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『ああ、敗者絶滅収容所』
差別主義は、いつ勃発しても不思議ではないのだろう。土星人であろうが、金星人であろうが、地球人であろうが、日本人であろうが、ドイツ人であろうが・・・・・・人と名のつく人達は、困難や苦境に陥り、何もできないまま悪化していく環境の中で自らの非力を恨む時程、その劣等感のはけ口を必死になって探そうとする。そして、一度、責任の転嫁先を見つければ、その存在達を食材を扱うようにして、憎しみという包丁で千切りに切り刻んでいく。差別し、忌み嫌うべきもの達をあらゆるレシピを使っては料理する。そこに慈悲などない。鶏肉をぶった切るようにして、差別すべき存在達をぶった切る。差別すべき対象を食い尽くすまで、その台所仕事は続き・・・・料理は作られていく。敗者という素材を使って・・・月人のウサギ達は、レシピを吟味し、包丁を磨ぎ、下ごしらえを始めた。
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輸送車は道なき悪路を進んでいく。車体は激しく上下左右に揺れる。荷台に詰め込まれた敗者達の中には乗り物酔いを起こし、青ざめた口元からゲロを吐くものもいた。荷台の中は、生き物達の生の臭いが充満していた。体液の鼻をつく匂い、体臭の胃を締めつける臭い・・・・・。鼻腔を抜けていくつんざく臭いに合わせて、敗者達の体温が沸騰し、汗となって湯気にになり、荷台の中に蜃気楼のようなもやを作っていた。ぽん太は、押しつぶされ、顔を歪ませながら、ゆらゆらと揺れる蜃気楼を見ては、目眩を起こし、意識がぐるぐると回った。どれ程の時間、車は走り続けていたのかわからなかった。濃く、重たく、凍ったような時間が、敗者に一秒という瞬間の長さを思い知らせる。永遠にも思えた・・・・・。
ぽん太は、終わりの見えない時速で走り続ける輸送車の中で、圧死寸前だった。
「これで・・・俺も終わりだな・・・・」
ぽん太は、心の中でそう言って、全てを諦めて自分に別れを告げようとしたその時、輸送車の運転手ウサギは乱暴なブレーキーを踏んだ。まるで、心臓発作で急死するかのように、激しい衝撃をその車体に走らせ、輸送車は止まった。圧死する直前で、ぽん太の死因が急性心不全に変わるところだった。一瞬の静けさが辺りに広がった。その静けさは、死よりも恐ろしい生の苦しみの舞台上映を知らせる劇場のブザーのようだった。幕が開くようにして、敗者を積み込んだ輸送車の荷台の扉が開かれる。そこに差し込んでくる光はなかった。ただ、闇があった。その闇の中を耳が短くなったウサギ達が懐中電灯で照らす。その懐中電灯の光は、まるで文化祭の劇で使用するピンスポットのライトのように・・・・・これから舞台で、苦しみを全身全霊で表現する敗者達を照らした。照らされた敗者達の顔は・・・・舞台に上がる緊張ではなく・・・・・舞台に上がる恐怖で青ざめていて白かった。その白は、化粧をしている訳でもないのに・・・・・スポットライトに照らされても映えるように、どうらんを塗りたくったような濃い白だった。
「積み下ろせ!」
何百台にもなる輸送車を取り巻く万単位のウサギ達の中で偉そうな顔した奴等が、口々にそう叫んだ。下っ端ウサギ達が、その命令に従い、次々と敗者を荷台から引きずり落とし、地面に投げていく。まさに・・・・ゴミ収集車が、積み込んだゴミを焼却場に吐き出していく作業だった。ゴミ収集員であるウサギ達は、敗者をまさにゴミとして扱い、そこに『命、取り扱い注意!』という作業マニュアルはないようだった。
ぽん太は、激しく地面に投げ捨てられ、叩きつけられた。右頬から地面に落ち、右目と右耳、唇の右端を頂点とした三角地帯に大きな擦り傷を作った。血がダラダラと・・・・・生ゴミの汁のようにたれてくる。傷には地面の小さな石がめり込み、渇いた土が血と混ざり合い泥状になりしみ込んできた。倒れこむぽん太の上に、敗者が投げられてくる。その敗者は、ぽん太の背中の上に落ちてきた。
「うっ・・・・・」
