第18話:暗い空
「……古代の遺物よ、現代に蘇りたまえ。<エンシェンティア・メテオシューター>……!」
リリアントが呪文を唱えると、上空の雲からをかき分け、小さな“ミサイル”が一つ飛んできた。
少し教えただけで、彼女はすでに古代魔法を習得し始めている。
「いいぞ、その調子だ。“ミサイル”は術者との距離が近づくほど、俺たちの魔力に対して敏感になる。コントロールが難しくなるが、最後まで一定の力を注ぐように意識するんだ」
「は、はいっ……」
リリアントは額にうっすらと汗をかきながら、真剣に空を見つめている。
目標は少し離れたところにある小高い木だ。
直撃する前に俺が撃ち落とす予定だったが、“ミサイル”は一直線に飛んできたかと思うと、フッ……と消えてしまった。
古代魔法は少しでも魔力のコントロールがブレると、不発に終わってしまうのだ。
彼女が悔しそうな顔で言う。
「う~ん、また失敗してしまいました。今回はうまくいくと思ったのですが……」
「いやいや、十分過ぎるほど上出来だ。やっぱり、俺たちが普段使う魔法とは加減が違うからな。その辺りは練習していれば慣れると思うよ」
「そうでしょうか……」
「リリアントならすぐに習得できるさ」
「私も早くロジェ師匠みたいになりたいです」
俺たちがいるのは草原地帯。
もちろん、この場所も昔旅した地域だな。
周囲広がるのは、一面の草花。
辺りには人家もないので、ちょうどいい魔法の練習ができると思ったのだ。
数日ほど滞在し、リリアントに古代魔法を教えている。
ワコノ村を出た後、俺たちはずっとこの草原地帯を歩いていた。
よって、観光も何もないのだが、その分熱心に指導しているつもりだ。
「もう一度、魔法陣を確認しよう」
「お願いします、ロジェ師匠」
彼女に“古代の魔導書”の写しを見せる。
原本はドルガ王国の王立図書館に保管されているが、写しを所持することを認められたのだ。
リリアントは空中に魔法陣を描く。
描いては消し、描いては消し……と繰り返していた。
何度も手を動かすのが彼女流の訓練法だ。
昔から変わっていないのを見て懐かしさを感じたな。
練習するリリアントの表情は真剣そのものだったが、疲れが滲み出てもいた。
無理もない。
ずっと古代魔法の訓練をしているのだから。
「練習はここら辺にして、一旦近くの街で休憩するか。風呂にも入りたいだろ?」
「ありがとうございます。ちょうど疲れが溜まってきたところです。お風呂もまた一緒に入りましょう」
「入らないから!」
リリアントを連れ、近くの街へ向かう。
農業都市――アドーム。
この地域は一年を通して日照時間が長いようで、植物や作物の育ちが良い。
農業で街は栄え、人々は活気にあふれていた。
「それにしても、なんか天気悪いな」
「ええ、ずっとどんよりしていますね」
空一面が鈍い灰色だ。
厳密に言うと分厚い雲に覆われている。
だが、普通の雲とは違う印象がどことなく感じられた。
しかも、異変は空だけでなく俺の身体にも発生している。
「おまけに空気が煙っぽくない気がする……喉がイガイガするよ。なんだか、目もシパシパするし……」
「やっぱりロジェ先生もですか? 私も気になっていたところです」
加齢による影響かと少し心配だったが、どうやら違うようで安心した。
鉱山地帯に差し掛かってから、空が曇り始めたのだ。
おまけに、目や喉にも異常が……。
魔法で顔を保護すると、ようやく落ち着いた。
「いやぁ、ようやく落ち着いた。……ん? リリアント、髪になんか粉みたいなのがついているぞ」
「え? ほんとですか? ……たしかに、髪の毛に何かついていますね。あっ、ロジェ師匠のお洋服にも」
「マジか……本当だ」
彼女の髪や俺の服だけじゃない。
地面に生えている草花も、表面には灰色の粉みたいなのがくっついている。
さらには、よく見るとところどころ枯れていた。
何か悪い物でも撒かれているのだろうか。
加齢の心配は消えたが、また別の不安が湧いてきた。
「ま、まさか、毒とかじゃないよな。結構吸っちまった気がするぞ」
「確かめてみましょう。<ポイズン・テスト>」
「あっ……」
俺が冷や汗をかいている間にも、リリアントは杖で全身を撫でるように調べる。
……そうだよ。
魔法を使えばいいんだよ。
なに一人であたふたしてるんだ。
リリアントはリリアントで、すぐに調査を終えてしまったらしい。
「……どうやら、毒の類ではないようです。あらゆる毒のタイプと照合してみましたが、一致するものがありませんでした」
「調べてくれてありがとな。というより、もう終わったのか。早いな」
「いえいえ、先生に比べればまだまだですよ」
相変わらずの手際の良さだ。
俺も見習わなければ。
「それにしても、アドームの街は大丈夫かな。農業にも影響が出ていそうだ」
「ええ、十分考えられますね。何もないといいのですが」
「心配だから街までは転送魔法で行こう。準備はいいか、リリアント?」
