④
猫達がその命の中に内包していた未来が、暴力によって徹底的に葬り去られる。父を殺され、泣き叫ぶチータの子達・・・・愛するもの失った若く美しい雌豹の狂う姿があまりに痛々しかった。愛する者といつまでも幸せに暮らしたいと願った夢が苦しい喘ぎ声とともに死んでいった。太陽と宇宙サミット連合軍は、ライオンキングが指揮を揮う水星軍の本陣まで軍を進め、最終突撃体制に入った。水星猫科絶滅のカウントダウンが始る。
現実の支配者である太陽の軍隊の総司令官キリノが、「チェストーーーーーー」と大地が震え上がるような気合で雄たけびをあげた。それに連なり太陽の各師団の隊長達が、「チェストーーーーー」と叫ぶ。
最終突撃の合図が水星に響いた。
宇宙のバランスが崩れゆく音が痛みを伴った激しい耳鳴りのように生きとし生けるものの鼓膜を突き破った時、犬科、そして連合軍が水星の本陣に雪崩込んだ。
「チェストーーーー」と吠える犬達の総攻撃の横から「チェストーーーーー」と叫び、突撃する軍隊のわき腹を突く勢力があった。フル装備の月の軍隊だった。月の英知を結集した装備・・・・右手には地球から輸入した日本刀、左手にはマシンガン、軽く丈夫な鎖帷子を身に纏う。ウサギ達が、犬を睨みつける。まだ二十代の若き月の主を総大将とする月の精鋭軍、近衛兵達が水星の援軍に入り、元同じ民族の太陽に銃口を突きつける。
月の主は、その豊かな髭を荒々しくふきわたる闘いの熱風に揺らしながら、太陽の総司令官キリノを睨みつけ、吠えた。
「もう十分だ。これ以上、お前達が水星を攻撃する理由は・・・・・この宇宙のどこを探しても見当たらない。水星に住む猫達もこれで懲りている。絶滅させる必要はない!つけあがるな、現実の支配者を自称する者ども。現実に見る風景が何もかも正しい訳ではない。お前達に水星の何がわかっているというのだ?邪魔なら潰す。そんな道理は、この再生を司る月の民族の前では通らない。今、この瞬間から月の民族は、この死臭が嗅覚を狂わせるほどに満ちている水星の再生を手助けする。それが、この宇宙空間における我々の存在意義であり、仕事だ。現実が支配すべき世界はここまで。ここから先は、管轄外。これ以上、先に進むというのならば・・・・・・月の民族の全ての正義と良心にかけて、お前達を潰す。太陽ならびに各惑星の諸君、この場から早々に立ち去れ。この傷ついた惑星は、今、この瞬間から再生の女神を奉る月の民族の保護下に入る」
太陽軍総司令官は、月の主を睨みつける。
キリノは、伝統的に敗者救済主義を取る月の態度が気に食わなかった。
敗者に一体なんの価値があるのか・・・・・この現実に必要のないものを徹底的に排除し、消し去らなければこの宇宙に無駄が蔓延する。
現実の支配者、合理主義の太陽の軍ならびに大衆には月のまどろっこしい信念が理解できない。それを理解できるのは太陽の主だけだった・・・・・。
キリノは、月の主の説得を無視し、「やれ」と各師団の隊長に命じた。この宇宙に於いて絶対的な存在である太陽の信念を曲げることは現実の支配者の誇りに賭けてできない。夢と幻想の支配者などという弱者の戯言に、ウサギどものようにあんなーに長い耳を貸す必要も理由もどこにもない。太陽の主と月の主は昔は大親友だったが、今やお互い信念を別にするもの。そして進化を別にした民族の現在の姿。キリノは、心酔しきっている太陽の主のことを多少気にかけはしたが、月の言い分を聞く必要はないと判断した。
月の主は、あくまでも水星を潰そうとする太陽の頑なな現実的な方針に変わりはないことを悟った。そして、月の近衛兵第一師団を率いるカワジに「いけ」と命じた。
現実が全てを支配する宇宙は、一瞬で疲弊しきり、体力を失ってしまう。夢や幻想が混じらない純粋な現実の先にあるものは絶望だけ。月は太陽のやり方は宇宙に破滅をもたらすと考えた。