ぽん太は、その重みに、吐き気を催し、背骨を軋ませ、顔を歪ませた。歪ませた顔が頬の皮膚を縮めて・・・更に血を絞り出した。耳障りな音がぽん太の顔の周りで飛び回っていた。ぽん太は、目を細めて、そのブンブン言う音の正体を、ウサギ達が微かに照らす懐中電灯の光の中に見た。蝿と蚊が結婚して生まれた混血児のような姿をした虫・・・・それもイナゴの大群のような無数の数で地面に這いつくばる敗者の周りをブンブンブンブンと飛び回っていた。血が流れ出すぽん太の右の頬にその虫がへばりつく。敗者の血を旨そうに舐め舐めする。ぽん太は、必死にその虫を払おうとするが・・・虫は、そんな無駄あがきをするぽん太を無視する。敗者に対してビビリもせずに、堂々と蝿の顔をして蚊みたいに長い口ばしを持つその虫は、勝ち誇った表情で血をすする。
ぽん太達敗者が連れてこられたのは、光が存在しない月の裏側。そこは、冷え切った空間なのに、湿気でジメジメする。敗者達は、自分の身も心も凍っていくのに、カビていく感覚に襲われる。冷たい空間で、冷たい汗が敗者の体から滲み出る。その毛穴から分泌される体液は、辺りを飛び交う虫の喉を潤す。虫の大群は、敗者の体内で発酵されて皮膚の上に染み出すあらゆる体液を飲んでは、酔っ払う。狂ったようにあたりを飛び回る。
「おら、起きろ。いつまで寝てんだ、敗者の分際で」
ぽん太は、軍服を着たウサギに後頭部を踏みつけられた。重たい軍用ブーツに踏まれ、頭蓋骨にヒビが入ったような気がした。ぽん太は、何も言えないで踏みつけられている。
「起き上がって、早く列に並べ、この糞地球人」
ウサギは、踏みつけて髪が乱れたぽん太の後頭部に唾を吐き、次の敗者にも同じことをするために移っていった。
「おら、起きろ。いつまで寝てんだ、敗者の分際で」
同じ台詞が聞こえてきた。懐中電灯の光の筋があたりを飛び交う。倒れこんだまま立ち上がれない敗者は、リンチされていた。荷台で既に圧死していた敗者は、その場で火炎放射器で燃やされた。死体は、中途半端に黒焦げになる。焼くのは、ただ死んだ者と生存者を区別するためだけ。ミディアムレアな死体は、虫に食わせてやる。ぽん太は、あたりに広がる半焼けの香ばしい死臭に鼻の奥がむかついているのを感じた。ぽん太は、虫が絡みつく悲しげな表情を歪ませながら、儚げな世界に従順な姿勢を示し立ち上がった。ただ、ただ・・・・リンチされるのが怖かった。暴力が平然と繰り広げられる光景に身が震えた。起き上がったぽん太の目に映ったもの・・・・それは、たいまつをもつウサギが作る一筋の道・・・・。ウサギ達は、敗者のために、まるで卒業式に卒業生を送り出すように花道を作るっている。敗者が長く長く一列に並んでいる。その両脇をたいまつを持ったウサギが軍服を着て立っている。そのウサギ達は、一列に並ぶ敗者に終わりない罵声を浴びせていた。その敗者の列は、巨大な工場のようなものが二・三十棟建ち並んだ工業地区のような場所に向かって伸びていた。そして、その工業地区の回りには大きな壁が立ち、まるで要塞状態になっている。壁がない場所もところどころあったが、そこには何重にも有刺鉄線が張り巡らされていた。壁の上には、数え切れないほどの監視塔があって、そこから大きなスポットライトで闇の中で不審な動きをする敗者がいないかどうかをチェックしている。監視塔からマシンガンが乱発される音が微かに聞こえた・・・・。ぽん太の耳の奥に、その銃声はいつまでもこびりついた。
「あれが・・・・敗者絶滅収容所か・・・・・」
ぽん太は、幻想の中で生きている気分なのに・・・自分が呟いた言葉が、妙にリアルに耳に届く感覚に違和感を感じた。そこら中で、違和感が細胞分裂を起こし、にやにや不気味な笑いを浮かべているような気がする。「嘘じゃないよ、嘘じゃないだ。お前が見ているものと感じているもの、全て嘘じゃない・・・二つの間に生じるズレさえも真実」とにやにや笑う違和感がぽん太に語りかける。
