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月の主は、舞台の上にあがった。そして、黄鬼に飛び掛られて腰を抜かした若き王の姿を見た。黄鬼は、月の主の前でひれ伏していた。若き王は、月の主を見つめ、涙目で「お爺様、助けに来てくれたんでごじゃるね。早く、この野蛮な猫どもを退治してくださいでごじゃる、お爺様」
お爺様とお爺様と月の若き王は、月の主に甘えようとする。その甘ったれた顔に月の主は、思いっきり蹴りを入れた。老人は、足に気合を入れ、老いを感じさせない素早い振りでつま先を若き王の頬骨にめり込ませた。月の若き王は、のたうちまわった。
「痛い、痛い、痛いでごじゃる」
月の若き王は、痛みに叫んだ。月の主は、「いつまでごじゃる、ごじゃるって赤ちゃん言葉で喋ってるんや、このボケガキが」
「ううう、お父様にも殴られたことないでごじゃるのに・・・・」
月の若き王は、恨めしそうな目で月の主を見た。
「なら、ジジイが蹴り飛ばしたるわ、このど阿呆。痛みを知らないボケナスが」
月の主は、更にもう一発月の若き王の鼻っ柱にトウキックを入れた。鼻血が大量に流れ出し、若き王は初めて見る大量の自分の血にショックを受け、過呼吸を起こし、失神した。
「いやぁー、遺伝子も三代目には腐るわい。息子もなかなか子宝に恵まれんで、やっと生まれた一人っ子だからと言って甘やかし過ぎや。愛の鞭を使うのにチビっとったな、あの優しさと穏便な事運びだけが取柄のサラリーマンキングわ。あいつは、隠居してどこにおんねん、今?」
「はっ。王という地位に生き甲斐を見出せないまま鬱病に侵され、王子の成人を見届けるやいなや王子に王位を譲り、精神病院の個室に篭り、筆を持ちひたすらフィクション自伝を書かれているとお聴きしております」
月の若き王の臣下が、従順に月の主に答えた。
「あいつも根性足らんかったんかい。わしが、ボケるまでは最低限の仕事はしおったのにな。明日にでもその精神病院から引きづりだして、もう一度、責任を持ってこの星を背負わせろ。わしが、鉄拳でもう一度、民を治めるとはどういうことか教えたるわ。はぁー、呆けとる間に滅茶苦茶になっとんな、月も。良かったわ、あまりのひどい月の現状を伝え聞いたショックでボケが吹っ飛んで助かったわ。それにしても口笛も吹けん奴を王にしたらあかんぜよ。このボケ孫は、知識では口笛を知っとるかもしれんが、一度も自分の口で口笛を吹いたことなどあらへんで」
月の主は、失神して伸びたお歯黒むき出しの若き王の顔を見て、吐き捨てるように言った。人間、二十歳を超えると人格も品格も知識も教養も根性も忍耐力も何もかもの要素が顔に出てくる。月の主は、赤ん坊の頃の若き王しか知らなかったが、成長した顔を見ただけでどんなウサギに育ってしまったのかを見通した。一呼吸置いて、月の主は、水星の軍隊を見た。そして、息子の後ろに陣取るライオンキングジュニアを見つけ、大手を振った。
「おおおお、ライオンキングジュニアちゃんじゃないの。元気にやっとるかい?いやーぁ、お父様のライオンキングにはよーお世話になったわい。ライオンキングはご達者かい?」
ライオンキングジュニアは、たてがみをなびかせながら神妙に月の主に向かって口を開く。
「は、父はボケてはおりますが、お陰様で元気にやっております。最近ではたてがみもほぼ抜けてしまい、ハゲを憂う毎日をおくっております」
「ああ、そうかい、そうかい。あの偉大なライオンキングもボケられたかい。皆、同じやなー」
そう言いながら、月の主は大声で笑った。そして笑い終えた後、月の主は水星の軍隊に向かって深々と四つん這いになり土下座をした。長い耳が床につく。
