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 計画実行は、三日後の八時間二セットを終えた十六時間後の交代の瞬間。

 ぽん太とセナは、コンディション調整に入る。今の今まで、人生から溢れてしまいそうなほどの強制労働の質量をこなしてきた。経験もある・・・知恵も得た。ぽん太もセナも、強制労働の中、騙し騙しにサボるポイントを心得ている。効率も生産性も完全に落としているのに、それを作業監視員に悟らせない演技力。ぽん太もセナも体力の温存を図るために、作業監視員の目を盗んで、サボって休む。最低限のノルマは、こなす・・・・・・今まで死ぬほど働いてきたから、最低限の仕事は、ぼけーっとしててもこなせる。体が勝手に動く。ぽん太とセナは、加減しながら強制労働を無難にこなし、食堂で下痢にならないように素材を吟味した残飯を腹一杯に食らい体力を蓄える。そして、牢屋に戻り、短い睡眠時間の中で、生命力の回復を貪り食うようにして眠った。


 一日、二日と過ぎた。力が少しずつ体にみなぎる。ぽん太は、視力を休めるために目をつぶりながら仕事をこなした。二人の精神状態には、軽い張りができる。弱過ぎず、強過ぎない心持ちが現実と目標の間の距離感をしっかりと掴む。落ち着いた精神状態の中にある適度な緊張感が、アミノ酸のように絶望的で不可能な未来を突き進もうと焦りかねない心の見えない疲れの体力補給をする。全てがフィットしていた。そして、二人の覚悟は揺るがない確固たる決意へと変わる。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 無言・・・。ぽん太もセナも、計画の実行日を決めてから、あまり喋らなくなった。緊張している訳じゃない。もう、言葉で語れるものは何一つない。語りきれる心模様ほど陳腐なものもない。まじりっけのない本気の感情は、言葉を生み出さない。それを、二人とも長い敗者生活で知った。もう・・・・ここに来て、語れる言葉など一つもない。ただ、ただ二人は黙り、自分達の体力回復に努めた。


 最後の眠り・・・・・。違う。・・・すぐに永遠の眠りが来るかもしれない。永久の眠りの前の準備運動のような睡眠なのだろうか。ぽん太は思う。ずっと寝ていたい・・・・・可能であればもう永遠なる夢の中で生きたいと。でも、死に夢はなく、残るのは果たせなかった後悔だけだろう。もう後悔はいらない・・・・十分過ぎるほど持っているから。

今までの人生を全て清算する闘いが閉じた瞼の向こうで待っている。清算できるのか、それとも返しきれないほどの恩を背負い、後悔の重みに耐え切れずに果てるか。

 未来の行く先は、たった二通りしかない。

 生きるか、死ぬか・・・・わかりやすくていい。

 ぽん太は、驚く程落ち着いていた。遠足前日の眠れない子供・・・・・?もう、そんなレベルで生きてない。地獄に突っ走る戦争前夜の大人・・・・よく眠る・・・・今、自分が成すべきことをわかっているから。

 すやすや・・・すやすや・・・・・。ぽん太の寝息が静かに牢屋内に響く。壁にあいた穴から白い光がぽん太の口元に差込み、寝息を美しく照らす。


 「神よ・・・・もしいるのなら答えてくれ。

 俺は、俺を越えられるのか・・・・・・?」


 ぽん太の無意識の寝言・・・・・。その寝言が壁穴を抜け、白く光る雪の上に落ち、光となる。月の上側を輝かせる輝きになる。



 四時間の睡眠に別れを告げる。次の眠りの形に意味がある。強制労働開始のサイレンが四十二棟に激しく響いた。ぽん太は、瞼をゆっくりと開き目を覚ます。休ませに休ませた視界、闇の中でもいつもより若干現実がよく見える。見開いた闇の世界、目の前には戦うべき現実が王者のような風貌で君臨する。防衛はさせない。挑戦者であるぽん太のアドレナリンは、ぐつぐつと心の中で煮立つ。

 ぽん太とセナは、小さな牢屋を出た。もうここに戻ってくることはない・・・・二人は、心の中で同じことを考える。看守達が、四十二棟から出る敗者一人一人を冷たい視線で観察する。ぽん太とセナは、暗闇を抜け、百円ライターを棟を出る時に受け取り工場地区に向かった。敗者の死体を燃やして出た油が悲しげな光を闇に灯す。雪が降り、風が吹く世界・・・小さな火は点けては消え、点けては消える。


 ぽん太とセナは、工場地区に入って別れた。ぽん太は、岐路でセナの目を見た。セナもぽん太の目を見た。瞳は、命が持ちうる全ての感情を表現するアーティスト。セナは、ぽん太の瞳にうつる芸術を感じ取り、ぽん太は終わりまで書き切れない素人小説家なりの完成で耳の長い天才ウサギの瞳に映る感情を読み取った。眼球の水晶に映るもの・・・・それは、占いなんかじゃわかりゃしない不確実な未来に怯える恐怖心とそれを乗越えようとする勇気。

 ぽん太は、右手をセナに向かって突き出し、ピースをした。セナも、ピースを仕返す。立てた二本指と拳が象徴するもの・・・それは、耳の長いウサギのようだった。ぽん太もセナもそれぞれの工場まで辿り着き、仕事に入る。周りいるのは耳の短いウサギばかり。ピースサインで作った耳の長いウサギ、それは美しき過去の残像。そして、その長い耳で過去から届く言葉を聞く。色んな人の声が、ぽん太の心に届いた。自分が身を染める汚い現実の色に滲みていく過去からの声・声・声。


