第13話:蔓延る瘴気
「どうしたんだ! ワコノ村に何があった!?」
村の入り口付近まで駆け寄ると、すぐに医術師の面々が立ちはだかった。
俺たちが進めないよう、手を広げて進路を塞ぐ。
リーダーと思わしき30代くらいの男性が厳しい声で言った。
「あんたらは誰だ!? 危ないからこれ以上進んじゃダメだ!」
「俺はロジェ。え、え~っと、元賢者だ! ワコノ村には以前来たことがある。村人たちは無事なのか?」
「……賢者? おっさんが?」
一瞬で男性は訝し気な表情になる。
や、やはり説得力がないのか。
冷や冷やしていたら、リリアントが静かに告げた。
「私はリリアント、カイザラード帝国の元宮廷魔導師です。こちらの男性は私の師匠です」
「カイザラード帝国の? これは失礼した。私はドルガ王国医術師団の団長、ベルナールだ」
ベルナールさんの表情は和らぎ、俺たちと握手も交わしてくれた。
まったく、リリアントの経歴は説得力がバリバリあるぜ。
もっとも、まだ俺が師匠だとは信じられないようだが。
「ベルナールさん、状況を教えてもらえませんか?」
「ああ、あんたらなら教えてもよさそうだな。突如として、謎の瘴気が村を襲ったんだ。村人全員、瘴気にやられちまっている」
たった一言で周囲の緊張感が増した。
この黒いもや全部が瘴気というわけか。
今はまだ村の中に留まっているが、外に出たら被害は計り知れないだろう。
「これほどまでに大規模なものはなかなか見ないな……」
「ああ、瘴気の症状も初めて見る。身体にヒビが入るんだ。動くたび身体が崩れそうになる」
「「身体にヒビ……?」」
その言葉に、俺たちは揃って疑問の声を出した。
普通瘴気と言ったら、倦怠感や疲労感が主な症状のはずだ。
「瘴気自体も異常なようだな」
「そのような瘴気は、カイザラード帝国でも報告されてませんよ」
「ああ、俺たちも医術師の経験は長いがこんなのは見たことがない。明らかに新種の瘴気だ」
ベルナールさんは厳しい表情で村を睨む。
俺たちが話している間にも、医術師は治療の準備をしていた。
「こうしちゃいられん。今すぐ村人を助けないと」
「私たちも力をお貸しします。なんでも仰ってください」
「いいや……」
彼の険しい視線を追うと、ようやく気づいた。
医術師たちが行っているのは治療の準備ではない。
まさか……。
「これ以上瘴気を広げないため、ワコノ村は完全閉鎖することが決まった。今、結界の準備を進めている」
淡々と告げられた。
「か、完全閉鎖!? それじゃあ村人はどうなる!?」
「放っておくのですか!?」
「申し訳ないが見殺しになる。できれば、俺たちもそんなことはしたくない。だが、これは……“王宮決定”の事案なんだ」
ベルナールさんは悔しそうに下を向いている。
“王宮決定”……それは、国王もしくは王太子の承認を得た決定事項という意味だ。
国の存亡にも関わる緊急事態の案件……。
隣に立つリリアントを見る。
瞳を見ただけでわかったが、彼女も俺と同じ考えのようだった。
「隔離は少し待ってくれ。俺たちが瘴気をどうにかする」
「ロジェ師匠なら絶対に村を救ってくれます」
そういうと、ベルナールさんや他の医術師たちにすぐさま止められた。
「な、何を言っているんだ! さっきも言ったが、新種の瘴気なんだ! どんな魔法陣でも防げない! やられちまうぞ!」
「だからといって放っておくことはできないよ。このままじゃ皆死んじまう。頼む……俺たちにも手伝わせてくれ」
「ロジェ師匠は賢者と言われたほどの腕をお持ちです。お願いです。どうか、私たちを村に入れてください」
懸命に頼み込む。
ベルナールさんはしばし悩んでいたものの、最後には入村を許可してくれた。
「……わかったよ。ただし、村に入っていいのは十分だけだ。我々の調査から、十分までは瘴気の影響を受けないことが判明した。ただし、それ以上は許可できないからな」
「ありがとう、ベルナールさん」
「恩に着ます」
俺たちは村の入り口へと足を進める。
絶対に村人たちを救わなければ。
俺は魔法使いだ。
人の役に立たなくてどうする。
「<エンシェンティア・プロテクト>」
俺とリリアントの身体を白い膜が覆う。
どんな呪いや病も防ぐ古代魔法だ。
得体の知れない瘴気だから、少しも油断できない。
「呪文も詠唱せずに魔法を使うなんて……ロジェ殿、あんたはいったい……?」
「後で話すよ。まずは村人たちを治癒してくる」
俺たちは歩を進め、村へと足を踏み入れた。
入った瞬間、濃い霧のような瘴気で視界が著しく覆われる。
古代魔法で周囲とは隔てられているはずだが、それでも空気の重さを感じるようだ。
黒い瘴気が介在しているものの、傍らのリリアントからは表情の硬さも伝わった。
「想像以上に濃い瘴気ですね。生身では呼吸すらもままならないでしょう」
