表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/45

 全てが時の流れに満ち・・・・そして引いた後・・・・現実という浜辺に残ったのは無数の死体だった。猫科の死体が最も多いが、それに混ざり援軍に入った月の軍人、そして太陽と連合軍の者達の死体も多数散在した。

 歴史という貪欲な時の連鎖は、生命を貪り食い、その巨大で調子の悪い胃腸で消化しきれないゴミを死体という形で排泄しているのだろうか・・・・・。目を背け、鼻をつまみたくなるようなものばかり時は残してく・・・・・。

 でも、そんな目を背けたくなるようなことばかりの時の引き潮を感じながら、誰もが心に誓うことがある。それは、時の流れの中に渦巻くあらゆる混沌とした感情の水圧の中で失われたもののために・・・・せめて救いのある未来を・・・・穏やかなる海を夢見、そして求めていこうということ。

 まるで、歴史に排泄された死体が大地の肥やしになり、土を育て、いつか花が咲く日が来るのなら・・・・・咲き誇った花が枯れないために、いつまでも咲き誇りますようにと祈りながら平和を望み、いつ洪水を起こすかわからない時の流れから遠く離れた場所に植林・・・ではなく植木鉢に花を移し、安全な場所で育てようといろんなものを願いながら生き残ったもの達は花を守ろうとする。

 でも、きっと花は冬に枯れる・・・・なぜなら季節は巡るから。でも、積もりすぎた雪のように折り重なった死体を見るとき、心は虚しさを感じながらも、永遠の春を求めずにはいられない・・・・もう冬が来ませんようにと・・・・・。

 征水論の果てにあったのは、死体の山と、それを疲れた眼差しで見つめる寂しさと苦しみ、そして憎しみを混ぜた瞳の濁りだけだった。


 ライオンキングは、納まりきらない濁った感情を背負いながら、大地に力なく果てた死体を一体ずつ抱きしめた。そして、生き残った猫達は、闘いの中で失われた命を集め、焚き火を無数に起こし、そこで死体を火葬した。数え切れない煙が果ての知れない広大な宇宙に昇っていく。月の軍隊は、最後までその水星史上最も大きく悲しい葬式に最後まで付き合った。月の軍隊は、水星の民族とともに宇宙に昇っていく失われた命の行く末を見つめ続けた。


 ✍


 「太陽の主!月を討たせてください。奴等の邪魔さえ入らなければ我々は水星を潰せた。月が悪だ。我々、太陽は道を間違ってはいない・・・・水星など無用の星、消し去らなければ悪影響は宇宙全体に広がる。それをかばった月は悪だ」

 退却という不名誉をプライドに刻み込まれた誇り高き太陽軍の総司令官キリノは、太陽の主の前で狂犬のように吠えた。全てを善か悪かで見極めようとする極端なキリノの思想に太陽の主は曖昧な返事を何度か繰り返した。

 太陽の主は、そのでっぷりとした体を重たそうに引きずりながら、自宅の庭で子供の柴犬達に猟の合間に取ってきたウナギを焼いて食わせてやっていた。そのキリノの狂ったように噛み付こうとする姿を目の当たりにし、子供達はウナギが喉に通らないようだった。

 引退したとはいえ、太陽の主は太陽の民族の心の拠り所。主の意向に反することは、民族の意向に反することだということをキリノは骨の髄に沁みるほどにその上下関係を理解し、かつ主の下で働く自分に陶酔しきっていた。

 キリノは、吠え続けた。そんなキリノのわめき吠えを、太陽の主は柔らかくて大きな心で聞きながら、「もうよか」とだけ言った。そして、主は子供達を大きな目で見つめ、顔に微笑を浮ばせながら、自分の分のウナギの蒲焼をご飯と一緒に三人分ぺろっと平らげた。子供達はそれを見て、安心したかのように自分達に与えられたご馳走をよく噛みながら食べ始めた。


 キリノは、太陽軍の仕官達と会い、話をした。退却を余儀なくされた各仕官達の顔に悔しさが滲み出ている。

 「主は、もうよかと言うが、これでは宇宙全体に現実の支配者として太陽の示しがつかん。おいは、太陽軍を辞職した後、一人で月に攻め込む」

 キリノは決死の覚悟で汚されたプライドの泥を払いに月に攻め込むと仕官達の前で宣言した。それを聞いた太陽軍の士官達は、皆、「おいも、辞職して、攻め込む」と口々に叫んだ。そして、太陽の主の意向にそわない不平仕官達は、私設軍隊を編成し、月へと攻め込んだ。

 太陽の主は、暴発する誇り高き犬達を止めることはできなかった。

 プライドを傷つけられた男達が汚名を払おうとする決死の覚悟を止めることは何人たりともできるものではなかった。太陽の主は、それを大きな心の核の部分で深く理解していた。

 主にできることは、月に向かって祈るのみ・・・・・「月の主どん・・・・」と太陽の主は呟いた。あの誇り高き狂犬達に死に場所を与えてやってくれと太陽の主は、月に向かって頭を深ぶかと下げた。


 ✍


 太陽の私設軍隊が月に攻め込んだという衝撃のニュースは一挙に宇宙に広がった。あらゆる星の生き物達が恐怖と不安に震えた。

 太陽と月・・・・現実と幻想がお互いの存在価値を認め合えずに潰し合い始めた。各惑星の首脳達はうろたえた。どちらに組するべきか・・・・。太陽が月を侵略していく凄まじさが戦争が始った後の第一報として特番のニュースに流れると、どの星も意を決したように太陽軍の攻撃を支持する声明を出した・・・・・。

 月蝕が始まり月の光が飲み込まれていくのが各惑星から肉眼でも確認できるほどに・・・・急速に急激に太陽の私設軍隊は、月を襲う。各星首脳は、太陽の軍隊が私設であることを無視した。太陽の主の意向を汲んでいない軍隊だったが、太陽の民族の圧倒的な支持を得ていた世論の力に注目した。

 一つ・・・・そしてまた一つと、太陽軍に援軍を派遣する星が出始めた。月蝕の進行が不気味な様相で空に浮ぶ。


 月の民族の絶滅は、宇宙空間における再生の絶滅でもある・・・・・・。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