収容所内からは、怪しげな煙がいくつも空に昇っていた。冷たい空気の中をぽん太は、たいまつを掲げるウサギ達の方へと歩いていった。リンチが行われている暴力の隙間を縫って足を前に進ませ、ぽん太は列の最後尾に並んだ。乃木坂トンネルを抜けて月へたどり着いた時も列に並んだっけ・・・・とぽん太は思った。でも、あの日と違うのは・・・・見上げる空は闇に闇を重ねて塗ったような暗闇で、星の輝きは皆無だった。並んだ敗者の列には、老人もいれば、子供もいたし、家族連れもいた。男もいれば、女もいる。まるで宇宙の生命図鑑のようだった。色んな惑星から着た色んな生物・・・敗者が並んでいた。そして、皆、泣いていた。両脇のウサギから乱暴に投げつけられる罵声が、石のような硬さでプライドという心の奥底にしまった壊れ物を粉々に割っていく。
「敗者にプライドなんてないだろ。はははははは・・・・何、泣いてんだ。こいつ。はははははは」
ウサギ達は、たいまつの炎を敗者の涙に近づけ、泣き顔をマジマジと嘲るように見つめて笑う。
そこら中から聞こえる泣き声が痛かった。子供が大声で苦しそうに泣く。老人が、しくしくつらそうに泣く。若者が絶望して、大粒の涙を零し、すすり泣く。中年が過去を振り返り、後悔を目の端に浮べ泣いていた。ぽん太は、その光景を見て・・・なぜだかもらい泣きをしてしまった。ぽん太も罵声を浴びせられた。
「なんだお前、がりがりのタヌキみたいな顔しやがって。それでも地球人か。お前を産んだ母ちゃんは、獣産んで、さぞや心苦しんだだろうよ。生まれてこなきゃよかったな・・・このタヌキ面」
ぽん太は、ウサギの罵声を聞き流そうとする。でも、鼓膜はその罵声をしっかりと心に届ける。心が痛む。痛んだ心を癒す術を知らないままぽん太は、敗者の列に並び、ウサギから発せられる罵声を聞かないようにと心を閉じる支度を急いでした。それでも、いくら支度をしたところで耳は音を遮れない・・・鼓膜を破らない限り。鼓膜を破りきれないぽん太は、両脇からの罵声を無抵抗に心の中に受け入れる。涙がとめどなく流れ続ける・・・・・・。なぜ、馬鹿な自分を、ここまで馬鹿にされるのがつらいのだろう・・・・・。馬鹿が馬鹿と言われたところで・・・・傷つく筈もないのに・・・・それを、真実として受け入れられない自分がいる。
列もある一定の境界線を越えると様相が変わる。儚さというパンに悲しさというバターを塗って、その全てを食べずにトースター内で焦がして・・・・真っ黒こげにするような現実がぽん太の目の前に広がっていた。敗者という敗者は、列が前に進み、ある境界線を越えたところで裸にされた。男女関わらず身包みを剥がされ、持っていたもの全てを取り上げられた。ぽん太も裸にされた・・・・ぽん太は、裸にされたところでたいした抵抗感は感じなかったが・・・・・・・服を脱がされるのを嫌がり必死に抵抗する少女の姿が目に痛かった。目薬の変わりに塩酸を瞳に垂らす感覚に似ていた。裸にされるのを嫌がる・・・敗者である女の子は、処女が多かった。色んな惑星から女の子が来ていたが・・・・・どの星の少女も処女を必死に守ろうとしていた・・・・いつか愛するであろう男性のために。ぽん太は、たんぽぽの処女を奪った自分の存在を情けなく思うとともに、彼女達の穢れなき肌を・・・・処女を守ってやりたいと思う気持ちが高鳴る。それでも、何もできないまま・・・・少女達は、裸にされ陵辱を受ける。そして、処女を奪われ、穢れてしまったと嘆く少女達は、たいまつを持ったウサギ達に弱弱しい力で、精一杯の勇気で殴りかかった。皆、銃殺された・・・・。銃弾が少女達の眉間を突き抜ける・・・。ぽん太は、その光景を見て・・・・色んなことを思い出し、涙を流した。ぽん太の両脇には、たいまつを持ったウサギ達がいる。何も出来ない自分の非力が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・苦しい・・・・・。まさに、少女達は、見せしめだった。残虐な光景を見せられた敗者達は、従順に屈辱に耐えながら服を脱ぎ、寒空の闇夜に裸になる。そして、凍えていた・・・・・。裸の敗者達が、秋も終った冬の寒空に裸で並んでいる光景を見て、たいまつを持ったウサギ達は、皆、腹を抱えて大笑いをした。
笑われながらも敗者は前に進んだ。逆らえば、そこに死があることは、誰もが裸にされて皮膚に浮かび上がる鳥肌で知っている。鳥肌は、従順に与えられた餌を食らう鳩のように大人しかった。