 ぽん太は、鎖帷子を編み始めた。今から織る鎖帷子は、セナに着せるもの。そして、自分が着る鎖帷子も編む。ぽん太は、細心の注意を持ってセナに着せる鎖帷子を編む。経糸と横糸の絡みを注意深く見つめる。セナのことを・・・・大切な人のことを思うと網目を見る目に力が入る。そして、その思いが、せっかく回復し始めたぽん太の視力を少しずつ・・・・また弱らせていく。蝋燭の火が揺れるのが目に痛かった。二時間半かけて、ぽん太はセナの鎖帷子を編み上げた。目は、疲労を映す。そして、ぽん太は、自分が着る鎖帷子に移った。目が痛いので、目をつぶって作り始めた。ぽん太は、自分が着る鎖帷子を丁寧に編んでいるつもりだった。しかし、セナの分を編み上げたことで心に髪の毛一本分程の隙間と油断ができた。張り詰めていたものが一瞬ほころんだ・・・・。ぽん太は、自分の鎖帷子の右肘の部分の縫い目を掛け違えた。そして、ぽん太はそのミスに気づいてはいなかった。


 セナは、F工場から離れたところにあるG工場で一心不乱に銃弾を作り続けた。セナは、昨夜、囚人服の裾と布でできた靴をぽん太がF工場からくすねてきた針金で縫い付けた。裾と靴の間に一ミリの隙間もできないように丁寧に縫い上げたことで、セナの囚人服の下半身は袋のようになる。セナは、作り上げた銃弾をその袋の中に少しずつ入れていく。セナは、その行為が作業監視員に見つからないように緊張を体中の神経に張り巡らせて作業をした。作業監視員の目には、薬莢を作り、火薬を詰め込むセナの姿は、いつもと何も変わらない。でも、視線がセナから外れた瞬間、従順に見えた敗者は抜け目のない反逆者へと姿を変えている。


 ぽん太もセナも、敗者を管理する職につく者達の目をことごとく騙していく。見てないところで仕事をサボり体力回復を図り、武器や防具を作る。彼等を騙すことは、実はかなり簡単なことだとこの一週間でぽん太もセナも気づいた。管理職というのは、肩書きは立派で、威張って全ての労働を監視しているように思えるが・・・・実は、現場の実務に疎いので、今、目の前で何が起きているのかを正確に把握し切れてはいない。実務をわかるものが、実務のわからないものの目を盗むことは、結構容易い・・・・・ぽん太とセナは、働き続けた果てにそんなことに気づいた。管理職には、何が業務で何が業務外なのか正確な区別がついていない。ただ偉そうに敗者を叩きつけるだけ。セナは、銃を作り続け、それをズボンの中に入れ続ける。


 時間は早くて遅く、重たく軽い。不安定な時の流れが波を打ち、潮を満ち引き、瞬間を飲み込み続ける。八時間が揺れながら、ざわついた音をたてて過ぎていった。今日、一度目の交代が収容所職員の間で行われる。収容所内に滞留していた緊張が一瞬だけ緩む。ぽん太もセナもそれぞれの職場でその光景を精密に観察し、自分の頭の中に脱走の第一歩目のイメージを作り上げていく。二人とも交代の様子をこの三日間欠かさずにチェックしている。脱走計画の肝。

どのように交代が行われるか?

 どの場所が手薄になるのか?

 どの作業監視員の体調が悪そうか?はたまた良さそうか?

 どいつが馬鹿そうか?

 誰から銃を、武器を奪い取るのか

 死んだ魚のような目をした敗者の視線が行き交う工場の中でぽん太とセナは獲物を狙う鮫のような視線を辺りに散らす。その凶暴な鮫の視線に、作業監視員は誰一人として気づいていない。繰り返される毎日の波立たないルーティーンワークに慣れきってしまった作業監視員達の心に、津波の発生は予感できない。緊張の緩みは表情に出る。ぽん太もセナも、作業監視員の目の端に浮ぶあくびの皺を見逃さなかった。交代を終え、強制労働の第二フェーズが始った。ぽん太もセナも二人遠くに離れているが、同じタイミングで唾を飲み込んだ。津波がやってくる・・・・・その恐怖に押し潰されそうだった。

 時間が刻一刻と過ぎていく。

 二人は注意力を研ぎ澄ませ、一瞬一瞬の工場内の動きを頭の中にインプットしていく。

敗者の死体から搾り取られた脂で作られた蝋燭の先、小さな火が光と影を混ぜては分離させ、そしてまた混ぜていく。距離感を取るのは極めて難しい。工場の全体像を完全に把握できているのか不安になる。二人は、次から次へと迫り来る恐怖に心臓の鼓動を高めていく。血液の流れが速くなり、軽い酸欠状態に陥る。乱れる呼吸・・・・それを作業監視員に気づかれてならない。ぽん太は、意識的に呼吸を整えようとした・・・・その瞬間にF工場内に銃声が響き、鼓膜はその衝撃を痛いほどに感知した。一人の敗者が処刑された。ぽん太の足は小刻みに震える。心臓が激しく胸の奥で暴れる。ぽん太は、薄っすらと額に汗を滲ませ、坊主頭から湯気を昇らせた。


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