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 できあがった絵・・・・・それは、とてもとても優しい絵だった。


 月に降り続ける雪の結晶が妖精のように輝き、地平線の彼方まで積もった雪は穢れのない白。その厳しくも美しい冬景色の中、寒さに震えながらも一匹のたぬきとウサギが、肩を組んで満面の笑みでこっちを向いて笑っていた。よく見れば、そのたぬきとウサギは、体中、傷だらけ。それでも、そんなことお構いもせずに、二人は仲がいいことが一目でわかる信頼関係に包まれながら、肩を強く組んでいた。そのたぬきと耳の長いウサギの前には、一体の雪だるまが作られていた。下手糞で、表情も形も不恰好で、顔なんてへのへのもへじよりもひどい書き方。でも、その顔が曖昧だからこそ、その雪だるまは、色んな表情を見せた。愛してくれた人、支えてくれた人、励ましてくれた人、救ってくれた人、怒ってくれた人、勇気をくれた人、側にいてくれた人、苦しみをわかってくれた人・・・・・・・ちっぽけな自分を許してくれた人・・・・・そんな人達の表情が、その雪だるまの表情に浮かび上がる。たぬきとウサギは、その雪だるまの後ろで精一杯の笑顔で笑ってる。二人の顔には、感謝の気持ちが浮かび上がっていた。この厳しくも美しい冬の景色の中で、作った雪だるま・・・・・それが、二人を笑顔にさせていた。震えるたぬきと耳の長いウサギの目には、少し涙が浮んでいた。その滲む水滴に春の景色が浮んでいた。雪だるまは、春になれば溶けるとたぬきとウサギは知っていた。溶けて消えてしまう寂しさに、涙を溜めながらも、この冬の厳しさを自分の力で乗越えなければいけないという決意が力強さとなって目元に表れている。寒さに震えながら、笑うたぬきとウサギ・・・・・ぽん太は、心に描かれたその絵に泣いた。涙がとめどなく零れ落ちてくる。その涙が、ぽん太の心の水溜りにぽたぽたぽたぽた落ちていく。心の水溜りは、波紋を広げ続ける。涙の余韻が、体中に広がる。

奇跡は、連鎖する。ぽん太の心に描かれた奇跡は、絶望しか生み出さないこの現実に存在しえない奇跡の台詞をぽん太に吐かせた。

 「ここから抜け出そう」

 敗者絶滅収容所に一体どれほどの敗者がいるかわからない。でも、誰一人としてこの台詞を口にしなかった。それは、あまりに危険で、破壊的で現実離れした夢を追おうとする台詞。

セナは、そのぽん太の言葉を聞いて、事も無げに肯いた。もう怖いものも、苦しいことも、絶望も、何もかもを敗者として味わってきた。もうこれ以上、怖いことも、苦しいこともない。恐れることは、ただ一つ・・・・・生かされてきたこの命・・・・やっと生きる意味、生き続ける意味をわかりかけたこの命を諦めること。この敗者絶滅収容所を脱走し、あの雪の中を春目指して走っていく。雪は、冷たいだろう。寒さは、厳しいだろう。凍死するかもしれない。冬を乗越えられないかもしれない。でも、ここでいずれ訪れる無意味の死を待つよりは、春に向かって死んでいくことに意味がある。死ぬのなら一歩でも春に近づいて死にたい。

 「セナは、涙に戻るんだ。そして、ハルさんの笑顔の側で、また優しい絵を描く」

 ぽん太は、少し熱くなって語った。セナは、冷たい牢屋の中、ちょっと熱い敗者の熱で暖を取りながら、微笑んで返す。

 「お前も、地球に戻って、でっちあげた夢を叶えないとな」

 ぽん太は、セナの言葉を頭を掻きながら聞いた。そこは、心の痒いところ。でも、ぽん太はその言葉にゆっくりと肯いた。


 ぽん太の心で、たぬきと耳の長いウサギが肩を組んで笑ってる。その笑顔が勇気になる。


 『敗者絶滅収容所からの逃走』


 胸の奥で感情が心の器に収まりきらずに溢れて零れる。ぽん太の表情には、遠い昔に追いかけるのをやめた夢が赤身をおびている。体が火照る・・・・苦しいくらいにドキドキする。垂れてくる温かい鼻水をぽん太はぺろりと口元で舐める。

