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 月の政府は、カウンセラーの暴動後、敗者絶滅収容所の警備体制を今までの五倍に増強した。そして、カウンセラーを収容していた左地区が、完全に空になったことから、掃いて捨てる程、次から次へと生まれる敗者を・・・・・月の裏側で行われている残虐行為を知らない惑星達がゴミのようにして月に送りこんでくる敗者を・・・、今まで以上のスピードで狩っては、収容所左地区へと押し込んだ。

 そして、月の政府の焦りが次第に収容所内に色濃く出るようになってきた。巨大な太陽の光の後ろに隠れ始めた月は宇宙空間の影に押し込められ、大量の紫外線が月面に降り注ぎ始めた。影に隠れ始めた月の位置を確認できなくなる各惑星達・・・・・不気味な不安が宇宙空間に広がり始める。月の政府は、未だに揃いきらない武器や軍備に焦りを隠せなくなった。今まで以上に急ピッチでの生産量を、収容所内の各工場長はノルマとして課された。過去に例を見なかったほどの暴力と強制労働が始まった。軍人ウサギ達は、悪ふざけをし無駄に敗者を弄び殺さなくなった。とにかく敗者を働かせ、武器を作らせる。その武器を持って、自分達は太陽軍と闘わなければならないんだという戦場に向かう恐怖感が、敗者の仕事ぶりに容赦を失わせる。

 「ひぃーーーーーーーーーー」

 ぽん太の鎖帷子工場、縫い目を掛け違えた敗者は、今まで以上に殴られた。角材で頭を叩かれた敗者は頭蓋骨を砕かれ死んだ。叫びの残音だけが、工場内によく響き渡った。

 「早く、次の敗者入れろ。働けない奴等に生きる資格はねぇー。いいか、工場内の全ての敗者。働くか、死ぬか、お前らにはこの二つしかないことをその縮み上がる肝に銘じとけ」

作業監視員のウサギが、織機の機械音の向こう側で叫ぶ。ぽん太は、必死に働いた。大久保公が、ぽん太の心に置いていってくれた言葉を何度も何度も体内で循環させる。

 「耐えろ・・・・耐えろ・・・・そして、生きるんだ・・・・・いつか、信念を背負えるだけの男になるその日まで・・・・耐えながら、生きるんだ」

 血管に熱く流れるヘモグロビンが何度も何度もその言葉を反唱する。過酷な労働環境で失われる体力・・・・曖昧になっていく注意力・・・・何度も何度も労働の中で、ぽん太はミスを繰り返した。その度に、激しく殴られた。スタンガンのようなものを体に押しつけられ、感電もした。目眩は、とまらない。目に映る世界は、歪んでいる。それでも、ぽん太は耐えた。殴られても、殴られても、鎖帷子織機の前に座りなおし、経糸と横糸を絡ませていった。カウンセラー達が咲かせた火花が枯れた後に・・・・何人かの敗者の心の土壌に種が残った。厳しい冬を乗越え春に咲くはずの花・・・・・・。根を張り、芽を出し、咲き誇るはずの先人が残した意志の花。


 『月に降る雪・・・・・・収容所外に積もる処女雪の美しさ』


 ぽん太とセナは、収容所内、あらゆる場所・場面でぼっこぼっこに殴られ続けながらも、揺るがない忍耐力を持って痛みを受け入れ、生き延び続けていた。ぽん太もセナも、表面上、耳の短いウサギ達に従順だった。しかし、心という体内に隠された誰の手にも物理的に触ることのできない場所で、ぽん太もセナも怒り、憎悪し、激しい反逆心を育てていった。顔で笑って、心で憎む。

