表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/45

 ほんの些細なことで逃げ出そうとした自分とぽん太は布団の中で格闘していた。でも、お芋が逃げ出そうとしていた自分に、一瞬の考える間を与えてくれた。そして、ここに留まれた。ここを逃げたところで・・・・・一体、どこに行くつもりだったのか?ヒステリックになりかけた自分を、自分だと思いたくない。色んなことを思い出す・・・・。そして、ここに留まれたことを少しだけ嬉しく思った。


 「ぽん太さん、朝ご飯ですよーぉー」

 お芋が、ぽん太をお越しにきてくれた。でも、ぽん太は、既に起きていて、布団を畳み、冷たい板張りの床で目を閉じたまま正座をしていた。足の痺れに歯を食いしばって、震えている。過去に背負ってきた風景が、逃げ出そうとしたぽん太に拷問を課し、ぽん太は、それを受け入れた。お芋の声は、ぽん太の耳に届いてはいないのだろうか・・・・。ぽん太は、自分のことで一杯一杯になっている様子。お芋は、唖然として、ぽん太の部屋の戸を開けたまま立ち尽くす。

 「こんな敗者・・・・・二人目だ・・・・」と、お芋は声にならない程の小さな声で擦れた吐息に混ぜて呟いた。その時だった。

 「お芋さん!!!!!!!ご飯ですか?」

 ぽん太は、閉じた目をかっ!!!!と見開き、お芋に叫ぶようにして聞いた。お芋は、気合が入りすぎてうるさいぽん太の声に苦笑いしながら、「そうですよ、ご飯ですよ」と言った。

 「行きましょう!」と、よれた紋付袴を着たぽん太は、気合を込めて立ち上がろうとしたが、崩れ落ちた。足が痺れて、動けなくて寝転んだ。お芋は、気合が空回りしてもがく敗者に微笑んだ。

 「肩をお貸ししますから、一緒に食卓まで行きませう」

 お芋は、その小さな体にぽん太の右手を肩の上に担ぎ、ぽん太の松葉杖のような形になった。ぽん太は、足を引きずりながら台所のある小屋へと足をなんとか前へ出す。小さな少年の肩を借りる自分が情けない・・・・・。

 「すいません、お芋さん・・・・・あまりに昨日の自分が不甲斐なかったもので・・・・・つい、慣れない座禅正座などをして、何かを悟ってやろうなどと浅はかな行動に出たばかりに・・・・」

 お芋は、ぽん太の引きずりながら嬉しそうに笑う。

 「カッコイイですよ。自分と向き合うとして、空回りして、足を痺れさせちゃう人なんて・・・・そうそういないですから。みんな、ビビってやらないですもん。別に死ぬ訳でもないのに・・・・正座一つできない敗者は、あまりに多い」

 ぽん太には、そんなことを言えてしまう少年の方がカッコよく思えた。一体、何ものなのだ?とは、思うが、深くは聞けない。小さいのに苦労を重ねてきたのだけは、何となくわかる。

 「今日の朝ご飯は、お芋のフルコースなんですよ。・・・・・というか、お芋しかなかったっていうのが、本当のところなんですが・・・・。でも、甘くて、おいしーーーですよ」

 お芋が、無邪気に喋るとぽん太も嬉しくなった。肩を借りてると、そのお芋の無邪気さが伝わってくる。逃げなくて良かった・・・・・・・。ぽん太は、闘うためにここに来たんだ・・・・・ということをもう一度確認する。



 ぽん太は、他の敗者と一緒に畑へ出た。門を出て、畑に行く途中でオナラがぷっぷっぷっぷっぷっ・・・・肛門からガスを出す。恐るべし・・・お芋のフルコース。それは、ぽん太だけでもなく、他の敗者の方々も皆、一様にオナラを連発しているのだが・・・・・・気にしているのはぽん太だけのようであった。臭いガスの香りの周りで、秋に実ったいろんな食物の土臭いにおいがした。畑のど真ん中に辿り着くと、植物が生きている鼓動が聞こえた。大地に根をおろし、呼吸しているのがわかる。それは、真空状態のトンネルを抜けてきたからわかる小さな生命の吐息なのかもしれない。


