JKとヴァンパイア
「……はは」
雪みたいな白い肌。
流れるような銀色の髪。
血みたいに真っ赤に染まった眼。
物語のドラゴンみたいな瞳孔。
私を路地裏の隅に追いつめた真っ黒なマントが夜風に揺れる。
「こ、これだから部活終わりは嫌なのよ」
見た瞬間に私は理解した。
ソレは、私みたいな一般人が関わっちゃいけないタイプの奴だって。
「……ハァ」
「ひっ……」
彼が口を開ける。
知らなかった。人にも、そんなすごい牙って生えるんだね。
人? 人ってなに?
分からない、けど、これだけは分かる。
彼は捕食者で、私はその食べられる方なんだって。
「……すんすん」
「ひゃっ!」
なんか匂い嗅いでくるんですけどぉ~!
やめて! 部活後で汗かいてんだからやめて!
「……ふっ。生娘か。やはり匂いが違うな」
……き? なんすか? 匂いが違うって、汗くさいからとかじゃないよね?
てか、あなた、超絶美形なのに声までイケボなのね。
「娘よ。私はいま猛烈に渇いている。飢えているのだ」
お、おおう。左様でございますか。それはそれは大変でございましたね。そこの角を右に曲がると美味しい牛丼屋さんがありますよ。
「さあ。貴様の血をよこせ!」
まあ、そうですよねー! うん、知ってた!
「ひ、ひぃっ!」
こっちに手を伸ばす銀髪イケメン吸血鬼が怖くて、私は思わず目をぎゅっと閉じた。
私はここで死ぬんだ! 血を一滴残らず吸い尽くされて、カピカピのミイラみたいになって死んじゃうんだ! え? やだなそれ。なんかキモいじゃん。SNSに上げられてデジタルタトゥー街道まっしぐらじゃん。え、やば。そんなん友達に見られたくないんだけど。絶対、『サクラ、めっちゃミイラwww』とか書くじゃん。草生やしてんじゃーよ。あ、私の名前は桜っていいます。もうすぐ死んじゃうけどよろしくね。
「……?」
なんか、来なくない?
めっちゃ腕でガードして身構えてたのに、どしたん? お腹痛くなったん? トイレならそこの角を右に曲がったとこの美味しい牛丼屋さんが貸してくれるよ?
「……ん?」
いい加減待ってらんなくて薄く目を開けると、銀髪イケメン吸血鬼は私の手を掴もうとした手を出したり引っ込めたりしてた。
え? この人なにしとん?
「……どしたの?」
「い、いや! なんでも、なんでもないぞ。さ、さあ! 貴様の血を! 今こそ!」
「……なんそれ?」
銀髪イケメン吸血鬼がさっと出したのは一個のワイングラス。
そんなんどっから出した?
「……え? いや、だから、ここに、貴様の血を少々。ぎゅっと」
「……え?」
「……え?」
えーと、私のファンタジー知識が足らないのがいけないのかな?
いまの吸血鬼モノのファンタジーはこういう血の飲み方が主流なんですかね? たしかに放送するのにいろんな描写が規制に引っ掛かって大変らしいけど、え? いまこの状況でそれを持ってきます?
「あ、っとさ。あなたって吸血鬼、ってやつなんだよね?」
吸血鬼、とか、自分で言っててちょっとハズいけど。
「そうだ! 私こそが暗黒世界の覇王! クロード・カースド・ブラッドレイだ!」
名前ながっ。
これで本当に吸血鬼じゃなかったら相当ヤバいにいちゃんだね。
まあ、えと、クロード様ね。おけ。
「え、と。クロード、さん? は、人の血を吸うときはいつもそうやって飲んでたのかな?
ほら、吸血鬼っていうと、もっとこう、首筋にガブッて噛みついて血を一滴残らず吸い尽くす! みたいなイメージじゃん?」
「ん? そんなことをしたら貴様が死んでしまうではないか」
「……お、おおん。そ、そりゃ、そうなんすけどね」
いや、正論なんだけど、私的にもその方がめっちゃ助かるんですけどね。え? やっぱり私がおかしいの?