敗者は、絶滅収容所の大きな門の前で、健康診断を受ける。ぽん太の目には、明らかに働く体力のない老人や、病弱な者は・・・・・他の敗者とは違う道を歩んで行くように思えた。収容所の門をくぐって、右側。小さな子供を三人抱えた疲れきった母親が右側の道を行くように健康診断をする医者に命じられた時、ぽん太の心は激しく動揺した。母親が敗者であったがために・・・・・きっと・・・・毒ガス室に送られるであろう働くには幼すぎる子供達の後ろ姿がぽん太の瞼に焼きつく。歴史で学んだ、ナチスのガス室の記憶が…あの頃、現代に生きている自分には関係ないと思っていた知識が…おぼろげに思い出される。あああああ、あの母親に連れられた三人の幼い命は、毒ガス室で短い命に終わりを告げるのだろう・・・・ぽん太は、ウサギには見せられない涙を眼球の裏側で流した。
「彼等には・・・・罪は、ないのに・・・・」
ぽん太は、ウサギに悟られないように・・・・心の奥の奥・・・秘密をしまいこむ小箱にその呟きを閉じ込めた。口に出せば、自分が半殺しにされるのはわかっている。
「右側の道・・・・右側の道・・・・・以外・・・」
ぽん太は、それだけをどこにもいやしない神様に祈った。闇の中、ウサギの持つたいまつに照らされた敗者達は、皆、右側の道の意味を薄々感じ始めていた。処分・・・ガス室・・・。何気に宇宙中に知られている地球で起こったファシストの歴史・・・そして、ナチスのしでかしたこと。知識で終るべき筈だったことが、目の前に繰り広げられ・・・その被害者になるのは、自分なんだと・・・気付かされる。信じたくない真実に敗者達は、何度も首を横に振ろうとするが・・・両脇をたいまつを持ったウサギに固められ、首を振り切れない。長い列の筈が、あっという間に健康診断の順番が回ってくる。健康診断を行うウサギの軍医が三十人程パイプ椅子に座っていて、一列に並んでいた敗者は、あいた軍医のところへ次々と送り込まれる。ぽん太は、左から数えて二十六番目の軍医の下へ進むよう、たいまつを持ったウサギに命令された。ぽん太は、足を進ませる。ぽん太の顔の傷の周りに、まだ虫がたかる。血がなかなか止まらずに貧血っぽい青白い顔でぽん太は、軍医の前に立った。
やぶ医者っぽいウサギ軍医が、ぽん太の胸に聴診器を当て、心音を聞いた。それは、まるで商品に備え付けられたバーコードを読み取るような動作だった。
ぽん太の心臓は、緊張のあまり激しく動揺する。軍医の脇にはマシンガンを装備したウサギ軍人がそれぞれ立っている。軍医の指示通り敗者が仕分けされた未来へと歩んでいっているかどうかをチェックしている。
パイプ椅子に座ってぽん太の心音を聞くウサギの軍医は、機械的で抑揚のない口調で「真ん中・・・」とだけ言った。それを聞いた軍人が、ぽん太に銃口を突きつけ、「真ん中の道を行け」と威圧的な命令口調で言った。
銃口を突きつけられたぽん太は、逆らう術を知らずに真ん中の道に向かって足を進ませた。ぽん太が、他のルートを取らないようにぽん太の後頭部には、マシンガンの照準が合わせられたままだった。
左から二十五番目の軍医に、右と告げられた年老いた敗者は、涙ながらに狂って暴れた。渇いた銃声が一発、闇夜に響いた。銃声に怯える敗者達は、射殺を怖がり・・・・素直に軍医の診断に従う。ぽん太の右隣の軍医は、赤ん坊の子連れの雌猫を診断し、「母猫は、真ん中。ガキは、右」と告げた。母猫は、必死に・・・「この子と一緒の道を行かせてください。お願いします。お願いします」と泣いた。軍医は、同じ診断結果を告げる「母は、真ん中。ガキは、右」。泣きじゃくる母親を見かねて、軍医の横にいた軍人は、その場で子供を絞め殺した。
「これで、未練はないだろう。真ん中の道を行け」と軍人は、母猫を睨みつけ、威圧的に言った。
母猫は、絶叫する。既に真ん中の道へと歩き出していたぽん太は、背中でその悲劇を聞き、両肩を震わせながら・・・・残酷な現実を呪った。そんなぽん太の後頭部には、マシンガンの照準が合わせられたまま・・・・呪うこと以外、何もできやしなかった。勝ちも負けもわからない幼い子供が殺されていく。
ぽん太は、敗者絶滅収容所の門をくぐった。その門の上に、アーチ上の看板が備え付けられていた。そこには、月の言葉で『働けば自由になれる』と書いてあった。しかし、そこに書かれた文字の一字一句が全て逆さ文字・・・・。間違いなく嘘なのだろうということがわかる。ぽん太は、門をくぐり、絶滅収容所へ足を踏み入れた瞬間、あの大久保邸の長屋で見た、あのセナという男が書いた抽象画を思い出した。