 ぽん太は、芋畑のど真ん中でドロだらけになりながら、芋のつるを見つけては引っ張りあげた。すると丸々太った芋が土の中から顔を出した。ぽん太は、すかさず聞く。

 「ここ、誰が耕した畑ですかぁーーーー?」

 エバートン・林さんが渋々手をあげる。ぽん太は、本気の尊敬の眼差しで、「凄い。マジ、凄いです。こんな芋を育てられるなんて、凄いですよ。春に苗、植えた後、雑草やら害虫取りやらいろいろやらなきゃいけなくて・・・・でも、この畑を守って、こんな大きなお芋を収穫できるなんて、エバートンさん、あんた凄いですよ!!!!」

 ぽん太は、秋空の下、本気でエバートンさんを褒め称える。一体、どういった経緯で敗者になったのかは知らないが・・・・とても丁寧な仕事ぶりが畑まわりを、ど素人が見てもわかる。そして、ぽん太は、猛烈にお芋を掘り、マスオさんの畑も、うさごろちゃんの畑も収穫した。皆、いい芋が取れる。なぜ、こんなにいい芋が育てられる人々が敗者なのか、よくわからなかった。ぽん太は、お昼ごはん時に、お芋がこさえてくれたおにぎりを頬張りながら、それとなく三人に敗者になった経緯を聞いた。皆、答えは同じだった。

 「仕事ですよ・・・・・・。仕事人間が仕事を失えばこうなります・・・形容詞がなくなれば、唯の人ですから」

 皆、苦々しい思いを噛み締めるように、おにぎりを食べ、そして米粒をお茶で流し込んだ。手が震えていた。ぽん太は、仕事のことなど・・・アルバイト程度のことしかわからない。が、この三人は、きっと本当に優秀で仕事もできたのだと思う。そうでなければ、畑仕事でもこんなにいいお芋を育てられる訳でもない。きっと、部下にも信頼されていただろう。じゃなきゃ、こんなにお芋は大きくならない。でも、真面目過ぎて、正直過ぎて、組織を信頼したばかりに・・・・・・・裏切られたのだ・・・・。なんとなく、三人が話すニュアンスを足していくとそんな感じになった。ポジション争いの末に、切捨てられていく真面目で実直だけがとりえの・・・・・敗者達。でも、ぽん太にはなんとなくわかった・・・・。実直だけしか脳のない、真面目で働き者だった敗者が、この畑に敗者からの復活の望みを掛ける思いが・・・・。そうじゃなきゃこんなに大きな芋は育たない。バイトしかしたことのない・・・就職をしたことのないぽん太にはわからないことだったが・・・皆、ぽん太には想像もつかないような理由でここに来ていたことがわかった。


 芋掘りは、楽しかった。土にまみれて体を動かし、働いているという実感を得るのは気持ちよかった。少なくとも、畑の中にいれば自分の存在意義は見出せた。その存在意義が、ぷっぷっぷっぷ・・・と放屁する。ぽん太は、自分の肛門の臭さに若干うんざりする。

 「春にはまた苗を植えて、夏には雑草取りや害虫を駆除したりして、手間隙かけて秋の収穫に至るんです。ぽん太さんも、春になったらお芋を作りましょうね。さてさて、冬が来る前に全部収穫しちゃいましょう」

 お芋は、三人の敗者を手伝いながら、助けながら畑仕事をした。三人の敗者は、もうここに来てから二回目の収穫だそうで、手馴れたものだった。ぽん太は、年上の敗者の人達に色々教わりながら畑仕事をした。年上の敗者も、若者に仕事を教えるのが楽しいようだった。



 「先生。ぽん太さんが来てから、少しずつ他の三人も変わり始めています。心を開くのを怖がっていた敗者さん達がぽん太さんには、心を開くことを恐れない。なんだか雰囲気があります」

