③
水星には猫科が住む。
ライオン、虎、豹、チーター、パンサー、ジャグワー、そして普通の猫等等。
恩知らずで気まぐれなくせに、個々の戦闘能力だけは異常高いこの水星の民族の悪戯や乱暴に宇宙は困り果てていた。
水星のボス、ライオンキングは幼き頃より地球や月、冥王星など様々な惑星への留学経験から常識と分別はわきまえていて、彼の指導力は並々なものではなかったが、しかし、個人主義を極めたようなわがまま放題の民族をまとめあげるのには苦労をしていた。
水星の猫達は、マグロの刺身やマタタビや縄張りを巡っては内紛を繰り返し、時に、外の惑星に鼠や小動物、お魚やツナ缶を強奪するという暴挙に出たりもした。水星内での縄張り争いに負けたものが、外の惑星に出て、食料を奪い上げてしまい、中には現地の惑星の住人に噛みついたり、引っかいたりして、危害を加えるものもいた。そんな自由気ままに生きる猫科の振る舞い達に宇宙は閉口していた。ライオンキングも宇宙サミットに出席する度に各惑星からの非難の声に頭が上がらない状態だった。
そんな荒れくれ者ばかりの水星の猫達だったが、月に対してはよーくなついていた。月は、夜の闇の中であらゆる生命の可愛がり方を心得ている。そんな月の可愛い可愛い撫で撫で撫でが、もっともツボにはまるのが猫達だった。
月の前で猫達は、ごろにゃーーーんと可愛らしい声を出し、頭を何度も月明かりに擦りつけ、温かな夢に喉をゴロゴロゴロゴロ鳴らした。月にとって水星は、憎めない可愛い奴等だったんだけど・・・・月以外のあらゆる惑星にとっては水星など無意味で無用で厄介なただの迷惑惑星だった。
この乱暴者で無法者達が生息する水星を潰す提案
『征水論』が太陽を議長とする宇宙サミットで賛成多数で可決された。
反対したのは月だけだった。ライオンキングの代わりに水星の代表として会議に出席していた猛虎は、サミットが下した結果に怒りを露わにしたが全く聴き入れられず、宇宙サミットの各惑星首脳の顔を睨みつけながら、戦争準備のために星へと帰っていった。
月の民族の代表である月の主と呼ばれるウサギは、その長い耳をいろんな惑星の意見に傾けながらも水星を強引に力を持ってねじ潰そうとする大多数のあまりに簡潔にして、短絡的な考えには同調できなかった。厄介だから消せばいいというのでは、この宇宙の秩序は偏りはじめる。
月の主は、宇宙サミットにおいて必死にロビー活動を行い、各惑星の首脳の考えを変えようとしたが駄目だった。月の主の雄弁かつ論理的で知性に溢れた説得にも頭を縦に振るものはいない。
月の主を筆頭に、月の民族にとって水星の猫達は、悪戯がちょっと過ぎる可愛い奴等でこそあれ、根が悪い奴等ではないということがよーくわかっていた。
月の主が恐れるのは、水星を潰すことで宇宙全体のバランスが崩れること。
どんなものごとにもバランスがある。善があれば悪もある。善だけでも悪だけでも世の中は回らない。どんなこともバランス良く存在しえるから、色々あるが宇宙の平和は守られている。一方的に水星を潰せば、宇宙はバランスを崩し、何らかの不均衡が起こることは必至だった。それを月の主は恐れた。そう月は、宇宙のバランスを程よい状態にコントロールするために月明かりを発し続けるから・・・・・どの惑星よりもバランス感覚は優れている。しかし、サミットの席上で月の意見は全く聞き入れられなかった。宇宙に重たーーーーい緊張が走り始めました。
そして、太陽主導で征水論は実行に移されてしまいました・・・・。
宇宙の悲劇の幕開け・・・・。
まず、猛犬荒くれる太陽の精鋭が水星に攻め込み、その後、各惑星から援軍が出た。月は、全てを力でねじ伏せようとする太陽主導の連合軍には兵を出さなかった。その月の態度に、現実の支配者である太陽の民族は怒り狂った。
太陽の意向を汲まない月の姿勢に、太陽の大衆達は、「この世の全ては太陽が成すべきことが正しい」と主張した。太陽の世論は月に対して猛烈な批判を始める。そんな沸騰する世論をよそに、政界から引退した太陽の主は、月の態度に理解を示す部分を持っていた。かつては、同じ民族だった筈の太陽と月の民族は、時の流れの中で少しずつ別の進化を始め、犬とウサギに別れた。その長い歴史の中における二人のカリスマであり大親友であった、太陽の主と月の主。寛大なる太陽の主は、そのでっぷりと太った体をのそのそと動かし、太陽の軍が水星に攻め込んでいた時には肥満を解消するための狩に出ていた。
宇宙に輝く月を見て、太陽の主は呟く。
「お月どん、おいは、もう引退しもした。とっても世論をとめもさん。ぬししかおりもさん、お月さん・・・・この宇宙を救うのは」
太陽の主は、引退したとはいえ、太陽の心の拠り所であり続けた。だが、太陽の主は、引退してから何も語らなくなった。まだ、三十を少し過ぎたばかりの太陽の主の顔には肥満による体調不良に苦しむ影が浮き出ていた。
「チェストー」
「チェストー」
「チェストー」と、太陽の鍛え抜かれた猛犬軍団が大声で吠えたてながら、水星の猫科を退治していく。犬は統制の取れた集団戦法で猫に襲い掛かった。
猫は、集団で戦う術を知らない。
一匹、一匹は、犬に負けない宇宙最強の戦闘能力と身のこなしを持ちながらも常に個人プレーのために大勢を相手にする戦いでは非効率極まりない。
ライオンキングは、そんな猫科の特性を十分に踏まえながら、それでもなんとか個人主義の猫科の軍隊を纏め上げようとするが・・・・・猫達は内輪もめする。
百獣の王は、冷たい汗をかく 。
太陽の精鋭軍達は、火気を十分に使いこなし、銃弾で猫を威嚇した後、「チェストー」と叫び、猫の首根っこに噛み付いた。
太陽の軍隊の吠え立てる声は鳴り止まない。
猫達の死体が水星の大地に積み上げられていく。
自由気ままに生きた猫達は、現実の支配者に殺されていく。その残酷な有様を月の主は嘆いた。目から零れ落ちる涙が凛々しい髭を濡らす。再生と幻想を司る月の民族達は、太陽の強引なやり方を許せずに、その長い耳をぴんと立て、征水論の果てにある未来が奏でるどんな些細な音も聞き逃さないようにしていた。