 労働後の食堂で、ぽん太は残飯すらお腹いっぱいに食べるようになった。生への執着心が、痛みも苦しみも空腹も凌駕する。ぽん太の周りからオーラが出始める。死んだ顔をして、残飯をつつく敗者が多い食堂で、誰よりも真剣に、ゴミ袋をつつき、注意深く栄養価が高そうな残飯を選び出した。残飯の中で、食べられるものとそうでないものを区別する脳の回転の速さは、収容所内でもトップクラスだった。セナも同じ。ぽん太は、冷たい残飯を食うとお腹を壊し、腸炎で死んでしまうことを懸念し、あれだけ嫌がっていた電子レンジで残飯を温め、電磁波による一種の雑菌処理をし、口に運んだ。

 「おう、ぽん太。今日もよく食うな」

 仕事を終え、食堂にやってきたセナが、ぽん太の肩を叩く。ぽん太は、残飯を三皿、テーブルの上でもくもくと食べていた。バイキング形式、どれだけ食べたところで誰にも文句は言わせない。月の民族が出したゴミは、エンドレスに次から次へと食堂に運ばれてくる。ぽん太は、セナを見て、キャベツの芯を口の中で頬張りながら言った。

 「セナ、お前も食えよ。食わなきゃ、死ぬ。それだけは・・・・・。生き残るんだ、季節が巡りきるまで」

 ぽん太の口から生ゴミの臭いが漂う。セナは、逞しい敗者の顔を見て、少し呆れたように笑った。

 「ああ、そうだな。食って食って生き残らなきゃな。季節が巡りきるまで」

 セナは、ゴミをつつきに行った。セナも電子レンジで温めた三皿の残飯を手に持って、ぽん太の前に座り、夕食を共にした。ぽん太は、誰かと一緒に食事をするのが嬉しかった。今まで、この収容所内で感じてきた孤独感が一瞬、完全に消える。暴動からどれ程の時間が経ったかは、わからない。いつも、労働の中で、時間の流れを見失う。それでも、その見失った筈の時は、二人の体に強さを残していった。痩せ細っていた二人の敗者は、無気力に死を待つだけの敗者と比べて、二周りほど大きくなっていた。食べるもの食べて、摂取したタンパク質を強制労働の中で鍛え上げ無駄のない筋肉をその体につけた。ぽん太もセナも体中、殴られ続け青アザだらけだった。それでも、特に大きな異常が見られない。気持ちが強いと体も強くなる。ただ、ぽん太の視覚神経だけは危機的な状況に陥っていた。腫れ果てたぽん太の上瞼も下瞼も、その腫れが引く様子はない。ぽん太は、食堂で与えられた飲料用の汚水を目にかけて冷やすが・・・・冷たさすら感じなかった。白と黒の世界が、混ざり合いぼやけていく。


 二人は食事を終え、食堂の外へ出た。百円ライターで闇を照らしながら四十二棟へと歩いていく途中、ハラハラと雪が降り始めた。セナは、空を見上げ、感慨深げに言った。

 「始まったな・・・・・本当に冷たくて厳しい冬が・・・・」

 ぽん太は、掌に雪を掴んだ。冷たかった。雪の欠けらは、一瞬でぽん太の掌の上で溶けて、水に変わった。収容所内を吹き抜ける風が、心なしか今まで以上に冷たくなった気がした。

 「厳しい冬・・・・・・」

 ぽん太は、降り始めた雪に語りかけるようにして呟いた。



 労働後、ぽん太とセナは同じ牢屋で体を屈めながら、ストレッチをするようになった。あまりに狭いところに閉じ込められ続けたせいだろう。まるで中国雑技団の体をクネクネさせちゃう子供のように、関節が逆に曲がるようになった。軟体動物のように二人はストレッチをし、その日の強制労働の疲れが溜まった関節をほぐした。ぽん太とセナ・・・・環境適応能力が著しく成長していた。そして、ストレッチしながら、二人はどちらとともなく思い出を語り始める。それが、小さな暗闇の中、朝まで続く。眠気なんて全く感じない。寝ずに語り合う二人の青年。窮屈な場所に閉じ込められている筈なのに、心はどんどん解放されていく。眠らなくたって生きていけると信じられる程、お互いの身の上話を、二人は求めた。睡眠時間を削り、語り合う言葉の中に、二人は共通点を見出していく。そして、少しずつわかりあえていく・・・・・その感覚に二人の敗者は興奮していた。