 「やっぱり調べてみたけど、ここの敗者収容所から過去に脱走できた敗者は一人もいないらしい。ここから逃げ出すことは、今のところ可能性0%の不可能」

 ぽん太は、冥王星のオッサンや疑り深くない鈍感な敗者何人かにそれとなく敗者収容所の話やなんかを通勤や就業中・・・軍人ウサギに隠れて会話ができそうな時に訊いてみた。

 「まあ、そうだろう。誰かが逃げたって話、聞かないもんな」

 セナは、柔軟体操をしながらぽん太の話を聞いた。誰一人としてこの腐った現実から逃げ出せたものがいない歴史がぼんやりと二人が体を屈める小さな牢屋に漂った。その歴史には、毒ガスの臭いがした。ぽん太は、その臭いを吸い込まないように、さらに鼻水を垂らし、鼻を詰らせる。

 二人は、その後の言葉を見つけられずに黙り込んだ。

 可能性0%に命を賭けるということの意味・・・・・・それを、静かに考え込んでいた。

セナが、静かな口調で沈黙を破る。

 「結局は、同じ結論に戻るから不安になっても仕方ないやんけ。このままここにいても死ぬ。不可能な脱走が失敗しても死ぬ。そして、仮にここを抜け出せても俺達はいずれ寿命やなんかで死ぬ。結果は、同じ。どの死を選ぶか・・・・それだけやん?」

 ぽん太は、セナの言葉の意味をゆっくり噛み締め、心で消化し、ヘモグロビンにして血管の中に流した。その血液が、体を一周してまた心に戻ってきた時、ぽん太は沈黙を少し口に含み、それを軽く吐き出すようにして声を出した。

 「死ぬのは怖くない。怖いのは・・・・・・地球に帰ってから書き終えなきゃいけない小説の続きが思いつけないこと・・・・」

 ぽん太は、不敵に笑った。セナは、暗闇の中その意味ありげな笑いの気配の意味を理解する。ぽん太は、地球に帰って、でっちあげた夢の続きを追う覚悟ができている。そこに辿り着くまでに死んでも後悔はない・・・・・いや、むしろラッキーだと思っている。いくら考えても思いつかない話の続きやネタを脳みそから絞り出すよりは、死んだ方が楽だとでも言いたげなぽん太の笑みは、死ぬのは怖くないという言葉を本気で語る覚悟だった。

 「なら、作ろうやんけ。敗者である自分からの脱走計画」


 ぽん太とセナは、不可能な夢を追いかけるためにありとあらゆる情報を欲した。ふとした瞬間に色々な敗者と言葉を交わし、彼等の持つ知識や情報を頭の中に詰め込む。敗者収容所は広い。自分達の足を踏み入れたことのない区域のイメージを頭に描き、牢屋に戻り敗者収容所の全体像を二人で話し合う。全体像の把握と平行して、脱走する戦略を練る。二人は、強制労働の最中、軍人ウサギや作業監視員の動きを注意深く観察するようになった。ぽん太は、脱走のシナリオの構成を必死に頭の中で作り上げる。素人小説家としてのレベルが上がっていく。でも、そんなことにぽん太は気づいてもいない。考え始めると様々な不安や挫折、虚しさや苦しみに直面する。頭に思い浮び続ける言葉は、ただ一つ。


 不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。不可能。


 聞きなれた言葉。今までは、いつもこの言葉が頭に浮んだ時、すぐに諦めていた。そして、生きているのか死んでるのかわからないまま、ため息をつきながら時を過ごしていた。そのため息が、大切な音を聞き取る邪魔をしていた。体の中に血液が流れる音・・・・・その音が、今までは聞こえなかった。でも、ぽん太は考えに煮詰まると自分の体の隅々まで張り巡らされた血管の中を流れる血液の音を聞く。それは、マグマのように煮立って、熱っつい蒸気を発し、不可能という言葉を蒸し焼きにし、おいしく可能に料理しようとする。

 「調理の仕方によっては、不可能は可能になるんじゃないかな・・・・」と、ぽん太は独り言を呟く。セナは、いきなりぽん太が語ったその台詞の前後関係がわからずに、「はっ?」と疑問符を口にする。


 ぽん太とセナは、とにかく納得行くまで、とことん、とことん、とことん、敗者収容所脱走計画を練った。突き詰めて壁にぶつかると、また振り出しから突き詰めた。突き詰めて、突き詰めて、突き詰めて、どこにも行けなくなると、自分達が閉じ込められた牢屋を見回した。そう、どこにも行けないこんな牢屋の中にも、外に通じる小さな穴がある・・・・・ぽん太達は、計画を練り上げる想像力がオーバーヒートすると、小さな穴に外の景色を見た。壁に空いた小さな穴の存在が教えてくれることが、想像力の疲れを癒し、愛撫し、スッキリさせてくれる。