大久保公は、特に何も言わずに髭を手で撫でつけながら、お芋の話を聞いていた。

 「ぽん太さんの資料を読みましたが・・・・ただの敗者ならあんなにもたんぽぽさんという女性に愛されない。根は、素直で思いやりがあって、優しくて、キレイな心の持ち主なのです。ただ、その分、傷つきやすく、脆く、優しさや思いやりで丸く収まらないことに対して滅法弱い。無邪気だからか傷つくことを恐れ、そして誰かを傷つけることも恐れ、込み入った関係からいつでも逃げられる距離を保っている。いい面がでてる時はいいですが、悪い流れにのるとすぐに諦める」

 大久保公は、お芋を見つめながら、ただ一言、ぽつりと呟いた。

 「セナと一緒だな」

 お芋は、無言で肯く。そして、しばらく感傷にふけった後、「自殺したセナさんと一緒です・・・・」とだけ言った。

 「だが、セナより軽い」

 「ええ、その通りです。セナさんより軽い・・・・だから、まだ希望がある。セナさんのように、愛する人を傷つけた分・・・・自分を傷つけ、そして命を断ってしまう・・・・・天才の苦悩とは、レベルが違う。」

 「それは、愛した人をどれだけ大切に思っているかに帰するから・・・天才だとかは関係はない。ぽん太が、想った分だけ、自分を傷つけねばすまないだろう。どれ程、想っていたかということだ」

 「愛は、厄介ですね。そして、恐ろしい」

 大久保公は、無言で肯いた。



 ぽん太は、大久保公に会うのを恐れたまま、毎日、畑仕事をした。自然は、多くのことを教えてくれた。芋掘りをしている時は、楽しかったし充実していた。自分が掘った芋が食卓に並ぶと、素直に嬉しかった。ぽん太は、与えられた仕事を一生懸命こなし、少しずつ満たされていった。

 「お芋さん、今度は何しましょう?お芋は、全部、井戸の水で洗っときました」

 そう・・・・仕事に夢中になっている時は、忘れられた・・・・自分の過去を。ただ、夕食を終えた後に、ぽん太は、もがき始めた。夜になると、ぽん太の存在意義は闇に消える。やることがなくなると、時間を持て余し、思い出す・・・・自分が傷つけてきたものの笑顔を。

夕食後、敗者達は一杯だけ焼酎を部屋に持って帰ることを許される。もちろん、芋焼酎である。黄色麹を使った焼酎で、芋臭くなく甘くフルーティな香りが鼻腔を抜け、舌が感じるアルコールは柔らかかった。敗者に優しい焼酎だった・・・・・。でも、その焼酎の温かさが、ぽん太にたんぽぽのことを思い出させる。

 「幸せでやっててくれたら・・・・・・、どうしようもない程にいい男が、たんぽぽのことを守ってやってくれたらいいな」

 ぽん太は、陶器のお椀に注がれた焼酎をストレートで一舐めする。畑仕事で疲れきってるから、酔いがすぐ回る。でも、疲労が募れば募るほど、意識は過去に寄り添おうとする。もしかしたら、うとうとと半分眠っているのかもしれない。だから、束の間の夢のように・・・・楽しかった、愛された思い出を見ようとする。そして、はっと我に返った時に、何もない空間に一人でいることに気づかされる。

 ぽん太は、まどろんだ後、自分の肉を噛んだ。血が出る・・・・・。そうして、安心して眠りに落ちる。自分を傷つけることで、小さな罪を償った気持ちになる。


 ぽん太が、月の田舎に来てから、どれくらい経っただろうか。ぽん太の体は、傷だらけになった。他の三人の敗者が唖然とする・・・・・・。皮膚という皮膚に内出血を起こした紫色の斑点が浮かび上がる。ぽん太以外の敗者は、競争の中で蹴落とされた相手を憎むことができる。そして、憎むことで自分をいたわることができる。ぽん太は、たんぽぽを憎むことなんてできない・・・・・恨むのは、野球を辞め、たんぽぽを傷つけた続けた自分だった。愛を靴底で踏み潰した自分の弱さ・・・・・・。誰かを憎めるのなら、まだぽん太は救われる可能性はあっただろう。