「はい、お願いします」
「よし……<テレポーテーション>」
転送魔法の白い光が俺たちを包み、眩しさが収まったかと思ったら、門の前に着いていた。
太い木で組まれた巨大な木造の門。
アドームの入り口だ。
街全体には“来るもの拒まず”という精神が根付いているようで、門番の類はいなかった。
住民たちも寛容な心の持ち主なのだ。
草原地帯から歩いて一時間ほどの場所にあるはずだが、この辺りの空もどんよりと曇っている。
肌がざらつく感じもするので、例の粉も浮遊しているようだ。
心なしか、こちらの方が濃度が濃いような気がした。
俺とリリアントは顔を見合わせると、静かに門をくぐる。
「街は……思ったより落ち着ているけど、みんな元気がないな」
「やはり、この天候の影響でしょうか……」
思いの外、住民たちが取り乱したり、パニックになっているような様子はなかった。
二十年前訪れたときと、ほとんど同じ光景だ。
だが、住民たちは布で顔を覆っており、溢れていたはずの活気がない。
謎の粉は屋根や道端にも降り積もり、影響は出ているとわかった。
露店で売られている野菜たちもグッと数が減り、ニンジンやトマト、キャベツなんかは萎れてしまっている。
何かしらの異変が起きているのだ。
「一度農業ギルドに行ってみよう」
「はい」
周囲にモンスターがあまりいないこともあり、この街に冒険者ギルドはない。
その代わりに、みんなで農業をするという、珍しい形態のギルドがあった。
――魔法を使わず地道に育てる。
それが彼らのモットーだった。
魔法や武芸などの技術は他の街より遅れているが、栽培などの技術は格段にレベルが高い。
十分も歩くと農業ギルドに到着した。
門と同じ木造の、二階建ての建物だ。
ロビーに入ると、恰幅の良い女性が出迎えてくれた。
頭にはタオルを巻き、癖のついた赤毛がはみ出ている。
いかにも体を動かすのが好きそうな人だ。
鼻の周りにあるそばかすと、温和な目元が優しげな印象だった。
「いらっしゃい。旅人かい? あいにくと最近天気が悪くてね。あまり豪華な食事は出してやれないんだよ」
「いや、俺たちは飯を食いに来たんじゃないんだ。その天気のことで、ギルドマスターと話しをしたいのだが……」
「ギルドマスターはオイラだよ。曇ってからもう二ヶ月も経つかな……おかげで日光が差さなくて……」
女性は言葉を切ると、ジッと俺たちを見つめ出した。
なんだ? 様子がおかしいぞ?
や、やはり、おっさんと美女の組み合わせは怪しいのか……。
誤解を解くため説明しようとした瞬間、ギルドマスターは嬉しそうな笑顔で俺たちに抱き着いてきた。
「あ、あんたはロジェだよな!? ということは、こっちの女子はリリアント……? ああ、きっとそうだ! ロジェにリリアントが戻ってきた!」
力強い抱擁に骨が軋みながら記憶をたどる。
お、俺たちの知り合いか?
見覚えがないのだが……。
記憶を探っていると、頭にタオルを巻いた赤毛の少女が浮かび上がってきた。
「もしかして……ルイーズか!?」
「ルイーズさんじゃないですか! お久しぶりですね!」
次から次へと昔の思い出が蘇る。
この女性はルイーズ。
アドームで生まれ育った活発な元少女だ。
昔は細くて病弱な子どもだったと思うが、今は当時の風体からは想像もつかないほど肉体的に充実している。
「まさか、ルイーズがギルドマスターになっているとはな。すごい大出世じゃないか」
「これも全部、ロジェに怪我を治してもらったからさ。おかげで毎日畑に出られているよ」
ルイーズは昔、アドームに迷い込んだ大鷲型のモンスターに襲われ、大怪我を負ってしまった。
それを回復魔法で治癒したのだった。
再会の喜びもほどほどに、粉のことを尋ねる。
「変な粉が飛んでいるみたいだが、問題ないのか?」
「作物も育ちが悪いようですね」
「その点は大丈夫さ。シャーマンの一団、“霊視の十芒星”に対策を頼んであるからね」
「「シャーマンの一団……“霊視の十芒星”?」」
ルイーズの言ったことに、俺たちは揃って疑問の声を出した。
聞きなれない組織の名前だ。
シャーマンとは神に祈りを捧げ、魔法を超える超常的な力を得る者たち……とされているが、俺はどうしても胡散臭く思っていた。
「彼らが言うには、この天候不良は神の怒りによるものらしいよ。神の怒りを鎮め、代わりに神の魔力を貸してもらう祈祷をしているんだと。オイラたちは魔法に詳しくないからよくわからないけど」
「神の魔力……」
またもや初めて聞くような言葉だな。
リリアントを見るも、彼女もまた聞いたことがないらしい。
「徐々に謝礼が高額になって……少々困っているんだけどね」
小さいが気にかかる疑問を感じていたときだ。
ポツリと、ルイーズは力なく呟いた。
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