「チェストーーーーーーーっ」と太陽の軍隊は、水星の本陣前に陣取った月の援軍に突っ込んできた。
「チェストーーーーーーーっ」と月の軍隊は、太陽軍の突破を食い止める。
元々は同じ民族、同じ掛け声を使い闘いあう。
月の民族は、左脇に抱え込んだマシンガンを乱射しながら、右手に持った日本刀で太陽軍に切りかかる。戦闘能力自体は、あまり高くないウサギ達だがフル装備により犬と互角に戦う。太陽軍の装備は旧式のままで、最後は肉弾戦に持ち込むスタイルだった。ウサギと犬が絡み合い、切り刻み、噛みつきあう。血の海が、水星の大地を覆い始める。
「チェストーーーーーーっ」
「チェストーーーーーーっ」
戦場の中で、誰が味方で誰が敵なのか正確に区別できなくなるほどに、闘いは混乱を極め始めた。犬もウサギも血にまみれると、どっちがどっちだかわからない。掛け声は同じ。そんな中、月の近衛兵達は、太陽と連合軍の最終突撃を首の皮一枚のところで防いでいた。
月の軍隊が英知を結集した装備を生かし、なんとか太陽の攻撃を食い止めている間、月の主は水星の本陣へと走った。本陣に掛かる垂れ幕には勇ましいライオンの紋章が描かれていた。その垂れ幕をくぐり本陣内の様子を見た時、月の主は叫んだ。
「待ちなされ!」
ライオンキング並びに水星の重鎮達は、太陽に噛み殺される前に自ら死を選ぼうとしていた。月の主は、ライオンキングの下へと駆け寄り、熱く燃えるような目線でライオンキングを見つめた。
「ライオンキング、あなたは勇気を失われてしまったのか?勇気を失った百獣の王はかくも弱弱しく見えるものか・・・・・。あなたほどの猫が、一体何に絶望しているのですか?既に死を受け入れたなんて言わせません。あなたは、この水星に残る最後の一匹になっても胸に刻まれた王の誇りとともに闘う運命にあるのです。もう一度、闘う勇気を!あなた方は、自分達が宇宙最強の戦闘集団だということを太刀の悪い絶望に酔わされて、忘れてしまっている」
太陽の最終突撃に絶望した猫科の者達は、か細い鳴き声とともに自殺を図ろうとしたが、そこに月の援軍が入ったことで微かな勇気をその胸の中に再び燃やし始めた。
ライオンキングは、本陣の垂れ幕をくぐり戦況を見つめた。太陽を食い止める月の民族の凄まじい闘いが視界を何度も殴りつける。月の軍人達にも多くの死人が出ている。水星を守ったところで、月には何の得もありゃしない。でも、水星のために闘う月の軍を見て、本来恩知らずである筈の猫達は涙を流した。月の主は、絶滅寸前の敗者である水星の民族、そしてライオンキングに兵の再編成を訴え、闘いに出ることを進言した。ライオンキングは肯いた。
生き残っている猫科の者達は、一致団結を心に刻み込むように毛を舐めあい、毛づくろいをし始めた。
ライオンがチーターを舐め、チーターが三毛猫を舐めた。
仲間であるという意識が整った毛並みに残る。
水星の歴史上初めて、チームワークという言葉が一匹、一匹に理解され、個々において宇宙最強の戦闘能力の持ち主達がライオンキングの号令とともに隊列を組んだ。そして、宇宙最強の先頭集団達が、月の軍隊とともに太陽の軍隊に襲い掛かった。
助け合い補い合い猫科の軍隊が犬科に突撃を繰り返した。チーターが犬の肉を食らい、ジャグワーが鋭い爪で犬の目玉を傷つけ、ペルシャ猫が太陽の軍隊の死体に肉球パンチを食らわせ、ライオンキングは先頭に立ち圧倒的な存在感で敵を丸呑みしていった。月の民族の英知を結集した装備と、猫科の水星民族の素早くもしなやかな攻撃に太陽は翻弄され、退却を余儀なくされた。
キリノが叫ぶ、「引け、引け、引けーーーーーーーーーっ」と。
太陽の軍隊ならびに連合軍は一気に形成を逆転され水星から兵を引き上げた。