 収穫が進み、畑での仕事量が減っていくと、ぽん太は、気を紛らわす術を少しずつ失われ、更に危険な状態に陥っていった。自分を傷つけていくことで、今を生きる許しを乞おうとする敗者。他の三人の敗者は、ぽん太から少しずつ距離を取るようになった。ぽん太から危険な香りがぷんぷんした。ぽん太は、紫芋のように体中を内出血の色素で染めている。



 「まだ、軽い。死ぬことはない。そう、先生は思われるんですね?」

 大久保公は、目を閉じて、聞いているのかいないのかわからないような無表情でお芋の話に耳を傾ける。

 「セナほどではない」

 大久保公は、目を閉じたまま言う。お芋は、あどけない顔をしながらも知的に、口数の少ない先生の言葉の意味を探ろうとする。

 「もっと厳しく自分と見つめあえばいい。自分を傷つけることでぽん太さんは癒されている。それは、逃げだと・・・・・。そして、それは最終的に死に逃げ込んだセナさんほどの危険なものではないと。まだ、治療できるレベルだから、やらせておけ・・・・・・そういうことですね」

 大久保公は、何も言わなかった。目をつぶりながら、聞いているのかいないのかわからない表情で微動だにせず、固まっていた。


 「うるさい!」

 長屋から悲鳴が上がる。薄い壁を越えて、ぽん太が自分の頭を床に叩きつける音が響く。

 「ノイローゼになる。寝させてくれ、ぽん太」

 思い出が膨張し、自分を傷つけ続けても眠れないぽん太は、眠りにつけるまで自分を小さな部屋でもがいた。そんな、ぽん太の部屋に三人の敗者がやってきてぽん太を押さえ込み、縄で締め上げ、口に手ぬぐいを何重にも巻きつけ、部屋から運び出した。五つある長屋の部屋・・・・唯一空いている向かって一番左の部屋にぽん太は押し込められた。そして、その隣りの部屋に住んでいたうさごろちゃんは、ぽん太の部屋へと移り、そこで眠った。三人の敗者とぽん太が押し込められた部屋の間にちょうど一つの部屋を挟むような形になった。やっと静まったと思い、他の敗者三人は皆眠りにつく。

 ぽん太は、もがこうと思ったが・・・・金縛りにかかったように動けなくなった。押し込められた長屋の部屋は、尋常じゃなかった。ぽん太は、細かく震え続けるのみで、ぐうの音も出なくなった。


 朝の光が、窓から差し込む。部屋の中に充満した死体のような空気は、その部屋の全貌が明らかになればなるほど、冷たさを増していった。ぽん太は、光の中で自分が目にした光景に震える。殺人事件の現場に閉じ込められてかのようだった。・・・・部屋の壁一面・・・・・おびただしい量の血に覆われていた。

 絵・・・・。

 ぽん太は、見開いた瞳孔で瞬きもできずに壁に見入ったが、こびりついた血液は、形にならない何かを必死に表現しようとしているかのようだった。形になりきれない抽象画・・・・血を絵の具にして、そこに書かれているようだった。