「……そ、それに」
「ん?」
銀髪イケメン吸血鬼は急に真っ白な顔を桜色に染め上げた。
「お、女の子の首筋に、そ、そんな、ハ、ハレンチな真似は、で、出来ん、だろ……」
あら?
この超絶イケメンさんはもしかして?
「……えい」
「うひゃい!」
ほほう。
私が銀髪イケメン吸血鬼さんの手に触れようとすると、なんか体を大きく仰け反らせて跳びはねた。
うん、猫かな?
「い、いきなり何をする! 気安く異性の体に触れるなど、は、恥を知れ!」
おいおい。にいさん真っ赤ですぜ。
お目めもお顔も真っ赤ですぜ。
……いや、なんか、うん。背も高くてイケメンイケボで、でも怖い怖い吸血鬼のはずなのに女の子に対してめっちゃ奥手とか。うん、萌えるわ。なんか、かわいいわ。
「……えい。首筋アターック」
「どわっひゃい!!」
……なんて?
私が首筋を見せながら飛び込むと、銀髪イケメン吸血鬼はものすごいジャンプでそれを避けた。うん、猫かな?
「あ、あ、あ、危ないだろう!」
着地早々怒られた。
超絶イケメンなのに真っ赤な顔でめっちゃ動揺してるのがかわええ。
「いや、血を飲みたいって言うから飲みやすいようにと思って~」
もうこうなりゃ賭けよ。
この超絶イケメン吸血鬼さんがホントにウブで奥手なことに賭けて、押して押して逃げてもらう。これしかないわ!
「ほれほれ~。JKの首筋だぞ~。生娘だぞ~」
生娘の意味が分かんないけど、きっとこのクロード様? を誘惑するのにいい言葉なんでしょ。
「や、やめろ! き、貴様。恥じらいというものがないのか!」
いや、そこまで言わんでも。さすがにちょっと傷付くわ。
「……んー、てかさ、クロードさんって吸血鬼やって長いの?」
なんか、だんだんこの人に興味出てきた。
「む? そうだな。だいたい五百年はやっているか」
「……マジか」
予想以上におじいちゃんだった。
ま、イケメンだからいっか。
ただしイケメンに限る、のイケメンの方の部類の人だし。
「……てか、そんな長生きしてるんなら今まではどうやって血を飲んでたの? やっぱりそうやってグラスに血を出してもらってたの?」
そんな親切な人いる?
「……うむ。ついこの前までは、屋敷の者が毎回グラスいっぱいの血を捧げてくれた。私は燃費がいいからな。グラス一杯分の血があれば一月は飢えが来ない」
「……屋敷の人」
燃費云々の話はちょっと一般的な吸血鬼のご飯事情を知らないから何とも言えないけど。その屋敷の人がクロード様に血を捧げてたってことか。眷族とか、召し使い的な感じかな?
「……ん? そんじゃー、そのお屋敷の人たちはどうしちゃったの?」
こんな現代日本の都会の路地裏の隅っこに主人を置いて。
おかげで部活終わりの快活可憐なJKが追いつめられてるんだけど。
「……死んだ」
「……え?」
「……ヴァンパイアハンターに居場所を知られてな。私以外は半吸血鬼と人間しか屋敷にいなかったが、ヴァンパイアハンター協会の取り決めでは吸血鬼への血の供与は死罪。俺のことは皆が何とか逃がしてくれたが、代わりに皆はヴァンパイアハンターの奴らに一人残らず殺されたんだ」
「……な、なるほど」
なんか急に真面目な、しかも不穏な話になっちゃったからテンション困る。
「……」
「……」
シュンとしてるクロード様、萌え……とか思ってる自分を殴りたい。
今はそんな空気じゃないから。
「……そうして、流れに流れてこのような小さな島国にまで逃れてきたのだが……む?」
「へ?」
「くそっ!!」
「わ? ひゃいっ!!」
クロード様は何かに気付いたと思ったら突然、私を小脇に抱えてジャンプした。
「ひぃ~! と、飛んでるぅ~!!」
本人的にはジャンプしただけなのかもだけど、いたいけなJKからしたらこれは完全に飛んでるよ! だってビルよりも高くジャンプしてるんもん。もう路地裏じゃなくなってるもん!
