第16話:森の中には
「さて、リリアント。用心して進もう。一般的な魔物とは違うはずだ」
「はい。村を去った後もあれだけの瘴気を残すなんて、本体の瘴気もかなり強力と思われますからね」
俺たちはすぐ“レードウの森”に到着した。
黒くひび割れた木々までもが、不気味な怪物のような印象だ。
村の実情を知った後は、まるで違った光景に見えた。
ワコノ村に入ったときと同じように、古代魔法の膜で身体を覆う。
森の中も瘴気が充満しているかもしれないからな。
足を踏み出し、慎重に歩を進める。
奥に進むにつれて木々の状態は悪くなり、空気が濁ってきた。
「ふむ……奥に行くほど瘴気が濃くなっていくようだな」
「ロジェ師匠、見てください。動物の死骸が……」
リリアントが指差した先には、何匹もの動物が倒れていた。
小鳥や狐の他、猪などの大型な動物まで様々だ。
無残にも、全て身体がひび割れている。
瘴気にやられてしまったのだろう。
「こいつはひどいな。一度森全体の様子を調べてみよう……<オール・サーチ>」
探知魔法の波動を放つ。
波打つように広がるとともに、“レードウの森”の様子が目に浮かんだ。
瘴気は森全体を汚染し、スライムやゴブリンなど魔物たちも全滅だ。
「ど、どうでしょうか、ロジェ師匠」
「思ったより被害は深刻だ。完全に死の森と化している」
動物や魔物の死骸は、森の中心に行くほど多くなる。
きっと、逃げる間もなく瘴気に殺されたんだろう。
森の中央は開けた広場のようになっており、ワコノ村よりさらに濃い瘴気がどんよりと滞留している。
そしてその中に、そいつはいた。
黒いもやに身を包んだ巨大な狼のような魔物が……。
「狼魔物は森の中心部にいた。かなり濃い瘴気を纏ってな。この先を進めば遭遇するだろう」
「なるほど……。こんなすぐ把握できるなんてさすがです、ロジェ師匠」
「気をつけて進もう」
周囲を警戒しながら歩くこと約五分。
少しずつ木々が減ってきた。
瘴気により朽ち果てた影響もあるだろうが、元々少ないのだろう。
骨や肉が砕けるような音が聞こえる。
木々の後ろに隠れて様子を伺う。
「ロジェ師匠……」
「ああ……とうとう奴さんのお目見えだ」
瘴気の中で巨大な四本足の怪物が蠢く。
ここからでも上下に動く頭が見えた。
周囲には動物や魔物の死体が散らばっている。
村人でなく、本当にホッとした。
気づかれないよう、リリアントと小声で段取りを相談する。
「二人で一斉に攻撃して倒そう。俺は右から、リリアントは左からだ」
「わかりました」
互いに魔力を練った瞬間、不意に風が吹いた。
まずい、匂いで存在が気取られる……その前に倒さなければ!
リリアントも意図を理解したようで、即座に魔法を放った。
「<エンシェンティア・レーザー>!」
「<ハイエスト・ライトニングランス>!」
青白いレーザーと、激しい雷の槍が狼魔物を襲う。
だが、当たる寸前ひらりと躱されてしまった。
狼魔物は即座に向きを変え、俺たちと向き合う。
「クソッ! 気づかれたか」
「すぐ第二波を放ちます!」
『! グルァ!』
俺たちが魔法を発動させるよりさらに先に、狼魔物は身に纏う瘴気を飛ばしてきた。
無数の矢のように、凄まじい勢いで襲い掛かる。
身体を覆う膜など簡単に突き破ってしまうだろう。
「リリアント、俺の後ろに隠れろ! <エンシェンティア・プラズマシールド>!」
瘴気の矢が当たる前に、古代の防御魔法で迎え撃つ。
普通の雷属性より一段と強力な稲妻のシールドだ。
放たれた瘴気の矢は、シールドに当たると貫くことなく弾け飛んでしまった。
狼魔物はきつく俺たちを睨む。
オーラのような瘴気が減ったので、その姿が見えた。
漆黒の体毛に力強い四肢、不気味に光る四つの緑目、そして全身に刻まれた紫の斑点模様……。
明らかに一般的な魔物とは違う様相だ。
狼魔物の全容が明らかになった瞬間、リリアントが叫んだ。
「ロジェ師匠、この魔物は……古代魔獣――エンシェン・ウルフです!」
リリアントが叫んだことに強い衝撃を受ける。
古代魔獣とは、古代の地上を支配した魔獣たちだ。
かつては驚異的な戦闘力であらゆる生き物を蹂躙したらしいが、もう絶滅して久しい。
今ではおとぎ話のような、単なる伝説上の魔獣だ。
「何百年も前に絶滅したはずじゃないか?」
「そのはずですが間違いありません。“禁忌書物”に指定された古代魔獣の本を帝国で盗み読んだことがありますが、描かれていた絵そのものです」
カイザラード帝国の禁忌書物。
宮廷魔導師の中でも限られた人物しか見られない、大変貴重な本と聞く。