 「俺は、確かに画家だったよ。一人の女が喜ぶ顔が見たくて絵を書いていたら、うまくなった」

 ぽん太は、あの長屋に描かれた混乱した絵を思い出す。あの絵に至るまでにセナに何があったのか。

 「その女の人が、ハルさんって人?」と、ぽん太は訊いた。闇の向こうから答えが返ってくる。

 「うーーーん。うん。そうだな。ハルだ」

 セナは、自分の心の大切な部分に触るのをためらうように、すこしもったいぶりながらぽん太にそう言った後、少しの間を置いて、自分自身について語り始めた。

 「俺とそのハルって女が一緒に育った月の田舎町『涙』ってとこは、本当に涙の雫を集めたような透明で澄んだキレイな川が流れていたんだ。その川の側で、俺は物心つく前のガキの頃からオヤジが趣味でやっていた絵の道具を持ち出して、色んなものを描いていたんだ。イーゼル持ち出して、その上にスケッチブックのせて、川を楽しそうに泳ぐ親子魚の絵や、川の側に咲く美しい花とその周りを飛ぶ楽しそうな蜂の姿・・・・そんなものを飽きもせずに自由気ままに描いていた。最高にはじけてたな、あの頃。そして、絵を描いている俺の側にはいつもハルがいた。ハルは、同い年で同じ町内で暮らす女で、昔からよく遊んだ。幼なじみってやつ。ハルは、俺の横で飽きもせずに来る日も来る日も嬉しそうな顔で俺が描く絵を見ていたな・・・・。こんなの見てもおもしろくないだろう、どっか行って、ママゴトでもしてろよ、と俺が言うと、こんなにキレイで優しい絵を毎日見れるなら、私、ママゴトなんてしなくていいよ、全然、って奴は言うんだ。まだ、五歳の女の子が、可愛らしい耳をピョンと立てながらそんなマセたことを言うんだぜ?ま、でもハルがマセてたとかはどーでもいいとしても、今振り返ってもあの頃の俺は、月の五歳児の中じゃ、ダントツに絵がうまかったと思う。いや、比較対象を十二歳まで広げても、月面じゃ、俺が一番絵がうまかった筈だ。・・・・・・キレイで美しいんだ、俺が育った『涙』の景色は・・・・・。あの景色を三歳の頃からお絵かきしてりゃ、そりゃ絵も自然とうまくなるさ」

 「でも、セナは敗者になった・・・・それ程の才能を持ちながらにして」

 ぽん太は、天才が敗者に成り下がる理由がわからなかった。天才は、賞賛され、褒め称えられながら、幸せな未来を生きていくのだと思っていた。しかし、天才ほど・・・・苦しい人生もないことを後で気づく。あらゆる全てを凌駕した才能とは、批判と嫉妬の対象になり、賛美の対象には成りえないのだと・・・・知った。

 「何でだろうなぁー、何で俺は敗者になってしまったんだろう・・・・首都に出て、絵描きを目指して」

 セナは、わかりきっている答えをあえて、ぼかして・・・・久かたぶりに、自分に聞き返すようにして、敗者になった自分の運命を思い出そうとした。そして、ため息を一つついて言葉を続けた。

 「・・・涙で育った俺が、あまりに純粋で未熟で傷つきやすかったからだろう。そして、俺の描く絵は、あまりに優しくて美しすぎた・・・・現実に見る濁った色彩を遥かに越えた透き通る色使いが、汚れきった感性を持つ人達に恐怖感を与えてしまった。優しく美しいものは、この世に存在するだけで、人々の嫉妬や恨みを買う。別に、そんなに大安売りをしてるつもりはないのに、人々は美しいものの本質に、妬みを見出し、陳腐な罵倒を持ってそれを買おうとする。美しいものを美しいと思うのが怖いんだろうな・・・。美しいものを目の前にするとそれを見てはいけない罪悪感がなぜか湧き上がってくる。あまりに世界が醜いと、美しいものは、非現実的なものとして、受け入れられなくなっていく。批評家は、エキセントリック且つ醜い欲望が絡まる芸術を望み、田舎町の美しくセクシーな耳を持った月のウサギの少女の微笑みなんかには、目もくれないないのさ。批評家に絵が描けると思うか、ぽん太?」

