第17話:温泉と別れと……
「さあ、ロジェ殿。たんと食いな。好物の肉がっぱ用意すたはんでね」
「猪肉以外にも鹿や熊、牛肉もどんどん焼いでらはんでね。遠慮するごどはねじゃ」
「う、うむ……」
ここはワコノ村の大食堂。
エンシェン・ウルフを倒した後、すぐに村を上げての宴が開かれた。
ドンドンドンッ! と大量の肉が置かれる。
タイミングを逃して言えなかったが、肉が好きだったのは20代の頃の話だ。
ちなみに、俺は今40歳。
見ているだけで胃もたれしそうだ。
「さあ、ロジェ師匠。いただきましょう。どれも美味しそうですよ」
「そ、そうだね……」
正直に言ってしまうと、肉の重みがすでにきつかった。
最近は魚とか木の実が主食だったし。
だが、クラウスとアンナに輝く瞳で出された料理を断ることなどできなかった。
脂身の少なそうなところを狙って食べることにする。
ぼそぼそと肉を摘んでいたら、ドカッと誰かに肩を組まれた。
だ、誰だ?
すでにめちゃくちゃ酒臭い。
「おぉい、ロジェぇ殿っ! あんたはぁ、すんげぇヤツだ! この俺がぁ認めるぅ! あんたほどの魔法使いは他にいねぇ!」
「あ、ありがとう……」
ベルナールさんだった。
結構な酒乱らしい。
きっと、医術師の仕事は大変なんだろうな。
彼がほとんど飲んでしまったからか、リリアントの朗読はなかった。
明日の胃もたれと引き換えに、尊厳が守られた気分だ。
「飯喰った後は湯だね。今日は疲れだびょん。ゆっくり休んでけ」
「食事の後は湯。こぃは古がら決まってらごどだよね」
「え……あっ、ちょっと……」
食事もほどほどに終わると、今度は有無を言わさずクラウス家の風呂に案内された。
クラウスもアンナも、やけにニヤニヤしているのは何故だ。
連行されたのは、クラウス家備え付けの風呂……に繋がる更衣室。
もちろん、男女別だ。
「へば、こぃでお邪魔虫は消えるじゃ。ゆっくり楽すんでぎでね」
「わんどのごどは気にすねでいはんでね。ごゆっくり~」
ぐふぐふぐふ……と笑いながら、クラウスたちは去ってしまった。
どこかで聞いたような笑い方なのだが。
まぁ、そんなことは別にいいや。
何はともあれ一息つけるな。
せっかくの湯だ、ゆっくり入ろう。
のそのそと服を脱ぎ、タオルを腰に巻く。
旅人を自宅に泊める文化が根付いていたのか、ワコノ村の風呂はでかい。
まぁ、風呂といっても大きな桶みたいな形だが。
いやぁ、楽しみだな。
ガラリと扉を開けた瞬間、裸体が目に飛び込んできた。
女性の。
「ロジェ師匠、お待ちしておりました」
「ぶごぁっ!」
猛スピードで視線をずらす。
不幸中の幸いにより、湯けむりでうまく隠れていた。
何が、とは言わないが。
どどど、どういうことだ!
男湯ではないのか!?
焦りまくる俺に反比例するように、リリアントは至って平常だった。
……いや、見てはいない。
声の様子からそう感じたんだ。
「あの~、どうしたのですか?」
「ななななぜ、リリアントがここに!」
目と局部を抑えながら叫ぶ。
世界に向かって。
「師弟水入らずということで、クラウスさんたちが気を利かせてくれました」
「なん……だと……?」
リリアントの身体を手で隠し、浴室を確認する。
今気づいたが、男湯と女湯を仕切るはずの板が撤去されていた。
おまけに風呂は一つだけ。
クラウスゥ~……いや、アンナか?