伝承と言えど、確実性は高い情報だろう。
というより、盗み読むってリリアントは結構やんちゃなところがあるんだな。
『ガラァ!』
「ロジェ師匠! また瘴気が集まっています!」
エンシェン・ウルフが咆哮を上げると、全身から瘴気が噴き出した。
瞬く間に、身体を鎧のように覆う。
「私が仕留めます! <ハイエスト・フレイム・ピラー>!」
リリアントの放った巨大な火球が、エンシェンティア・ウルフに直撃する。
Sランクの極めて強力な火魔法だ。
火球は爆発すると、火柱となってエンシェン・ウルフを拘束した。
全身を骨の髄まで焼き尽くす威力がある。
『グゥ……! アアアア!』
しかし、エンシェン・ウルフは瘴気で火柱をかき消してしまった。
身体の大部分は焼け焦げているものの、すでにじわじわと再生を始めている。
効いていないわけではないが、致命傷を与えるほどでもない……といった具合か。
「この魔法を振り払うとは……想像以上の難敵です」
「古代魔獣は非常に再生力が強いという話だ。殺傷能力の高い魔法を使って、一撃で沈める必要がありそうだ。……ここは俺がやる。リリアントはあいつの動きを止めてくれ」
「わかりました! <スチールロープ>!」
地面から出現した鋼鉄の縄がエンシェン・ウルフを縛り付ける。
土中に含まれる鉄分を一瞬で凝縮させたのだ。
エンシェン・ウルフはもの凄い力で引きちぎるが、一秒でも確保できれば十分だった。
「<エンシェンティア・ハウザー>!」
大砲の弾のような物体が猛スピードで飛んでいく。
敵の頭部に当たった瞬間、地響きともに断末魔の叫びが上がった。
『ギィィャアァァ!』
“レードウの森”全体に響くほどの叫び声の後、エンシェン・ウルフは沈黙した。
頭は激しく損傷しているが、全体的な形を保っている。
それほど瘴気の鎧は強靭だったのだろう。
主が倒されたからか、瘴気もまた何もしなくとも消えていく。
「やっぱり、ロジェ師匠の古代魔法は次元が違いますね」
「まぁ、どうにか倒せて良かったよ……」
さすがに古代魔法の連発は疲れるな。
どっと疲れが出た気がする。
何だかんだ、もう40だし。
「では、私はベルナールさんたちを呼んできます。ワコノ村の住民にも知らせてきましょう」
「ああ頼むよ、リリアント。俺はここでこいつを見張っている」
ワコノ村へ走るリリアントを見送る。
地面にはエンシェン・ウルフの死体。
どうして古代魔獣なんかが……。
俺はしばらく考え込んでいた。
□□□
「ロジェ殿は回復魔法だけじゃなくて、攻撃魔法も強いんだな! あの瘴気を浄化するだけでもすごいのによ!」
「ロジェ師匠に使えない魔法はありませんよ」
エンシェン・ウルフを討伐し森の瘴気を浄化した後、俺たちはワコノ村の人々やベルナールさん一同と合流した。
みな、瘴気の原因がまさか古代魔獣だとは思わなかったようだ。
怖がりつつも、遠目から興味深そうにエンシェン・ウルフを眺めていた。
「こんな魔物見たことねえや。俺が戦っていたら一瞬で食われちまっただろう」
「ロジェさんとリリアントさんがいてくれて本当に良かったわ」
「まったくだ。ロジェさんは救世主二人分みたいだな」
感嘆とした村人の集団から、クルト君が駆け寄ってくる。
「僕もロジェさんやリリアントさんのように、強い魔法使いを目指します!」
「ははは、この先が楽しみだな」
「ロジェ師匠みたいになるには、毎日厳しい練習が必要ですよ?」
「精進して頑張ります!」
クルト君は元気よく宣言してくれた。
きっと、彼は立派な魔法使いになるだろう。
「さあ、勝利の宴開ぐがな。ロジェ、食いで物はあるが? なもかも用意すてけるぞ」
「ロジェさんはお肉好ぎだったよね。とっておぎの猪肉用意すてあるど」
「痛いって、二人とも」
俺とリリアントは村人たちに手を引かれていく。
無事、危険な魔物を討伐することができた。
だが……。
――どうしてこんなところに、絶滅したはずの古代魔獣がいるのか……。
歩きながら模索するも、不可解な謎は消えなかった。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
【読者の皆様へ、青空あかなからのお願いでございます】
少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします!
評価は下にある【☆☆☆☆☆】をタップするだけでできます。
★は最大で5つまで、10ポイントまで応援いただけます!
ブックマークもポチッと押せば超簡単にできます。
どうぞ応援よろしくお願いします!