「申し訳ない。この星は、老いぼれがボケている間に間違った方向に進んでしまった。そして、今、月は宇宙全体に迷惑をかけとる。太陽にビビリすぎる若い世代の恐怖心を和らげてやれなんだは、戦時を生きた・・・・・戦争というものを体験したわしらの責任。怯えるガキんちょどもは、狂い果てた末に弱き者を苛め始め、弱き者を苛めることによって不安を掻き消し、弱き者を苛めることによって優越感を感じ、残酷で過酷な現実を直視しきれない心を静めようとした。その過程で、敗者を惨殺し尽した。死んでいった敗者達にわしは心から謝りたい。月は、常に敗者とともにあった。そして、復活した敗者とともに歩んできた。時代の中で・・・・月は、敗者を復活させる伝統を後世に伝えきれなかった。昔は、敗者の殆どがこの星で復活し、永遠なる敗者などを抱える土壌ではなかった。伝え切れなかった伝統が・・・・・悲劇を生んだ」
月の主の土下座に対して、ライオンキングジュニア、そしてトロは慌てた。耳が美しいほどに長い月の主が纏う黄金のオーラは、絶望の淵から這い上がってきたものだけが纏うことが許される品格に満ち溢れていた。そして、その宇宙の奇跡と呼ばれた月の主が頭を下げた姿は、心が震えるほどに尊かった。ライオンキングジュニアは、額を地面に擦りつけ、「月の主、頭をお上げ下さい。我々は、あなた様が率いた月に救われた敗者の星でございます。我々は、そのご恩を未来永劫忘れることはございません」と語った。ライオンキングジュニアに連れられ、水星の軍隊は皆、額を地面に擦り付けて頭を下げた。気まぐれと呼ばれ続けた猫科の集団でも、生命を救われた歴史と恩を忘れない。
月の主は、ライオンキングジュニアの言葉を受け、頭を上げ、広場に集まった月の民族の顔を一つ一つ睨みつけた。誰一人として額に月を輝かせていないことにため息をつき、「よく聞け、月の民よ。月の民族、全員が敗者である。皆々、全てが敗者である。月面に勝者はいないと思え」と大声で叫んだ。その月の主の言葉に、月の群集達は戸惑いの表情を浮かべた。敗者・・・・自分達は、敗者なのか・・・・挫折したこともない・・・・常識的に生きてきた・・・・法律の範囲内で慎ましく暮らしてきた・・・それでも、敗者なのか・・・。その戸惑いを見透かしたように、月の主はありったけの声で叫んだ。
「チェストーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
圧倒的な気迫が、月面の風を切り裂いた。恐怖から逃げずに何度も何度も絶望と向き合い、それを乗越えてきた男の叫びに、闘いを知らない平和に甘えて生きてきた世代は腰を抜かした。
「情報に生き方をコントロールされて、都合のいい報道に精神を操られ、流行りやファッション優先の生き方で、いくらチェストーを叫んだところで、そんなの上っ面の叫び。心の底から本気で吠えたことのない者が・・・・・最も安全な生き方だけを選んで、最も安全な夢しか描いてこなかった自分が勝者だなんて思うな。もう装うのはやめや」
月の主は、吐き捨てるように民に語りかけた。痴呆症に侵されてきた老人とは思えない。
「この星を狂わせた者に責任を取らせる。責任なき政治や仕事をする輩をわしは許さない。腐った甘えの果実を食らい続けた肥満の孫は、終身島流し。出家をし、虐殺した敗者を供養するべく一生念仏を唱えろ。幼い孫に寄生した欲深き政治家の虫どもは、皆、切腹。星を治めるということは、命を星に捧げるということ。その覚悟なきもの達が星を治めることはない。星を狂わせたからには死を持って償え。それが責任というものだ。そして、最も無責任は鬱で引きこもり、王位を息子に向かって投げ捨て逃げ出したわしの息子だ。息子とその妻にも切腹を命じる」
