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 ぽん太は、苦しげで、青白い顔をしながら、二階のシャワー室へと階段を降りていっていった。ぽん太は、男子更衣室へと足を進ませる。更衣室は、日本の公立中学や公立高校の更衣室に併設されているレベルのしょぼいシャワー室だった。ぽん太は、一瞬懐かしさを心に思い浮かべた。ぽん太は、上着を脱いで、ロッカーに投げ込んだ。ガリガリに細くなった体に汗臭さがしみ込んでいる。ぽん太の隣りのロッカーに、傷だらけのチーターがやってくる。疲れた目で、ぽん太をジロリと見つめた後、シャワーへと向かっていった。ぽん太は、びびって足が震えてしまった。足を震わせながら、ぽん太がジーンズを脱ぐと、ノーパンだったことに気づいた。股間が擦り切れている。先っちょからも球からも血が出ている。

 「水にしみるだろうなぁ・・・・」

 ぽん太は、哀れむような目で萎縮した自分の一物を見つめる。ただ、体中に汗と埃と血がこびりついているので、汚れを落とさないわけにはいかない。ぽん太は、全裸でシャワールームへと足を進ませた。そこには、何十かの区切られた小さなシャワースペースがあった。敗者を入国制限しているせいか、シャワールームにいる敗者は十人ぐらいだった。ぽん太は、空いているシャワースペースに入り、錆びかけた蛇口をひねった。しかし、水が出てこない。ぽん太は、首をかしげながら、蛇口を更にひねった。すると、まばゆいばかりの光が圧倒的な量でシャワーから降り注いできた。優しくて、柔らかな光だった。その光を全身に浴びていると体中の傷が癒されていく。砕けた頭蓋骨も、傷だらけの肉体も治っていく。ぽん太は、シャワーから流れ出す光が月光だということに気づいた。月光の持つ再生の作用が生命体の体を清めていく。あまりに温かいその月光のシャワーを浴びて、ぽん太は一瞬のぼせて、よろめいた。その目まいにも似た感覚は、気持ちよかった。

 「月に来たんだな・・・・・」

 ぽん太は、そう呟いた。



 汗と血にまみれた服をもう一度着込み、ぽん太は一階の出口から外に出た。ガリガリの体は、相変わらずで、やつれた貧乏旅行者のような風貌は、不法入国を試みた難民のようだった。ぽん太は、入国審査官からもらった地図を広げた。尋ねるべき場所は、かなり遠いようだった。出口付近には、何台かのシャトルバスが止まっていた。停留所のようなものがいくつかあり、時刻表が添えられていた。

 「敗者生活区域○○○○―○○○○」と行き先が、区分けされた番号で記され、そこにシャトルバスの発車時刻が書いてある。だいたいが一日に一本。遠くなると三日に一本というようなダイヤが組まれていた。ぽん太が行くべき敗者生活区域へのバスは、三日に一本しかなかった。

ぽん太は、左手で頭を掻き、どーしたもんかと戸惑いながら出口の前の公道で仕方なくモンキーに跨った。視線を上げると、さっきシャワー室で一緒だったチーターが、高速道路と看板に記されている方角に向かって走っていく後姿が見えた。さすがに速かった。ぽん太も、とりあえず高速道路を目指そうと、モンキーのアクセルを回した。


 ぽん太は、ノーヘルのまま髪をなびかせながら、高速の右端を走っていく。どうやら、イギリス・日本と違う右側通行。ぽん太は、慣れないままに道路の隅を走る。なんだか逆走している錯覚に陥るが、モンキーのアクセルは全開。メーターは、時速百キロを示している。ただの原チャリだったバイクが、トンネルを抜けて排気量を思いっきり成長させていた。49CCじゃ、このスピードは出ない。高速だって走れるミニバイクを、ぽん太は少し誇らしく感じた。風がうざいくらいに気持ちよかった。ヘルメットをしていない顔に、凄い勢いで風が吹きつける。顔を殴られている感じすらする。でも、それが気持ちいい・・・・・こんな気持ちいい風なんて感じたことがない。