 「セナさんの絵です・・・・・・」

 背後からお芋の声がした。床の上に芋虫のように転がるぽん太は、体をよじり、お芋の方に体を向けた。

 「優しい心を持った画家でした。月の民族・・・・雄ウサギでした。そのイマジネーション、技術、色使い・・・・あらゆる意味において天才。彼が、キャンバスに描き込んだ絵は、すべて魂を与えられ、絵の中で動きそうな程、浮き上がってくるような立体感があった。セナさんは、小さな頃からずっとあたたかな、思いやりがしみ出て来るような絵を描き続けてきたのです。でも、批評家達は、セナさんの絵を一切認めませんでした。彼らの浅く薄い感性は、こう言ったのです・・・・・・優しい絵なんて非現実的だ、リアリティを感じない・・・・と。セナは、本質を見抜けない上っ面の画家で、偽善を見抜けない世間知らずの小僧だと。優しさは、芸術に成りえないと・・・・・批評家という名の下に、絵の描けない連中が天才を批判するのです。私には、それは芸術を感じえない虫の大群の嫉妬のように思えましたが・・・・・セナさんは、心に弱い部分を持っていて、批判を怖がった。小さい頃から、自分の絵を見て、皆が誉めてくれたり、微笑んだりしてくれるのが嬉しくてセナさんは絵を描いていたんです。その神の表現力に届こうかというセナさんの才能は、賛美されることはあれ、批判されたことなんてなかった。そして、優しさや思いやりを否定されたセナさんは、生きとし生けるものの心の醜い部分を絵にしていくようになりました。引き裂かれた喘ぎ声をあげる悲しみ、黒く燃え上がる憎悪、保身と金にまみれた粘りつく裏切り、死体を弄びおもちゃにする暴力、そして終わらない殺戮の連鎖・・・・・。作風を変えたセナさんの狂った絵を、批評家達は賛美し始めた。批評家の意見を丸飲みする愚民達は、皆、批評家の真似をしてセナの絵を賞賛する。セナさんは、狂った。醜いものを喜び、称える腐った感性が自分の周りを取り巻いていることに、セナさんは発狂する。もっと醜いものを・・・・もっと汚いものを・・・見せてくれと、セナさんの下に、宇宙の富裕層から絵の注文が星のように降ってくる。セナさんは、書かされた・・・・自分の見たくないものばかりを。そして、セナさんは自分をどんどん追い込み、側にいてくれた幼なじみで自分を愛してくれた人を傷つけ、見たくないものを直視するために薬に手を出し、幻想に弄ばれながら・・・・セナさんは注文をこなした。セナさんの名声は、膨れ上がった。でも、賛美されるほどに、セナさんは・・・・壊れていった。そして、セナさんは、壊れていく過程で、自分を守ろうとする弱さが・・・・自分以外のものが壊れていくのを見たがった。自分より弱いものを見て、自分は弱くないと自己暗示をかけようとする・・・・・・。そして、セナさんは、愛してくれた女性を壊した」

 お芋は、そこで一つ大きなため息をついた。苦しそうな表情で、お芋は続ける。

 「セナさんは、罪を背負いました。右腕は、もう絵を描くことができなくなっていた。自分が自分を支えていてくれた大切なものを粉々に砕いてしまったことに・・・・・・セナさんは、壊してしまった後に気がついた。愛してくれた人を破壊することは、自分を破壊することでもあったんです。絵が描けなくなったセナさんは、月の首都の暗黒街でどぶ鼠のように生きるようになった。成功して溜めた財産は、全て現実から逃げるための薬に使って・・・・儚く消えていった。そして、路上で死にかけていたところを・・・・セナさんは、保護された。その後は、ここに収容されたのです。薬中毒からのリハビリをしながら、復活してもらおうと私も頑張ったのですが・・・・・それはどん底にいて、心も弱り果てたセナさんにとって、耐え切れるものではありませんでした。薬が手に入らないから・・・・・セナさんは、自分を傷つけ、痛みで体も心も麻痺させようとしました。そして、流れ出る血液で、セナさんは狂ったようにこの長屋の壁に絵を描き続けました・・・・・・でも、絵は形になりきれない抽象画にしかならない。セナさんは・・・・・ごめんな、ハル、ごめんな、ハル・・・・と愛してくれた人の名を呼び、謝り続けながら血で絵を描いていました。セナさんを愛してくれた人は、言葉を失い、表情を失い、石のようになってしまい・・・・・不感症で精神病院に入院するまでになってしまっていたのです。その後・・・・セナさんは、この屋敷を抜け出しました。どこに行ったのかはわかりません・・・・。自殺して死んだという噂が、事実のようにしてこの屋敷に報告されました」

 ぽん太は、お芋の話を震えながら聞いていた。聞きながら、抽象画を見つめ続けた。何が描かれているのかはわからない・・・・・でも、それをなんとなく理解できてしまう自分がいる。敗者が共有する感覚なのだろうか。それは、凄く曖昧な形で表現されるのに、汚らしい程に悲しい・・・・。ぽん太は、落ち込んだ。すると、記憶の蓋が開いたようにして過去の感覚がとめどなく心の中に湧き上がってくる。そして、その感覚は、セナの絵を見ることでより鮮明に、迫るようにしてぽん太の首を締めつけた。ぽん太の体の中で血管から洩れている内出血が、皮膚を突き破って流れ出してきそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