苛烈な処分が月の主より下された。まわりの厳しさに、月面にいた全てのものが震え上がった。これが責任の重さなのかと・・・・・はじめて責任というものの意味に触れる戦争を知らない月の世代。
月の主は、敗者を絶滅させ、太陽に攻め込み、月を絶滅させようとした者全てに処分を下し、その後、長く目を閉じた。黙祷だった。舞台の上、月の主の周りに立つ英雄達も皆、黙祷をした。この月の裏側で誰にも知られずに死んでいった全ての敗者に対して、月の主は心から謝罪をした。敗者とともに歩むべき未来を戦後に誓ったのに、その誓いは、気づけば歴史の中で風化し、時の流れに飲み込まれて消えていった。
「ここにいるもの、全てが敗者だ。太陽に完敗したあの時と同じように・・・・」と月の主は、再び月の民達に語った。
「月は、今、ここに王家の幕を下ろす」
月の主は、唐突にそう宣言した。誰もが耳を疑った。
「もう王が民を支配する時代は終った。月の民、一人一人がこの星を背負う責任を持って欲しい。一人一人がこの星について考え、この星のあるべき姿を模索していってくれ」
月の民からどよめきが起こった。責任の重さが一人一人の耳の短いウサギ達の肩に圧し掛かる。
「しかし・・・・月の民族総敗者の現実・・・・この奇跡の星を任せるのには頼りない。ただ、これだけの敗者の群れの中で、たった一人・・・・敗者復活戦に臨める面構えをしたものがおる。彼こそが、誇るべき月の民族」
そこまで月の主は語り、十字架に張りつけられたままだったセナの顔を見た。
「セナ君だったかな・・・・。これだけの救いのない敗者に、聞かせてやってくれないか・・・口笛の音色を。この星に奇跡を起こした敗者復活戦の響きを・・・・・・。君ならば伝説の敗者復活戦に挑戦し、それを乗越える強さを持っていると・・・わしは、思っている」
伝説の敗者復活戦。それは、月の民なら知らないものはいない。セナももちろん知っている。伝説の敗者復活戦とは、絞首台に首を締め上げられた状態で口笛を吹くこと。これは、過去に太陽の絞首台に吊るされた月の主が苦しみを乗越え響かせた口笛の響きに由来する。月の主の魂の底から響かせた音色が暗闇に月明かりを呼びおこし、光とともに月の女神が奇跡を呼びおこしたという伝説。
セナは、左の頬にはにかんだ笑いを浮べた。そして、嬉しそうに月の主の言葉に肯いた。セナの心の中には一滴の躊躇もなかった。敗者絶滅収容所で、皆が死ぬのを見てきた。唯一生き残った自分が、その伝説の敗者復活戦を受けるのは当然のことのように思えた。残酷で残虐な現実の中、果てていった敗者達の願いが心に響いている。その願いを叶えることができるかもしれない・・・・・それだけで、セナは嬉しくなった。
「死ぬかもしれないぞ?」と月の主は念を押した。
「もう死ぬなんてことは、遠い昔に覚悟しました。覚悟し過ぎて飽きたくらいです。僕達は、そんな現実の中で生きてきましたから・・・・・」
セナは、礼儀正しく答えた。力まない自然な感情が言葉になる。月の主は、そのセナの言葉に敗者だった男が見続けてきた世界を感じた。心に力強さが芽吹いている。後は、花が咲けば・・・・春が来ると月の主は、少し冬空を見上げた。
「水星の新たなる王よ。どうかこの月を見捨てないで欲しい。あなたの愛した敗者がこの月で死んだ。許せないであろう。わしも許せない。しかし、どうか・・・・あなたの愛した敗者の友が復活するその瞬間を目に焼きつけて、これからも月を見守ってくれないだろうか。この月の復活を見守ってくれないだろうか。月が、もう一度、失われた再生の月明かりをこの宇宙の隅々まで力強く降り注ぐまで」