 「おう、坊主。まさか、お前ここから脱走しようってんじゃねーだろうな?」

 冥王星のオッサンが、作業中にぽん太に小声で訊く。

 「なんか、お前が色んな敗者と話をしてるのを見てると良からぬ考えでもその胸に秘めてるんじゃねーかって俺は心配になるぜ」

 オッサンの質問にぽん太は答えなかった。いや、答えられなかった。

 「悪いことは言わねー。危険なマネは止した方がいい。とにかく生きながらえることだけを考えろ。変な夢見て死に急ぐな。生きてりゃ時代が動いて、状況が変わることもある。敗者が解放される日が来るかもしれねー。ここから逃げ出せた奴は、一人もいねーんだ。命を粗末にするな。生きてりゃ何とかなる・・・・・死ぬな」

 オッサンは、訴えるようにしてぽん太に言う。

 「アル中で・・・・・何度も殴っちまった息子が、お前とほぼ同い歳だ、坊主。俺は、お前を見ていると何もしてやれなかったどころか、俺のことを恨んで、恨んで、恨みぬいた息子のことを思い出す。なぜ、あの頃、あいつを愛してやれなかったんだろうと・・・毎日、後悔する。敗者になった俺が、今できることは、あいつがこの宇宙のどこかで幸せに暮らしていてくれることを祈ることだけ。坊主・・・・なんだか、お前と一緒にいるとその祈りが叶っているような錯覚に陥るんだ。だから、頼む・・・・死なないでくれ」

 ぽん太は、オッサンの目に浮ぶ涙を見つめた。言葉をかけるのが苦しかったが、ぽん太は敢えてオッサンに言った。

 「なぁー、オッサン。ガキはいつまでもガキじゃねえ。ガキだと思ってんのは、親だけだ。ガキもいつかは大人になり、いろんなもの背負って自分の道を歩いていく。ガキも大人になって・・・・・たとえ無謀だとわかっていても、親に背を向けて意志の向く方角に足を踏み出していくもんさ」

 ぽん太は、オッサンと一緒に持ち上げていた死体を火に入れて、オッサンの顔を見つめた。視力を落としているぽん太の目には、はっきりとオッサンの表情は読み取れないけれど、溜めていた涙が、火の熱さに蒸発したのが見えた。オッサンは、少し言葉尻に力を入れて「そうだな。坊主の言う通りだな」と言った。



 ガチャン、ガチャン、ガチャン。

 ぽん太は、目から垂れて流れる膿を何度も囚人服の袖で拭く。もう・・・・鎖帷子の縫い目を正確に見つめることもできない。手元で揺らめく蝋燭の光が、冷たく儚い現実を微かに照らすのに・・・ぽん太には、その唯一の光でさえ見えなくなっていた。暗闇の中、手探りで指先でつまみあげた経糸と横糸の感触だけを頼りに強制労働をこなす。ミスが繰り返される。ぽん太は、殴られ続け、死んでしまいそうだった。凹凹凹凹・・・・・ぽん太を、ぼこぼこに殴り倒す作業員の叫び声が、鎖帷子工場に響き続ける。

 「おい、F33258。こんな鎖帷子の出来で、月蝕を食い止めようとする誇り高き月の軍人達が太陽の犬どもと闘えると思ってるのかぁー?」

ぽん太は、わき腹にトーキックを入れられた。内臓につま先が食い込む。血反吐を吐きながら、ぽん太は作業監視員に言葉を返す。

 「申し訳ございません・・・・・」

 「あああん、申し訳ございません?敗者のお前に謝られたって何にもなんねーんだよ。えー?誇り高き月の民族の命が掛かってんだ。わかってんのか?」

 「重々承知の上です・・・・。申し訳ございません」

生きなければ・・・・生き延びなければ・・・・ぽん太は心の中で何度も自分に言い聞かせる。

 「てめぇーの命と月の民族の命、どっちが重いと思ってんだ、あん?」

 「もちろん、誇り高き月の民族の皆さんです」

 「そーだろ。それを、お前は粗末に扱ったんだ。これは、死に値する」

死ぬ訳にはいかない。死ぬ訳にはいかない。ぽん太は、倒れ込んだ体勢から力を振り絞り起き上がり、土下座をして、作業監視員のブーツをキレイに舐めて言った。

 「お許しください。お許しください」

涙の代わりに、ぽん太は目元から膿を垂れ流す。かろうじて見える理不尽な現実に、ぽん太は必死にしがみついた。ぽん太の卑屈なまでに惨めな姿に、作業監視員はやる気をなくした。

