟だろう。さっ、風呂に案内するよ。リリアントもおいで。もう熱々の湯が沸いているからね」

「ありがとうございます、ルイーズさん。お風呂入るの楽しみでした」

「俺の話を聞いてくれー!」


 ルイーズにぐいぐい背中を押され、ロビーから出て、廊下を突き進む。

 数分も経たずに更衣室へ通された。

 男女別々なのが不幸中の幸いだ。


「じゃあ、ゆっくりしていきなね。時間なんか気にしなくていいからさ。ぐふぐふぐふ……」


 ルイーズはぐふぐふ笑いながら去っていく。

 どこかで聞いたような笑い方だな。

 ため息を吐きながら服を脱ぐ。

 やれやれ、困ったもんだ。

 そう思いつつも、心のどこかで安心していた。

 ルイーズはガサツに見えて、結構きちんとした性格だ。

 いくらなんでも別々の風呂場にされるはず……。


「お待ちしておりました、ロジェ師匠」

「ぶぎゃああああっ!」


 ドアを開けた瞬間、大慌てで目を閉じた。

 リ、リリアントの声が聞こえたような気がするけど、気のせいだよな?

 少々疲れが溜まっているようだ。

 風呂は残念だが、今日はもう寝ることにしよう。


「どうして逃げるのですか。お風呂に入りましょう。身体もキレイになりますし、疲れも取れますよ」

「だから、そういうことじゃないでしょうがっ! あっ、ちょっ、待って」


 抵抗むなしく、リリアントに引き込まれる。

 更衣室は別なのに、浴室は一緒になる……なぜだ。

 そうか……これはきっと、俺を油断させる仕組みだったのだ。

 「更衣室が別だから浴室も別だ~」と思わせるためにな。

 まんまと罠に引っかかってしまったというわけか。


「じゃあ、お背中流しますね」

「ま、待ちなさい、リリアントッ! 早まるんじゃないっ! ……あああ~」


 リリアントがタオルと石鹸で、ゴシゴシと俺の背中をこする。

 非常に柔らかく、天にも昇るようなソフトタッチだ。

 自分で洗うのとはまた違った感覚だな。

 素直に心地よかった。


「では、背中以外の部位も洗いましょう。こちらを向いていただいて……」

「それはいい!」


 リリアントが何かする前に、爆速で身体を洗いお湯で流す。

 特に前面部の死守に必死だった。

 後ろを見ないようにして更衣室へ戻る。

 すぐにここから離れなければ……!


「ロジェ師匠、湯船に浸かった方が温まりますよ?」

「わかっているけど! 状況が状況でしょ!」

「……仰っている意味がよくわかりませんが。さあ、湯船に入りましょう」

「や、やめなさ……あ~れ~」


 この状態ではろくに抵抗できるはずもなく、結局リリアントと一緒の風呂へ入ることになってしまった。

 湯はとろりとして温かい。

 平常時であれば、しばらくのんびりと浸かっていたいほどだ。

 うん、平常時であれば。


「ここのお風呂もいい湯ですね~。ワコノ村と同じかそれ以上かもしれませんよ。」

「うん、そうだね……」


 リリアントはぐ~と背伸びしている雰囲気があるが、目を開けられるわけもなかった。

 漆黒の闇の中、湯の温度に意識を集中させる。

 無論、腕に微かにあたる彼女の柔肌を誤魔化すためだ。


「……ロジェ師匠、どうしてそんなに離れて浸かっているのですか?」

「言わせないで!」


 俺は湯桶の壁に、へばりつくようにして入浴していた。

 リリアントから少しでも距離を保つため。

 が、彼女はさらに俺を追い詰める。


「せっかくの師弟水入らずなのですから、もっとくっついて入りましょう。そう、昔みたいに」

「水ならもう入ってるでしょうが! 俺は先に出るからな! のぼせた!」

「あっ、ロジェ師匠!」


 リリアントと完全に接触する前に湯桶から飛び出る。

 更衣室に逃げ込み、爆速で体を拭いた。

 浴室からリリアントの不満気な声が聞こえてくる。


「ロジェ師匠~、寝るときは一緒に寝てくださいね~」

「あい、わかったよ」


 その後、部屋に戻り、風呂を上がったリリアントと一緒にベッドに潜る。

 昔の神話もまた一つ話ながら眠りに就く。

 何はともあれ、彼女と過ごす時間は何者にも代えがたい時間だった。

お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます


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