トロは、月の主に尊敬の念を持って答えた。
「月の主。この宇宙の奇跡と呼ばれたあなた様の言葉に従わぬ若造がどこにいましょう?全ては月の主のお言葉のままに」
「ありがたい。この通り、我ら親愛なる月の同盟国にもう一度、わしは頭を下げる。あなた方がこの危機的状況の馳せ参じてくださらなければ、この老いぼれ、あの世間知らずの孫の所業をボケたままで何も気づきはしなかった」
そう言って、月の主はもう一度、水星の軍隊に頭を下げた。水星の軍隊は、皆、あまりに神々しい月の主の振る舞いに目を開けてはいられなかった。
そして、月の主はセナの目をもう一度見つめた。
「セナ君・・・・。ここにいる・・・・・一人残らず敗者に成り果てた民族を絶望の淵から救ってやってくれ」と月の主は、セナにも頭を下げた。セナは、何万回と覚悟してきた死を睨みつける眼光を持って、月の主の言葉に肯いた。月の英雄達が、十字架に近寄りセナを縛り解いた。セナは、十字架から降ろされて、舞台の上に力強く立った。
『セナの敗者復活戦・・・・・・そして、大地に散った灰は花となり咲き誇る』
月の中央広場に静けさの膜が張っていく。誰もがその膜に包まれ、言葉を失い沈黙する。トロをはじめとする水星の軍隊は、遠い過去に太陽に握りつぶされそうになった月の復活劇の再現を見守る。セナの体は、明らかにここまで生き続けてきた疲労の斑点が浮びあがり、消耗しきった二十代とは思えない老化が肉体の節々に見えた。しかし、セナはそんな自分の疲労にも消耗にも気付いてはいなかった。精神は研ぎ澄まされ、若々しくみずみずしかった。その精神状態が、急速に体に染み出し・・・・肉体は急速な回復を始めた。その変化に、月の民衆は唾を飲み込み身震いした。自らの精神が、自らの死にかけた体を蘇らせていく様の力強さは美しくもあった。そんなセナの前に、月の国宝庫から月の主がかけられた太陽の刻印が刻まれた絞首台が急ぎ運ばれてきた。木造りのその絞首台は、歴史の重さをその年輪に重たすぎるほどにしみこませていた。若かりし日の月の主は、この絞首台に首を吊られながらも口笛をこの月面に響かせた。そして、太陽の影、暗闇に蝕まれた月明かりは月面に再び蘇った。月の主は、その絞首台を感慨深げに見つめていた。まさか、この絞首台が歴史の中にもう一度登場することがあろうとは・・・・・月の主は、眉間の深い皺を寄せた。月面には、暗く、陰鬱で、寒気のする暗闇が重たく広がっている。月の主は、月の女神の再生能力への冒涜である敗者絶滅収容所に思いを馳せる。収容所で行われてしまった残酷な罪の数々は、再生の女神を司る月の民族が最も犯してはならない裏切り。
「月の女神は、わしらが犯した罪を許してはくれないかもしれない・・・・・」
月の主は、感じたことのない不安を覚えた。月の女神を崇拝し敬い信じることはあっても、月の女神を裏切ったことはこの月の歴史の中で一度もなかった。
「全ては月の女神の意志一つ・・・・セナ君の生死は、月の女神の心中を察するためのお伺いになる」
月の主は、重たい言葉で独り言を呟いた。
絞首台の用意が終った。セナは、誰に言われることもなく自分の足で絞首台へと登っていった。そして、吊り輪に頭を通した。喉仏に、これから自分を締め上げようとする縄が当たる。セナは、唾を飲み込んだ。月の主は、セナのその意志を見つめ、緊張に身震いしながら月の群集に向かって語りかけた。