 「次やったら殺すぞ。早くノルマを達成しやがれ」

 「はい。ありがとうございます。ありがとうございます」

 ぽん太は、額を地面に擦りつけて感謝の言葉を述べた。額に擦り傷ができる。血が滲んだ。

ぽん太は、溶けて消えそうなほど曖昧になってしまった視界の輪郭を手さぐりで触り、自分の鎖帷子織機の椅子に再度座る。もう目に頼っても駄目だと諦めると手が覚えている何十万枚も縫い上げた鎖帷子の感触を頼りに縫うことにした。精密なロボットになればいい・・・・ロボットに目はない。あるのは、プログラムだけ・・・・ぽん太の体には強制労働の日々の中、そのプログラムが完璧にインストールされている。こなせばいいんだ・・・・考えるな・・・・プログラムに身を委ねろ・・・・ぽん太は、自分に呟く。


 火力発電所の仕事は、オッサンが助けてくれた。

 「右だ、坊主・・・・そう、そこで止まれ。よし、投げ込むぞ。一・二の三、よっ」

ぽん太は、少しでも目を休めるために目をつぶって仕事をするようになる。鎖帷子は、指先の感覚に頼り、火葬作業は自分を支えてくれる人の視界を頼った。

 「坊主・・・・大丈夫か?」

 オッサンが、優しく訊いてくれる。ぽん太は、笑って答える。

 「生きながらえているだけで、何もかもが大丈夫。視力は失いかけているけど・・・・心に秘めた想いは失ってないからさ」

 「そうか・・・・。坊主がそう言うなら俺は何も言わないが・・・」

 ぽん太は、側で声を掛けてくれるオッサンの手を軽く握った。

 「オッサン・・・・何から何までありがとう」

 握ったオッサンの手が少し震える。

 「ガキに感謝されるほど、俺は落ちぶれちゃいねーぜ、ちきしょう」

 オッサンは、少し鼻水をすすってそう言った。


 ぽん太は、仕事を終え・・・・四十二棟に戻る。ぽん太のぼやけた視界に何千という小さく揺らめく百円ライターの灯火が川のように流れていくのがかろうじて見える。戻るべき方角を灯篭流しのような火の流れの中で確かめ、いろんな手がかりを探りながらなんとか収容棟まで戻る。



 「月を侵食する闇の面積が広がるのを感じるな・・・・・濃く深い闇が・・・・月の裏側だけじゃなく、表にも広がっていく・・・・・遠くの遠くで絶叫する声が、俺の耳には聞こえる。」

セナは、長い耳をぴくぴく敏感に震わせながら疲れ果てて目をつぶるぽん太に言った。ぽん太は、視力を休ませるために、目を閉じたままセナの話を聞いた。

 「そろそろ闘いが始るかもしれないってこと・・・・・だね」

 「ああ・・・・」

 「そして、月のウサギ達は、防衛のための軍備を整えつつある」

 「俺の観察や聞き取り調査の結果は、そうだ。約90%・・・・戦争の準備はできている」

 「そして、それが100%になった時・・・・」

 「用がなくなった敗者達は、皆殺しにされる」

 「時間がない・・・・」

 「そう、時間がない」

 タイムリミットは、もうすぐやってくる。ぐずぐずしていたら死んでしまう。ぽん太は、セナと二人で考え抜き辿り着いた結論に思いを馳せる。


 敗者達は、工場地区で一日二十時間以上・・・・消耗しきるまで働かされる。しかし、この収容所を統治し、監督する短い耳のウサギ達は、二十四時間を三グループに分け、八時間ずつの労働に従事していた。それは、軍人も作業監視員も牢屋の看守も同じ。彼等は、タイムカードを押すようにきっかり八時間働いて、交代する。それも、この収容所の職員が一斉に入れ替わる。この三交代制の引き続きの瞬間に、一瞬・・・・本当に一瞬・・・・収容所全体の監視体制が緩む。仕事を終えるものは、背負っていた重たい労働と責務を肩から下ろし、解放感に浸る。そして、仕事を始めるものは、それらを背負うウォームアップから始める。仕事に入りきった体は、まだエンジンが掛かりきっていない。この交代の瞬間の二・三分の間延びを突く。ぽん太とセナは、そう考えた。

 ぽん太は、二人で考え抜いた計画を何度も何度も閉じた目の奥で映像化し、イメージトレーニングに励んだ。どんな状況にでも対応できるように、想定されるあらゆるシュチュエーションを頭の中でシュミレートしては対策を練る。