あ、良い景色……なんて場合じゃない!
「……く。低い」
どうやらこれでもクロード様はご満足のいく高さではないようです。勘弁して。
「!」
その時、視界の端で何かがキラリと光った。
「くっ!」
「きゃあっ!!」
その光がこっちに飛んできたような気がしたけど、クロード様が私を隠すように背を向けてくれたからよく分かんなかった。でも、ドンドン! って小さな衝撃がクロード様越しに私にも伝わってきた。
「え? なに今の! クロードさん、大丈夫!?」
クロード様の背中を覗き込むとシュウシュウと煙が上がってた。二ヶ所、マントが焼け焦げて穴が空いてる。
「……ああ。問題ない。ただの牽制だ。一度、降りるぞ」
クロード様は少しだけ苦しそうな顔をしたけど、私を心配させまいとしたのか、すぐにすんとした表情に戻った。
そして、クロード様はすーっとゆっくり地面に降りていった。なんか重力とか無視してるけど吸血鬼のパゥワー的なあれかな。
「……着いたぞ。降りろ」
「あ、はい」
地面に着くと、クロード様は優しく私を下ろしてくれた。そういや、私さりげにイケメンにお姫様だっこされとるやん。ゲブフォ(心の中で吐血した音)。
「……くそ」
クロード様は自分の手のひらを見つめると、眉間にシワを寄せた。どんな顔してもイケメンはイケメンか。ズルいな。
「どーしたの?」
私が尋ねるとクロード様はチラリとこっちを見た。銀髪イケメンの流し目最高フォー! あ、すんません。
「力が足りない。月に一度の吸血の日。その直前を狙われた。血を飲まなければ力が思うように出せない」
そーなんだ。ご飯が月一って少なくなくない?
「危険があるなら、もっと頻繁に血を飲んどきゃ良かったじゃん」
そしたら、そのハンター的な人も撃退できたんじゃ。
「……そうしたら、皆の負担が増えるだろう。人間は血を失いすぎると、いとも簡単に死ぬのだから……」
……屋敷の皆のために自分にとってギリギリの月一で我慢してたってこと? え、やだ。心までイケメンじゃん。これは惚れる。
「……結局また、こうして私だけが生き残るのだ」
ううーむ。憂いを帯びた銀髪イケメンは猛毒注意だね。私の心に容赦なくポイズンよ。
「だーったら、おまえがさっさと死ねばいーんだよ!」
「!」
「きゃっ!」
突然、路地の向こうから男の人の声とさっきの光。クロード様はまた私を庇いながら背中でそれを受けた。
「……く」
「だ、大丈夫?」
めっちゃ痛そう。
「……ああ。問題、ない」
「……」
無理してちょっとだけ口角を上げてみたのかもだけど、無理してるのバレバレだよ。ホントはイケメンの笑顔に萌え萌えキュンな場面だけど、痛いの我慢した無理やりな笑顔なんて、嬉しくないよ。
「んー? 人間か? まーた新しい眷族かよ」
姿を現したのは教会の司祭さんみたいな十字架をあしらった法衣を着た男の人。でも、服以外はどう見てもただの輩。日本人だね。金髪に染めてツンツンにした髪。耳にはピアスいっぱい。指輪に腕輪にチェーン。
日常生活で遭遇したくないタイプだ。目も合わせずに進行方向変えたくなるヤツ。しゃべり方もガラ悪いし。
「……彼女は関係ない。私が勝手に血をいただこうとしていただけだ」
クロード様は私をマントの後ろに隠しながら輩法衣の男に立ちふさがった。まあ、実際その通りなんだけど。
「それはこっちで判断すんだよ。んー、めんどくせえから、とりあえず2人とも死罪だ」
「くっ!」
「え、ちょっ!」
輩法衣男は舌を出しながら右手をこっちに向けた。舌にもピアスやん。いや、てか、右手にあんの拳銃ですよ?