 「ううん。描けないと思う」

 「そう。そして、絵の描けない連中達が、一斉に俺の作品をあれやこれやとけなし、罵倒し、こき下ろした。考えられる全ての言葉を持って、俺の作品は嘲笑された。悔しかった・・・・・。今まで、ハルが笑ってくれて・・・喜んでくれていた絵を滅茶苦茶に言われて。そこには、思い出があるから・・・・。俺は、必ず、俺を馬鹿にする奴等を見返してやろうと思った。そして、俺は、絵の描けない連中に復讐してやろうと思い・・・・少しずつ狂っていったのさ。そう、そして奴等が望むもので賞賛を得るために、醜い絵を描き始めた。俺は、自分を見失い、何を描いても、何を描いても・・・・今まで描いてきたものに未練が残る。そして、あらゆる感情が中途半端に混ざった未完成の絵を・・・・何百枚と描いた。たったの一枚ですら描ききれる絵はなかった」

 そこまでセナが話したところで、強制労働の始まりのサイレンが鳴った。眠る暇もなく、四時間はあっという間に過ぎた。ぽん太達は、牢屋から出され、厳重警戒の中、工場へと向かって通勤した。ぽん太は、鎖帷子を編む。セナは、首元にGの番号を焼き付けられている。銃弾を延々と作り続ける作業に従事していた。

 ぽん太は、鎖帷子を縫いながら、弱った視界で見る鎖帷子の縫い目に想像力を絡ませて、幻想を見た。セナが、育った田舎町『涙』の風景・・・・そして、ハルという女性の笑顔を。そのハルさんの笑顔が、少しずつ心に残っているたんぽぽの笑顔と重なっていった。そして、その笑顔が完全にたんぽぽになった時、ぽん太は縫い目を掛け違えて、作業監視員に棍棒で殴られた。たんぽぽを思い出すと、殴られて、痛みを覚える・・・・・・たんぽぽのことを思い出すことに臆病になるが、それでも思い出してしまうあの美しかった・・・・・笑顔。ぽん太は、殴られる度に、床に這いつくばり、口から粘っこい唾を垂らした。その度に・・・・死ぬ訳にはいかない・・・・と自分に言い聞かせた。なぜなら、まだセナが語る彼の物語は途中だったから。続きを聞かなければいけない。そして、いつか月の田舎町『涙』に広がる美しい情景を見たいと思った。ぽん太の心には、今・・・・セナの苦しみや悲しみ・・・そして愛の記録が入り込んできていた。それを、自分とリンクさせ始める。ぽん太は、よりセナに近づきたくなる。そして、自分以外によく知ることのなかった敗者が見た光景を知りたい・・・・自分と同じ光景なのだろうか。

 早くセナの話の続きを聞きたくてそわそわ仕事をするぽん太。鎖帷子のノルマを編み上げて・・・・品質はギリギリ、敗者の死体を火葬し電力に変え、食堂でセナに出会い、二人で牢屋に帰っていった。


 「でっ、それで?」とぽん太は、眠い素振りすら見せずにセナに話の続きを聞こうとする。セナは、一日仕事をして疲れた顔をして、あくびをする。

 「寝ようぜ」と、セナは力なく言う。

 「嫌だ、眠くない」とぽん太。セナは、長い耳の裏を少しイライラしながら掻いた。

 「眠ったほうがいいんちゃう?死ぬぜ、明日」とセナ。どうやら、『涙』は、月面の西にあるらしい。セナは、たまに方言が出る。その言葉が、日本で育ったぽん太に流れる血液中の月の言葉の翻訳細胞で、関西弁に訳される。