どっちでもいい。
なんてことをしてくれたんだ。
「さぁ、ロジェ師匠。そんなところに立たれていたら風邪をひいてしまいます。早くお風呂に入りましょう」
「こ、こら、やめなさいっ。うわっ、ちょっ、あ~れ~」
リリアントに手を引かれ、浴室に連れ込まれる。
大変だ、どうしよう。
し、仕方がない。
とりあえず目を思いっきり閉じろ!
「ロジェ師匠……どうしてそんなに硬く目をつぶっているのですか?」
「せ、石鹸! 石鹸が目に入っちゃったの!」
「……まだ身体を洗われてないと思いますが」
「入っちゃったの!」
「それでは、お身体洗いますね」
「いい! 自分でやる!」
手探りで壁を伝い、どうにかして洗い場にたどり着いた。
閉眼したまま光の速さで身体を洗う。
リリアントの声が横から聞こえる。
「ロジェ師匠、何をそんなに慌てているんですか?」
「別に急いでないよ!」
「隣、失礼します」
「っ!?」
ス……とリリアントの座る気配が伝わる。
コシコシ……という身体をこする音まで。
しばし心あらずとなっていたが、即座に現実へ戻ってきた。
ジャババッ! と風呂ジョウロ(湯がジョウロみたいに出てくる細長い魔道具)で泡を流した。
よし、これで後は逃げるだけだ。
だったのだが、立ち上がった瞬間パシッと腕を掴まれた。
もちろんリリアントに。
「せっかくだから一緒に入りましょう」
「だ、だから、引っ張るって……!」
抵抗むなしく、風呂に入れられた。
ざぶぅーという音とともに湯の流れる感覚があり、じんわりと身体が温かくなっていく。
「はぁ~気持ちいいですねぇ。やっぱりお風呂は格別です」
「うん……いい湯だね」
実際のところ湯加減は素晴らしい。
本当だ。
浸かっているだけで、全身の疲れがどんどん抜けていく。
さすがはワコノ村の名物だな。
湯は素晴らしいのだが、致命的な問題が一つだけある。
「こうしていると昔を思い出しますね。あの頃は毎日、ロジェ師匠と一緒にお風呂に入っていました」
「……」
気にしないようにするが、無理だ。
風呂は狭い。
いくら片方は女性といっても、大の大人が二人
つまり、嫌でも触れ合うのだ。
……身体が。
念じるように小声で呟く。
「大丈夫。俺は賢者なんだから」
「何がですか?」
「あ、いや、こっちの話」
地獄のような入浴タイムを終え、速攻で着衣し帰室。
これまた部屋にベッドは一つしかなかった(ふざけるな。覚えてろ、クラウスとアンナ)。
例のごとく、昔話を聞かせながら俺たちは眠りに就く。
□□□
「いやぁ、昨日は二人がどうなるが緊張すて眠れねがったよ。どうだった? 疲れは残ってねが?」
「ゆべなはよぐ眠れだが? 二人のわらすならさぞがす優秀だべさ」
「クラウス~、アンナ~」
翌朝、俺たちはワコノ村の人々と別れの挨拶を交わしていた。
やはり昨日の一件はクラウス夫妻によるものだった。
苦情を言うものの、まるで相手にしないのも彼ららしいと言っちゃらしいが。
村人たちにも冷やかされていると、ベルナールさんが歩いてきた。
彼ら医術師一行も、昨日は村に泊まったのだ。
「ロジェ殿、エンシェン・ウルフの死骸は我々が回収してもいいか? 今回の話は、国王陛下にも報告した方がいいだろう」
「ああ、もちろんだ。手間をかけて悪いが、よろしく頼む」
絶滅した古代魔獣の復活なんて、それだけでも大変な事件だ。
ましてや新種の強力な瘴気を放出するのだ。
王宮にも知らせるべきだと思った。
「手間だなんてとんでもない。むしろ、貴重な素材なのにすまん。陛下にはロジェ殿とリリアント殿の活躍も報告するからな。きっと、すごい褒美がいただけるぞ」