 深い闇を見切る視界が必要・・・・・軍人ウサギがかけている赤外線サングラスを奪い取る。ぽん太は弱りきった自分の視力に訊ねる・・・・「まだ、見えるか?」

 「失明覚悟の火事場の糞力ならなんとかギリギリ視界を保つよ。ただし、今よりも20%くらいしか見えるようにはならないかもしれない。アドレナリンの分泌のみでは・・・・不鮮明さが残る」

 「今より20%視力が回復するなら大丈夫・・・・俺はやれる」

 ぽん太は、一人頭の中で自分を司る体内の器官、筋肉、神経の具合を確かめるようにして入念にチェックする。コンディショニングを現状発揮できるベストの状況まで持ち上げようとする。


 軍人ウサギと闘う武器が必要・・・・・これもまたウサギから銃や棍棒を奪い取るしかない。交代の引き継ぎをしているウサギの油断の隙をついて監視員もしくは軍人から銃を奪い取る。どうやって・・・?一撃必殺技が必要・・・・敗者が持ちうる必殺技など限られている。・・・・・金玉蹴り。これしかない。狙うべき場所を絞る・・・・そして、最大級の悶絶を味あわせ、もがくウサギから武器を剥ぎ取る。金玉を蹴り上げて砕き、その勢いでつま先が精巣に突き刺さる程でなければこれは一撃必殺とは成りえない。ぽん太もセナも、考えただけで儚く恥ずかしい激痛を自分の身に覚え、思わず股間を押さえてしまう。情け容赦ない・・・・、でも、相手は敵であり、敗者を虐げ、虐殺してきたウサギ達である。どんなに軽く見積もっても、インポテンツになるくらいの罪の償いは必要だろう。二人は大真面目に、交代の引継ぎに奇襲をかけ、股間を蹴り上げる自分達をイメージトレーニングの中で想像する。右足の素振りを狭い牢屋の中で毎日繰り返してきた。


 煮詰めて煮詰めて煮詰めてダシのよーくしみ込んだ脱走計画の最後の仕上げにぽん太は思いを馳せる。着々と練り上げた敗者として命を賭けた最後の悪あがきの最終確認事項。

 どこから逃げる・・・・・?

 二人は、考えに考えた。調べに調べた・・・・でも、この敗者収容所に抜け道も抜け穴もほんの小さな隙間もない。全ては高い壁に囲まれ・・・壁のない場所は、高圧電流が流れる有刺鉄線のバリケードが張り巡らされている。この敗者絶滅収容所に出口はない。この収容所の真ん中を貫くメインストリートの先に入口があるだけ。誰一人、この世界に出口を見つけることはできない。

 セナが語った言葉をぽん太は思い出す。

 「結局、俺達が敗者になり落ちぶれ、醜い存在に成り果てて・・・・・強制労働に従事されることになった入口からもう一度抜け出すしかないってことだ。この理不尽な現実に連れて来られて、押し込まれた入口を出口と捉えるしかないだろう」

 収容所の入口付近には、厳重な警備体制がひかれている。数百人規模の軍人ウサギが収容所にある唯一の入口であり、出口を封鎖している。やはり敗者が収容・隔離された敗北の世界から抜け出せる可能性は0%なのだろう。不可能というあらゆる事実が、敗者の前に提示される。

 「入口が・・・・出口ね。面白い。今まで、この腐った自分の劣等感を心から追い出してやろうと出口を探してきたけど・・・・ふぅーーん、入口が出口だったなんてことは気が付かなかった。確かに言われてみればそうだ。なら、入口からこの世界におさらばしよう」

 ぽん太は、セナにそう返した自分を思い出した。無謀な敗者二人が暗闇の中で、見つめ合い・・・くくくくくっ・・・・と噛み殺すようにして笑ったの覚えている。面白くて仕方がなかった。二人で練りに練った脱走計画の最終結論が、そんな馬鹿でアホで間抜けな単純でシンプルなものに行き着いたことに、二人は笑いを噛み殺しきれなくなり、大声で笑った。

 「ははははははははははっ」

 「がはははははははははっ」

 あまりに面白くて、腹筋に力がかかりヒクヒクして、何気に筋トレになってる。


 視力を休ませるために瞳を閉じて、脱走計画が出来るまでに思いを馳せていたぽん太は、粘液でネバネバする瞼をゆっくりと開けて、セナに言った。

 「三日後・・・・」

 セナは、ぽん太の言葉に肯いた。

 「俺も、三日後がベストだと思ってた。心も体もコンディションを整えな・・・・命を賭ける可能性0%の大博打に出るんやからな」


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