 ゴミゴミした東京では感じられない田舎の高速道路でアクセルを全開にした時に感じられるいっちゃっている解放感。高速道路が一直線に大空の下に伸びていた。その高速道路の周りには、田園地帯が広がっていた。都市で育ったぽん太は、その解放感を体中で感じた。


 工場のような入国審査場から月の首都までは、時速百キロで約三時間程だった。途中、田園風景があり、首都に近づく程、あちこちに湖が見えた。その湖の周りの自然と共存するかのように幾つかの小さな街がある。そして、その集落は、首都に近づく程に大きくなっていく。月の首都のベッドタウン。ウサギ達が、マイカーを運転したり、スーパーで買い物したり、電車に乗ったりしている光景が遠めから微かに見えた。とっても平和な光景がぽん太の心にじんわりと沁み込む。空気も澄んでいた。


 しかし、そののんびりとした平和な風景も巨大な都市の風景に飲み込まれた。ぽん太は、月の首都に辿り着く。高速道路の車線の数が減り、渋滞が起こり始める。

 「首都高速1号線」

 ぽん太が、見上げた緑色の道路標識には、そう書かれていた。排気ガスの臭いが鼻につくようになる。高層ビル群の合間を、首都高速1号線は、くねくねくねくねと曲がっては、都会の中をはしっていた。ビジネス街なのだろう。高層ビルの窓からスーツを着たウサギ達が働いているのが見える。ぽん太は、渋滞の隙間をぬって、前に進む。ぽん太が、行くべき敗者生活区域は、首都から更に六時間も掛かるところにある。

 ビジネス街を抜けた所に、巨大な湖があった。その湖を・・・・ぽん太は、見たことがあるような気がした。

 「心の水溜り・・・・・?」

 ぽん太は、自分が小説を書く時に、しつこいぐらいに使う表現をぽつりと呟いた。その巨大な湖には、白鳥がのんびりと群れをなして浮んでいた。汚染されているのか・・・・湖は、少し濁っていた。

 ぽん太は、湖の脇に大きな広場があるのを目にした。その周りには、中世ヨーロッパのアンティークのような建築物が並んでいた。どの建物も歴史がありそうだった。広場には大きな舞台のようなものがあり、その壇上には女神の銅像が建てられていた。

 湖の周りには、ブランドもののブティックや、お洒落なオープンカフェや公園があったりした。湖の側は緑も多く、平和で美しい場所だった。


 高速を走るぽん太は、月の首都の中央広場から遠ざかっていく。ぽん太は、月の首都の中心街を抜けて、小さな湖が幾つも点在する郊外へとミニバイクを走らせる。


 月の首都から三時間程来たところに、大きな葡萄畑があった。そして、葡萄畑の向こうには、田んぼがあり、米を作ったりしていた。そして、そんな田舎町には大きな醸造所やなんかがあって、ワインや酒を作っていることがわかる。ウサギ達が熱心に畑を管理していた。


 不思議な感覚・・・・・。今まで、ずっと煌々と電気輝く大都会の近くを走っていたから気づかなかったが、月面には太陽の光が注いでいない。それでも柔らかな乳白色の光が薄く大地を覆っている。ところどころにある電灯なしでも、その妖しげな霧のような光の中にいるとなぜか落ち着いた気持ちになれた。月は、太陽の光を反射して輝いていた筈だが・・・・・ぽん太の辿り着いた月面は、その地表から柔らか月光を発していた。

 乳白色の光の中、田園地帯を走るぽん太は、風景の中に溶け込めずに浮いているような感覚を持った。汚らしい身なりで、汗臭いまま・・・・醜いままに、この美しく輝く空間にまとわりつく自分が蛾のような存在に思えた。美しき光景は、ただただ走るぽん太のミニバイクの横を通り過ぎていく・・・知らん顔をして。


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