マジか。ここ現代日本なんだけど。なにその銀色のカッコいい銃は。お兄ちゃんが好きそう。
「死ね」
え? 撃ってきたよ。え、待って。どうすればいいのか分からん。てか、体動かない。
「くっ!」
「わっ!」
私がぼーっとしてると、クロード様はまた私を抱えてビルの間を跳んだ。
「……遅えな。そんなんじゃ無駄だ」
「ねえ! ついてきてるよ!」
輩法衣男が撃ったのはさっきの光だった。その光は避けたはずなのに方向を変えて私たちを追いかけてきた。
「……く、そっ!」
だんだん光に追い付かれてきて、そろそろぶつかるって時にクロード様は手のひらを光にかざした。そしたら手から黒い光みたいのが飛んで、ふたつはぶつかり合って消えた。
「……く」
そのあと、クロード様は苦しそうに顔を歪めると地面に降りて、そのまま膝をついてしまった。
「ク、クロードさん!? 大丈夫!?」
「……だ、大丈夫、だ」
はぁはぁと呼吸を乱して、脂汗をかいてる。ぜんぜん大丈夫なわけない。
「くくく。やっぱり渇きの時を狙ったのは正解だったなぁ。闇の世界の覇王が、惨めなもんだ」
「やばっ!」
いつの間にかさっきの男がすぐそこまで来ていた。銃口をこっちに向けてる。
「ク、クロードさん! 立って! 逃げなきゃ!」
私は精一杯クロード様の腕を引っ張るけど、その体は鉛みたいに重くてビクともしなかった。
「……いい。貴様だけでも、逃げろ。その間の、時間ぐらいなら、稼ぐ」
「ちょっ!」
クロード様は動かせないぐらい重い体を引きずるように起こすと、私と男の間に立ちふさがった。
もう、立ってるのもやっとのはずなのに。
「はっ! そんなんだから屋敷の連中を殺されんだよ。闇の世界の覇王を名乗るには、てめえは心が弱すぎだ!」
男が嘲るようにクロード様をバカにする。
「……貴様の、言う通り、だな。自ら名乗ったわけではないが、私が背負うには、重すぎた二つ名だ」
足を震わせながら懸命に立って私を守ろうとするクロード様。そんな人の優しさを嘲け笑う男。
吸血鬼は人の血を吸う化け物。
そんなの、どの物語だってそうだ。
いつだって人に仇なす化け物は正義の味方に倒されるんだ。
「……でも」
化け物はどっちだ。
屋敷の人を殺して、人を守ろうとする吸血鬼をバカだと笑い、懸命に立つ姿に銃口を向ける。
優しさは、化け物は、正義は。
私にとってそれは、生物としての種類なんかで決まるもんじゃない。
「……ねえ、クロード様」
「……ま、だ、逃げてなかった、のか。早、く……」
クロード様はもう限界だ。
「血を飲めればあんなヤツ、簡単にやっつけられるでしょ?」
「……急に、なんだ? まあ、その、通りでは、あるが……」
「……JK二の腕アターック!」
「むがっ!?」
「なっ!!」
私は制服の袖をまくって、クロード様の口に二の腕をぶっ込んだ。腕にかすかに牙が刺さる感触がした。
「む!? むぐぐっ!!」
クロード様は懸命に私の腕を離そうとするけど、意地でも離させない。てか、私みたいなひ弱なJKの力にも抗えないぐらいにクロード様は弱ってる。
「……ん」
少しして、私の中の血が吸われるような感覚が腕から伝わってくる。
「……くっ」
クロード様はまだ腕を離そうとしてるけど、体が勝手に血を吸ってるみたい。
「……はっ」
やば。ちょっと、気持ちいいかも。
めり込むほど牙が刺さってるはずなのに、ぜんぜん痛くはない。針がちょっとチクっと刺さったかな、ぐらい。
あとから聞いたら、どうやら吸血鬼の魔力的なのが牙と刺さったとこをコーティングしてくれてるから、血を吸われてる方は痛みをほとんど感じないんだって。普段魔力に触れていない人間は逆に快感でさえあるだろう、って。うん、そうですね。えっと、ノーコメントで。
「……バカめ! 自ら血を吸わせるなど! 女! 死罪だ! 問答無用で死罪だ!」
輩男は怒り狂った様子で銃を乱射してきた。
何発もの光が飛んできて、なんだかキラキラして綺麗だった。
あー、ダメだ。血が減ってクラクラして、頭がぼーっとする。……気持ちいいし。