「そうかなぁ。別にいらないよ、褒美なんて」
「いやいや、謙遜するな」
ベルナールさんとも握手を交わす。
協力の要請があったときはすぐ向かうことを伝えると、彼らも喜んでくれた。
挨拶も終わり、お別れの時間が来る。
「ロジェさん! リリアントさん! 本当にありがとうございました! お二人のことは一生忘れません!」
「まだ会いに来てぐれな! とっておぎの肉料理でおもでなすするだ!」
「二人にまた会えるのを、俺も楽しみに待っている!」
村人と医術師一同に手を振り、俺たちはワコノ村を後にした。
「今回も色々とあったが、やっぱり旅は楽しいな。毎日刺激がいっぱいだ」
「はい。また一緒にお風呂に入りましょうね、ロジェ師匠」
「だから、その話はやめなさいって!」
次なる目的地に向け、俺たちは今日も歩く。
◆◆◆(三人称視点)
「では、我々も王都へ向かうぞ!」
「「はっ!」」
ベルナールの一言で、医術師団はエンシェン・ウルフを乗せた台車を引っ張っていく。
台車はワコノ村に提供してもらった。
死体は防腐処置を施したのですぐ腐ることはないが、急いだ方が良いのは明白だ。
――絶滅したはずの危険な古代魔獣の復活……。
これは直ちに王宮へ伝えるべき案件である。
ベルナールは一段と気を引き締めて王都への道を行く。
数十分も進むと川に着いた。
元々水量が多いものの、強靭な橋がかかっており渡るのは容易だ。
「団長、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ、コンスタンス」
橋を進もうとしたら、一人の女がベルナールを呼び止めた。
彼女の名はコンスタンス。
最近入団した新米だが、回復以外の魔法にも精通している優秀な医術師だった。
「この橋は狭いので、もし魔物に襲われたら大変です。そこで、先頭は団長、後方は私が見張るのはいかがでしょうか」
「たしかにな……。古代魔獣の死体なんて、魔物にとっても珍しい餌だろう。コンスタンスの言う通り、隊列を修正する」
ベルナールの指示により、医術師たちは配置を変える。
これで前からも後ろからも、襲撃に備えることができた。
半分ほど進んだところで、それは起きた。
「「……ぐわぁ! な、なんだ!?」」
突如として川から水の手が出現し、ベルナールたちを捕らえたのだ。
予期せぬ事態に、医術師の面々は混乱する。
魔物の襲来か? それとも盗賊団か?
いや、違う。
彼女が……コンスタンスが魔法を使っていた。
すぐにベルナールは怒号を上げる。
「コ、コンスタンス! 何をやっている! 今すぐ離せ!」
「ごめんなさい、皆さん。この件が王宮に伝わると少し面倒でして……」
「な、なんだと? いったいどういう意味…うわぁああ!」
コンスタンスは冷たい笑みを浮かべると、ベルナールたちを次々と川に放り込んだ。
医術師の一行は川に流され沈んでいく……。
ベルナールたちの最期を見送ると、彼女は何の表情もなくエンシェン・ウルフの死体に近寄る。
「<スぺース・ストレージ>」
コンスタンスが手をかざすと、空間に巨大な穴が空いた。
瞬く間に、エンシェン・ウルフの死体は吸い込まれる。
彼女もまた、無詠唱魔法の使い手だった。
「ロジェにリリアント……念のため、本部に報告しておくか」
風に吹かれ、彼女の髪が靡く。
首筋には双頭の竜の紋章が刻まれていた。
――“始原の転生者”。
かつてこの世に二人いたとされる異界からの訪問者。
そのうちの一人が生み出した古代魔獣を再び復活させ、世界を手中に収めんとする組織。
彼女はその一員だった。
コンスタンスはロジェたちの存在を知らせるため、人知れず姿を消す。