 「明日死ぬかもしれないから、今、聞いておきたいんやん、セナ、天才の癖にアホやね」とぽん太は牢屋の暗闇の中、セナの顔がある辺りに向かって西っぽい感じで返した。セナは・・・・・しつこい同居人に呆れながらも微笑んだ・・・・・ああ、そうだ、明日死ぬかもしれないんだ・・・・とセナは、ふと現実的になる。なら、今日・・・も、また、眠らずに語ってもいいかもしれない。いつ死ぬかわからないのなら、今、語れることは語らなければ・・・・自分が死んだ時、心に残るのは誰にも伝えられない後悔の遺言・・・だろうから。

 「しゃーねーな、語ったるわ」とセナは、両腕を伸ばし、ストレッチを何度かして、大きなあくびをしてぽん太に言った。しかし、語り始める前に、セナは一つ、ぽん太に忠告した。

 「一時間半だ。ええな、それ以上は、語らん。二時間は、寝なきゃ死ぬ。生きてる限り、どれだけでも語ったるから、明日も生きるんや。明日死んでもいいと諦めた気持ちで、俺もお前も死ぬために夜更かしするんちゃうからな」

 セナの言うことは最もだった。ぽん太は、まだまだ幼稚で生き残ると自分に言い聞かせるものの、明日を生きること、明後日を生きることの意味をわかっていない。いつ野垂れ死んでも、それは、ある意味で仕方なく、ある意味で幸せだと思っていたから・・・・・何もかもを捨てて死ねることを・・・後悔は、残るけど。

 「ええな?」、とセナは言う。ぽん太は、「うん」と素直に肯いた。

 セナは、ため息を一つついて、疲れきった精神を握り、記憶の中、過去の泥沼の中に押し込むように話始めた。

 「えーっと、どこまで話したっけ。ああ、俺が、真っ白なキャンバスの上に、表現すればするほど叩かれた。そして、一枚の絵すら描き切れなくなったってとこまでか。俺をけなす全てに復讐してやろうと心に誓ったって話か。あああああああああ、俺は、今まで積み上げていたものを全て捨てたんや。美しい絵・・・・優しい筆遣い・・・何もかも捨てた。奴等を見返してやりたかった。でも、今、思えば、あの捨てっぷりは、奴等を見返したかったんじゃなくて・・・・・今まで自分の積み上げてきたものを、これ以上批判されるのが怖くて、やってしまった行為かもしれない。もう、あれ以上・・・・育った故郷をけなされるのも、ハルの笑顔を見たくて自然と身についてしまった筆遣いと感性を罵倒されるのが怖かったんだ・・・・俺が、生きてきた全てを否定されるようで。だから、俺は、俺の描く絵を捨てたんだ・・・誰もけなせない、俺の心の奥底・・・誰の手も届かない場所へ捨てた・・・いや、そこにしまいこんだんや。そして、俺は、醜いものを描くようになったのさ。ふしだらな欲望を旨そうに食らう感性を失った悪魔のためにな。

 醜いものを描くっていうことはどういうことか、わかるか?命を削るってことだよ。道徳に反し、正義に背き、神を冒涜し、暴力を肯定し、快楽に溺れる。俺は、全てやったさ・・・・・・合法ドラッグという不純度数の高い悪酔いしかしない劣悪な薬を胃の中にサプリメントのように突っ込んで。俺は、狂い始めたさ・・・・でも、俺が描く絵は俺以上に狂い始めた。もう手がつけられないのさ・・・悪魔が描く絵・・・・天使の心を持っていた俺は、絶望したさ。でも、その絵は、確かに俺の手が描いたんだって感覚が指先に残ってるんだ。目に映るキャンバス地に刷り込まれた絵の具のドス黒さに唖然とした。でも、その絵を見て、批評家や一般ピーポー達は、俺を天才と呼ぶようになったんや。