絶望・・・・それを芸術だといって褒め称え、喜ぶ評論家達の笑い声が聞こえたような気がした。絵を描けない者達に一体何がわかるというのだろう。ぽん太は、右の道をちらっと見つめた。醜くく変わり果てたウサギ達に、軽んじられ処分されゆく運命達・・・・・裸のままシャワー室・・・いや、ガス室に向かうその後姿に、絶望が恨めしく浮きあがっていた。芸術じゃないな・・・とぽん太は思った。ぽん太は、その捨てられる敗者に対して視線を送る以外何もできない。見て見ぬフリというのはこういうことを言うのだろう。そんな自分の視線が死んで、腐っていくのをぽん太は感じた。
敗者絶滅収容所は、汚染された海のようにドロドロとヘドロのような澱んだ空気をその内部で波打たせていた。そして、汚染された海のように巨大で、広くて、深かった。ぽん太は、目を細めて収容所の果てを見ようとしたが・・・見えなかった。収容所を囲む高い壁や有刺鉄線のバリケードは、どこまでも伸びている。絶望は、こんなにも大きいものなのか・・・とぽん太は、初めて視覚で確認した。
ぽん太が、仕分けされた中央の道は、道幅が広い収容所のメインストリート。そこを、川の流れのように敗者が道幅一杯、裸のままぎゅうぎゅうに流れていく。ぽん太の前にも後ろにも右にも左にも嘆く敗者がいて、それらの敗者の前にも後ろにも右にも左にも嘆く敗者がいる。嘆きの連鎖が続いている。その連鎖が、敗者同士を目に見えない鎖で縛りつけ、皆、死んだ魚のような顔をして汚染された海を同じ方向に向かって流されていく。
収容所のメインストリートの両脇には大きな工場が何棟も建ち並ぶ。足裏の筋肉繊維が避けてしまうほど歩いて、工業地区を抜けた。その向こう側が敗者居住区になっていた。軍人ウサギ達が、敗者居住区の手前の大きな広場で銃や鞭を手にして、次から次へと一列に並べては、バリカンで髪の毛をそぎ落としていった。男は、まだ良かった・・・ただの坊主になるくらい何てことない。でも、暴れる女が目についた。長く伸びた髪に思い入れがあるのだろう。必死に坊主にされるのを嫌がって抵抗する。そんな女達は、軍人ウサギに鞭で叩かれた。しくしくと泣く女の姿をぽん太は、死んだ視線でただ見ていた。
バリカンで髪を刈られた後、悲鳴・・・絶叫が聞こえる。敗者達は、首筋に焼印を入れられた。真っ赤に燃える鉄が敗者の首筋を焦がす。
ぽん太も、一列に並ばされ、髪を刈られ、軍人ウサギ三人に取り押さえられながら、首筋に焼印を押された。月文字のFという火傷をまず首におい、その後、3・3・2・5・8と五回、計六回・・・焼印を押された。その皮膚と肉を燃やし、そして焦がすその温度にぽん太は、六度絶叫した。暴れようとするが、しっかりと取り押さえられているから身動きは、一ミリたりともできなかった。F33258、それがぽん太の敗者番号だった。辺りには、髪の毛が舞っていた。そして、痛みが叫んでいた。
ぽん太は、火傷の痛みに悶絶し、屈みこんでいたところを鞭で叩かれ、立つように命じられた。そして、また列に並ぶように言われる。逆らうことは許されない。ぽん太は背中にできた、鞭のみみず腫れを力なくさすりながら、大きな広場にできていたみみずのようにうねる列に並んだ。
列の先では、囚人服を配っていた。灰色でぶかぶか・・・・すべてLLサイズのつなぎ。ぽん太も配られた囚人服を着る。裸でいるよりはましだが、短い足二本分くらいの裾の長さを持て余した。囚人服を配られた時、首に焼き付けられた番号を軍人ウサギにチェックされた。
「お前の収容塔は、四十二棟の2341号室だ。お前に課せられた強制労働は、F工場での鎖帷子作り」
そう言われた後、ぽん太は小さな百円ライターを渡された。収容塔がある敗者居住地区は、闇に覆われていた。そんな真っ暗な闇の中、ぽん太は自分に割り当てられた四十二棟という建物を探すために足を進ませた、百円ライターの小さな火をつけ自分の行き先を照らしながら・・・。小さな火が敗者居住地区に何百・何千と灯され・・・・闇の中を流れていった。