「……問題ない」
「……へあ?」
いつの間にか私の腕から口を離してたクロード様が向かってくる光に手をかざす。
すると光は急にくるりと進路を変えて、撃った本人に向かって猛スピードで進んでいった。
「なっ!」
輩男はすごい驚いた顔をしたまま、その光をまともに受けた。
「きゃっ!」
光がぶつかった衝撃で砂ぼこりが舞う。
視界がふさがって思わず目を閉じる。
「今のうちに逃げるぞ」
「わっ!」
クロード様はそんな私の手を引いて駆け出した。私は転びそうになりながらも慌ててそれについていく。
「……はぁはぁ」
クロード様の広くて大きな背中を見つめる。
痛々しい焼け焦げた穴はいつの間にか消えていた。黒いマントに綺麗な銀髪が流れるようにかかる。
繋いだ手からも、私が問題なく走れるように最大限気を使ってくれてるのが分かる。
「……ここまで来ればいいだろう」
「はぁはぁ……」
そこそこ人通りがあるところまで走ると、クロード様は手を離した。少しだけそれが名残惜しい。
「……名は?」
「へ? 名、前? さ、桜。チェリーブロッサム?」
急に名前を聞かれて私はなぜか英語も含めて返した。クロード様ってばバリバリ日本語なのに。
「桜。本当にありがとう。君のおかげで、私は死なずに済んだ」
「あ、いえ」
そんなまっすぐ言われるとなんて返せばいいか困る。あんままっすぐ目ぇ見ないで。イケメンは目にポイズンだから。
「……さっきまでのことは忘れて、君は君の日常に戻ってくれ」
「……え?」
クロード様、なんて?
「はからずも血を吸ってしまった。これ以上、君は夜に関わってはいけない。私のことはどうか忘れて、平和な日常に戻ってくれ」
「あ、ちょっ!」
私が手を伸ばす暇もないまま、クロード様はマントを翻して消えてしまった。
「……なんなの、よ」
こうして、私の初恋? みたいな出来事は終わりを告げた。
「……ぐ」
路地裏。
自らが放った攻撃を反射されて返り討ちにされた男が傷付いた体を起こす。
「……聖なる光を反射できる吸血鬼だと? そんなの、報告にはなかったぞ」
そして男は、それを可能にしてみせた血を持つ少女に興味を向ける。
「……聖女、か。
闇の世界の覇王に染まった聖女?
……くく。くくく。はーはっはっはっはっ!!」
男は天を仰ぎ、大きく笑った。
「神よ! これは試練か!? 我々ヴァンパイアハンターに、貴方はどれだけの試練を課すと言うのか!」
男は今度は下を向きながらも、まだ笑いを殺せずにいた。
「……ふふふ。面白い。吸血鬼も、聖女も、皆まとめて俺が滅してやる」
男はギラリとした目で呟くと、ふっとその場から姿を消した。
「……ただいま~」
ようやくの帰宅。
なんだかすんごい疲れた。
高層マンションの25階。エレベーターに乗ってるだけなのに倒れそうなぐらい疲れた。
制服を脱ぎながらリビングへ向かう。
下着姿になると脱いだ制服をまとめて途中の洗面所にポイする。明日は学校休みだから別にいいでしょ。
「……やば。ねむ」
血を失ったからか、唐突な眠気に襲われる。
ホントはお風呂に入りたいけど、これはアカン。ソファーで寝ちゃうやつだ。
「……ただーいま」
リビングに入ると誰もいない暗い部屋が私を出迎える。見慣れた光景だ。
私はいつものように真っ暗なリビングの電気をつける。
「……遅かったな」
「あークロード様~。いたんだー……いたんだー!!??」
「……なんだ騒々しい。もう夜だぞ」
「いやいやいやいやいや、騒々しくもなるわ! なるわ! なるわいな!」
「……落ち着け」
うん! 落ち着け私! 少し落ち着け。まず落ち着いて。えーと、えーと。
「……とりあえず、服を着てくるといい」
「……へ?」
目を背けるクロード様に言われて自分の体を見ると、見事なまでに下着姿の自分がそこにはいたのでしたとさ。
「……ぐえぐぎゃぼえどぎゃーーーーっ!!」
「……なんて?」
「とりあえず死ねー!」
「こら! やめろ! モノを投げるな! 近所迷惑だぞ! 包丁はやめろ!」
吸血鬼が近所迷惑とか言うなし! くたばれこのー!!