「村人を探すだけで一苦労だな。注意深く探さないと……」
数十歩歩くと、足元に何かが当たった。
しゃがんで確認すると、人間の脚だ。
誰かが倒れている。
「おい、大丈夫か!? 助けに来たぞ!」
「しっかりしてください!」
「……うっ……」
必死に声をかけていると、村人は目を覚ました。
年の頃は七歳くらいの少年だ。
ぼんやりと俺たちを見ている。
ベルナールさんが言っていた通り、顔や腕にはすでに何本ものひびが入っていた。
ろくに触れることすらできないのが心苦しい。
「お、おじさんとお姉ちゃんは……誰……?」
「俺はロジェ。隣にいるのはリリアント。俺たちは魔法使いだ。君の状態を見させてくれ」
「う……ん……」
少年は力なく横たわる。
血の気が引いて顔は真っ青。
一刻を争う事態だ。
「まずは君の身体を調べるからな。<エンシェンティア・スキャン>」
杖から赤い光線が放たれ、少年の身体をつま先から頭の先まで順に辿る。
「ロジェ師匠、これは何の魔法ですか……?」
「人間の身体を隅々まで調べる光線だ。すぐに結果がわかるぞ」
赤い光線が消えると、音声とともに空中に文字が現れた。
〔分解作用のあるナノマシンにより、人体の細胞が損害を受けています〕
分析結果を聞き、心臓がドキリと冷たく脈打つ。
あまり聞きなれない単語が出てきたが、俺はその意味を知っている。
「ロジェ師匠、これはいったい何でしょうか? というより、ナノマシンとか細胞って……?」
「今使ったのは古代魔法の一つだ。この子の身体を隈なく調べた。細胞とは簡単に言うと、人体を構成する粒子だ。俺たちの身体は小さな粒が繋がってできているんだよ」
「初めて聞きました……」
リリアントも知らないのは無理もない。
俺だって古代魔法を扱うようになって、ようやく存在に気づいたのだから。
「そしてナノマシンというのは、古代に開発された小さな生物だ。本来なら人の身体を治す……まぁ、物凄く小さい医術師みたいなもんだな。きっと、この瘴気には医術師の代わりに有害な虫が入っているんだ」
「魔法でそんなことができるのですか?」
「俺が知る限り、古代魔法以外では不可能だ」
世の中には無数に近い魔法があるが、どれもナノマシンなんて生み出すことはできない。
リリアントは固唾を飲んで言葉を続ける。
「つまり、この瘴気は……」
「おそらく、古代魔法で作られたんだろうな」
「そんな……」
驚きの事実が明らかとなったが、まだ確認すべきことはある。
「<エンシェンティア・ミクロスコープ>……見てみろ、リリアント」
「ち、小さな生物が粒を壊しています!」
拡大魔法を使用し、少年の身体を見せた。
虫のような小型の生き物が細胞を齧っている。
細胞同士の繋がりが壊され、次々と分裂していた。
だから、村人たちの身体はひび割れたのだ。
状況はかなりまずいが、原因がわかれば対処もできる。
杖を掲げ、古代魔法を唱える。
「<エンシェンティア・ナノ・アブソーブ>!」
全てのナノマシンを吸引する魔法だ。
発動した瞬間、村中の瘴気がどんどん杖に吸い込まれていく。
もちろん、少年の身体からも。
瘴気はものの数十秒で全て吸収された。
もやが消え、村全体の様子が見渡せる。
「「う……ぐっ……」」
村人たちのほとんどが地面に倒れていたが、みな呼吸が確認できた。
生きているようでホッとする。
入り口の近くにいたので、ベルナールさんたちの驚きの声も聞こえた。
「しょ、瘴気が……一瞬で消えちまった……こんなことありえないだろ……」
「ベルナールさん、瘴気は全て消滅しました! もう入って大丈夫です!」
「村人の手当てをお願いします!」
医術師たちはハッとすると、急いで村人の治療を開始した。
だが、傷が深いためか治療に難儀しているようだ。
それならば……。
「<エンシェンティア・ヒーリング・ナノマシン>!」
杖から光の粉を放った。
体を修復させるナノマシンを散布するのだ。
瘴気とは真逆の存在。
光の粒子は傷に触れると、瞬く間に修復する。
少年や倒れている村人は、ふらつくように立ちはだかった。
真っ先に少年が俺にしがみつく。
「ありがとう! 命を救ってくれてありがとう!」
「あなたが瘴気を追い払ってくれたのですか!?」
「命の恩人だ! ありがとう! 奇跡だよ、これは!」
次々と村人たちも集まってくる。
みな血色がよく、傷もすでにほとんど塞がっていた。
ナノマシンが効いてくれたのだろう。
ベルナールさんもまた、興奮した様子で俺の手を握った。
「あんた、本当に賢者だったんだな! すげえ! すげえよ、あんた! 国一番の医術師だ!」
一時はどうなることかと思ったが、無事尊い命を救うことができて良かった。
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