「敗者は・・・・・口笛を吹くことができないと言われている。敗者は、その体内に劣等感、脱力感、悲壮感、無価値観、罪悪感などを抱え、その抱え込んだ負の感情が自らの存在意義の周りに吹く風の流れを止める。そして、存在は真空状態に陥り、肺は空気をその精神に取り込めずに酸欠を起こす。呼吸すらできない真っ暗い世界を敗者は行き先もなく彷徨い続け、そして体力を失い暗闇の隅にうずくまり、唯一動く浅い猜疑心を持って狭き幻想に浸る。そこに未来はなく、絶望だけが敗者の心を弄ぶ。息長らえることを夢見るが、敗者は現実にとどめをさされる。現実は、敗者の心身に残る空気を全て搾り出すように首を締め上げ敗者を窒息死させる。敗者は、そうやって死ぬ・・・・・・だが、その敗者である自らの全てを否定するもの・・・・それが口笛。真空状態の自分の存在意義に向けて口笛を吹く勇気あるもののみが、自分を取り巻く全ての矛盾を否定し復活する。
敗者復活戦・・・・・これほどに深い響きを持つ言葉は、宇宙上に他に存在しえまい。死刑を言い渡された敗者が、その絞首台に縛り上げられたまま口笛を吹く勇気を持てるのなら、敗者の喉元を締め上げ、死をもたらそうとする絞首台はその存在意義を失うだろう。
口笛がこの月面に響き渡れば、そこに月明かりが降り注ぎ、風は七色に輝き始めるだろう。そして、月明かりは、風に未来の方角を指し示す。風は、いつも未来に向かって吹いていく。未来の方角を知る者をわしは敗者と呼ばない・・・・いや、敗者と呼べない。
セナ君・・・・いまや、我々全てが敗者になったこの現実を破壊してくれ。敗者復活戦に挑む勇者よ、口笛をこの月面に響かせてくれ」
月の主は語り終えた。そして、力強く右手を空に突きあげた。それを合図にして吊り輪は一気に引っ張りあげられた。セナの首元に縄がめり込み、気管が一気に締め上げられた。セナの体は持ち上がり、足はもう地面に届かない。セナの顔は一気に紅潮していく。セナの瞳孔は開き、空気を求める舌が口から垂れる。脂汗がセナの体から絞り出され、泥のようにして頬を流れ落ちる。鼓膜が破裂しそうになるが、耳抜きをすることもできない。セナの存在意義が真空状態になっていく。セナは、自分の意識が遠のいていくのを感じた。自分が自分の精神の最も暗い場所に飛び降り自殺をするかのような感覚・・・・セナは、その精神のブラックホールに吸い込まれていく。堕ちていく闇の世界。堕ちていく・・・・堕ちていく・・・・堕ちていく・・・・・底のない闇に堕ちていく。
堕ちていく闇の中・・・・セナの前で一瞬、光ったものがあった。チカっ・・・チカっ・・・と何かが光る。光ってはすぐに闇に飲み込まれるその微かな光・・・・・それは、豆電球の光だった。あの敗者絶滅収容所、四十二棟、ぽん太と一緒に閉じ込められていた狭い牢屋に吊り下げられていたあの豆電球だった。電球がチカっ・・・・チカっ・・・・と光る度に、セナは思い出を暗闇の中に見た。豆電球は、光っては消え、また光、一瞬の光と一瞬の闇を交互にセナの堕ちゆく意識に見せた。セナの意識は呼吸困難に陥ったまま、過去の情景を抱きしめながら死を待ち始めた。とてつもない脱力感に襲われた。セナの心臓が一瞬止まった。死がセナを迎えに来た・・・・・その瞬間だった。豆電球が激しく光り、高熱を発し、そして粉々に砕け散った。寿命の豆電球が命の最後の灯火を持って発した光の残像が闇に広がった。その光の残像が語る・・・・・「奇跡だ・・・・」と。