「……えー、取り乱しました」
「……こちらこそ、下着姿を見てしまい申し訳なかった」
いや、もう言わないでください。
部屋着を着てようやく落ち着いた私はようやくクロード様とお話することに。ソファーに向かい合わせで座る。
なに飲むか分かんなかったから、とりあえずトマトジュース出しといた。私は麦茶。
あ、飲んどる。くぴくぴ飲んどる。かわいいかよ。
「じゃなくて! なんでクロード様がここにいるの!?」
「……君は急に騒ぐな」
ごめんなさいね!
私の頭の中ではちゃんと話が進んでんのよこれが! よく友達にも言われんのよ!
「……私は、はからずも君の血を吸ってしまった」
「……はあ」
まあ、それは私が無理やり吸わせたんだけどね。
「……吸って、あとになって気付いた。
君の血は特別だ」
「……ほえ?」
いや、私は一般ピーポーよ?
パパとママは、もう死んじゃったけど普通のサラリーマンと主婦よ?
「普通、あの程度の血の量であそこまで回復はしない。さらには、君の血を吸ったことで一時的に私にも神聖が宿った」
「……お、おおん?」
ちょっと、よく分かんなくなってきたよ?
「とにかく、君はこれからヴァンパイアハンターに狙われる可能性があるということだ」
え、それってさっきのヤヴァイ輩法衣男みたいな?
「それは困る!」
断じて困る!
「……ああ。君には本当に申し訳ないと思っている。だから、私が君のことを守る。私を助けてくれた君を今度は私が責任を持って守ろう」
「ぷぎゃぽらっ!」
「……なんて?」
あ、すいません。ただの発作です。プロポーズみたいやんって思っただけです。すいません。
「……い、いや、で、でも、急に、そんなこと言われてもー」
あかん。ちょっと顔がニヤけてる気がする。
「……ところで、この部屋には君一人か?」
「え? ……あ、はい。両親は事故で亡くなってまして。この部屋と遺産を遺してくれていたので、とりあえず高校は問題なく卒業できそうでー」
……大丈夫かな。笑顔、ひきつってないかな。さっきまでニヤけてたんだし、ちゃんと笑え、私。
「……そうか。ならば、私がここに住んでも問題はないな」
「どっぴげぷりゃ!?」
「……なんて?」
あ、すいませ……(以下略)。
「す、す、す、す、住むぅっ!?」
「そうだ。ヴァンパイアハンターから君を守るには君のそばにいる必要がある。それにはこの形が一番だ」
「うわあっ!」
クロード様が指をパチンと鳴らすと、ソファーの横におっきな棺桶が現れた。
「……え、これなに?」
「む? ベッドだが?」
え、やめて?
「不服なら、君のベッドでともに眠り、君を守ってもいいのだが……」
「棺桶でお願いします!」
そんなんされたら私の心臓が物理的に棺桶行きだわ!
「決まりだな。ではこれから、よろしく頼む」
「ま、マジだ~……」
こうして、普通の一般ピーポーJKなはずの私と、銀髪超絶イケメンな吸血鬼クロード様との同棲? 生活が始まったんだってさ。え? 本気?
「とりあえず風呂にでも入ってくるといい。なんなら背中でも流そうか?」
「え? 私の鼻血でも飲む気?」
「……なぜ鼻血が出るのか」
「……行ってくるから大人しく待ってて」
「御意」
……不安しかないんだけどぉ~。