 賛辞の嵐に俺は、吹き飛ばされそうになった。

 ・・・・・・・・。・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・。

 俺は、その賛辞が嬉しかった。認められた・・・・その感触が嬉しくて俺は、自分を見失った。そして、俺は、どんどん過激に、狂いながら醜い絵を描き続けた。自分をどんどん追い込んでいく。そして、絵が描けなくなる度に薬に手を出すようになる。合法から違法ドラッグへ。不純な薬からもっとピュアで飛べる薬へ。俺は、どんどんぶっ飛んださ・・・・そして、薬漬けの想像力は、名声を得るために・・・・・俺を馬鹿にした奴等を見返すために、美しくて優しいものを完全に鼻で笑うようになった。でもな、それで絵が描けていた時は、いいんだ。いくら薬を使ったって、どれだけ想像力と感性を絞ろうと描けなくなる時が来る。命を削りきった結果だ・・・・・。命を削りきってしまって、体の中は空っぽになるんだ。何もなくなる。心臓の鼓動すら聞こえない。白いキャンバスを目の前にしても・・・・・・それはただの真っ白な風景で、そこに何かを描こうという気はおきない。完全に抜け殻になった。感性は果てた。それからまた批評家や俺の絵を買いたいと言っててきた奴からの罵倒が始るんだ。

 セナは、終った。納期を守らない画家。この世に存在する言葉は、すべて罵倒しかないと思ったよ。そして、何も描けずに狂い果てた俺・・・病院に担ぎ込まれて・・・薬漬けで幻覚を見て暴れないように口輪をされ、体をベルトでぐるぐる巻きにされて入院した俺の元に、ハルがやってきたのさ・・・・田舎から。薬漬けになって腐った俺を見て、ハルは泣いた。聞けば、あいつは泣かなかった日は一日もなかったという。俺が田舎出て、絵を描き始めて・・・・・苦しみばかりを描いて、ずっと助けて・・・と叫んでいる絵を見て。でも、助けに来られなかった・・・・。助けに来るということが、俺のプライドを粉々に砕き、再起不能にすることを知っていたから。だから、あいつは、ただただ、月の女神に祈り続けたらしい、ただ、俺が復活するように・・・・・・・。でも、廃人になった俺を都会で一人でほっとけないハルは田舎から出てきて、俺を田舎に連れて帰った。そう・・・あいつは覚悟を決めて、俺を助けに来たんだ」

セナは、そこまで語って、黙った。そして静かに言った・・・・・「一時間半だ。明日を生きるぞ」と。

 セナは、計ったように話を打ち切り、眠りに落ちた。一瞬にして、さっきまで言葉を語っていた口元は、寝息を漏らした。ぽん太は・・・・・何だか悲しくなった、セナの人生に。ぽん太は、目を閉じて、眠った。明日、またセナの話の続きを聞くために、生き延びなければいけない・・・・・ぽん太の瞼は、意志を感じながらゆっくりと闇と視界の間を閉じた。



 雪は、降り止まずに敗者収容所に積もっていった。工場に向かうぽん太の吐く息は、真っ白。ぽん太のツラの皮は、外のひきつるような寒さに凍って切れてしまいそうだった。自然と無表情になる。百円ライターの火は、冷たい風に吹き消される。まっくらな闇に浮かび上がる白い斑点の中をぽん太は、下を向きながら歩いた。敗者や軍人ウサギ達が踏みしめた雪は、土と混ざり、黒く濁り、その汚れた白さは、醜かった。ぽん太は、雪を踏みつけ、染み出してくる冷たい水を靴の中、つま先で感じる。足場が滑る・・・・敗者の群れは、転んでばかりいた。ぽん太は、毎日、雪でびしょびしょになった服を、火力発電所の火葬場で乾かした。少しでも風邪を引かないための努力・・・・・。

 「くしゅん」

 くしゃみの後、垂れてくる鼻水が、ぽん太の乾燥肌の上に流れた。


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