セナは、あの収容所内の牢屋で奇跡を見た日を光の残像の中で思い出した。セナは、光の残像の中、暗闇の壁に手を当て無意識にくぼみを探した。そして、あの日と同じであろう闇の場所に穴があった。セナの堕ちた意識は、その穴に目をつけた。その小さな穴から覗き見る世界の美しさにセナは、あの日のように唾を飲み込んだ。月の裏側に降る真っ白な処女雪の清らかさ・・・・雪の結晶のスコール・・・絶望の闇の中で見た雪の白さは、冷たさと厳しさの内側に秘められた美しさの本質を見ているような気がした。セナは、あの日と同じ様にぽん太を近くに感じた。セナは、自分のやるべきことを強く実感した。セナは、闇の中の小さな穴に口をつけた。そして、真空状態の存在意義をぶち壊し、思いっきり息を吸い込んだ。そして、その穴につけた口先から息を思いっきり吹き出した。セナが吹き出した息が穴を通じ闇の壁を抜けていく。そして、セナの息は、月に降る雪に触れた。雪は、柔らかく溶け出した。セナの息は、生命の鼓動を秘めながら、闇の向こうの世界に広がっていった。積もりに積もった白い雪が溶けていく。閉じ込められた世界の周りで雪解けが始り、遠い空の向こうから春が恥ずかしげにこっちに向かって近づいてくるのをセナは感じた。自分の周りに広がる闇と外の世界に広がっていた雪。黒と白の世界が溶け出し、春の鮮やかな色彩がセナの意識の中に広がり始めた。セナは、初めて絵を描いた時の感動を思い出した。好きな色をたくさん使って、この世界を描く喜び。
セナの吹き出した息は、そよ風に姿を変え、春が奏でる音楽とともに未来へ向かってふきはじめた。未来への途中にある緑が艶やかに輝く野原で、そよ風はたんぽぽの綿毛を大空に飛ばした。綿毛は春の空に舞っていった。月面に広がる春の景色は、月明かりに満ち溢れていた。月明かりが、死の闇の奥底に堕ちたセナを照らしていた。
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この作品はそれこそ2000年頃の大学生時代に書き出して、この作品が賞を受賞して小説家になるから就職活動はしなくてもいいとたかをくくっていましたが、そんな賞を取ることもなく結果慌てて人より遅い就職活動をはじめて、就職氷河期で内定もらえずで大学に5年通うことになったりもした思い出深い作品です。初めてエンディングまで書けたのですが当時はぽんたではなく「僕」と1人称で書いていた記憶があります。この小説をぽんたという主人公で書き直しはじめたのは社会人になってからですが・・・・まさにたった今気づいたのですが、ここで書くのやめてました、当時(笑)。これは第三稿とメモ書きがあるのですが・・・今慌てて、初稿があるかと思ってパソコンの中を探したらあるのはあったので当時書いたエンディングを思い出しはしたのですが、とりあえずここで私も力尽きて、初稿のエンディングを書き直す気力もないのでここでThe Endにさせていただきます。独身の頃はまだサラリーマン仕事終わりで延々と酒を飲みながら小説を書き続けてぶっ倒れて眠ればいい日々でした。それはそれで楽しい思い出です。もしこれ以上この物語の先を読みたい方がいらっしゃったら是非お知り合いの出版社の方にでも声をおかけいただき、サラリーマン小説家ではなく、プロの小説家としてこの続きを書けるような後押しをしていただければ幸いです(笑)。とはいえ、本当にどうやって私を知ってくださったのかはわかりませんが、「海流ハィウェイベイビーズ」、「After Surf...」「ぽんたの敗者復活戦」をお読みいただいた皆さん、ありがとうございました。毎日、皆さんのアクセス履歴を見て、読んでくださる方がいることが本当にうれしくて、賞をとれない小説を日々書き続けている無意味さを感じていたころの過去の自分が今更ながら喜んでいるのを実感します。このようなお蔵入りしていた小説を発表する場を与えてくださっている小説家になろうのWebにも心から感謝しております。ありがとうございました。




