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『月への入国審査と大久保利通』
ぽん太は、垂れてくる脳みそを押さえながら、屋外駐車場を出て、そこで長蛇の列を見た。ぽん太は、また頭痛を感じた。ゾンビみたいな化け物達が、蟻の行列のようにして、一箇所目指して列をなしている。その列は、五キロ先まで伸びているような感じだった。
ぽん太は、モンキーのスピードを落とし、その列に近づいた。頭痛が激しくなる・・・・、自分だけが頭蓋骨が割れているんじゃないという事実に。皆、滅茶苦茶傷ついている。生きているのが、不思議なくらい・・・・ほとんどゾンビ状態の生命がいくつも並んでいた。ぽん太は、目玉が取れた深海魚のような人に話を掛けた。
「すいません・・・・・これって、敗者が並ぶ列ですか?」
通じるかどうか、わからないが、日本語にジェスチャーを交えてコミュニケーションを取ろうとしてみた。両手で、ジェスチャーを取ると、左手で押さえていた頭蓋骨の割れ目から脳みそが洩れてきた。
「」
「はっ?」
ぽん太は、割れ目に急いで戻した左手の指で頭を少し掻いた。駄目だこりゃ・・・・・、どっか遠い惑星から来た宇宙人だろう。言葉で喋ってくれない。触覚から色んな光で形を作り、コミュニケーションを取る宇宙人らしかった。ぽん太は、頭を掻きながら地球人らしい人を探そうとしたが、皆、ぐちゃぐちゃに傷ついたり、ひん曲がったりしていたので、誰が何星人かなんてわからなかった。皆、ゾンビに見える・・・・。
ぽん太は、諦めて列の最後尾に並んだ。自分の姿を見れば、自分もこの列に並ばなきゃ行けないってことはよくわかった。皆と同じように体中、ぐちゃぐちゃに傷ついて、ひん曲がっている。自分だけは違うと思ったのが、どうやら自意識過剰な勘違いだったらしい。
「やはり、自分も敗者でございました・・・・」と、ぽん太は、話かける人がいないので、仕方なく原チャリに話しかけた。列を見ていると、ところどころ寝袋で寝たり、ガスコンロみたいなもので料理したり、用意周到な人達もいた。ぽん太は、何も持っていなかったので、ただぼけーっと列が前に進むのを待っていた。
ぽん太は、時おり、列の進み具合をチェックした。ぽん太は、もう最後尾ではなかった。ぽん太の後ろにも長い行列ができていた。
「これが、全部、敗者なの・・・・?死ぬほどいるなぁー」と、ぽん太は、行列を眺める度に、月の再生の力に救いを求めてやってきた敗者達の多さに唖然とする。
「これでも、まだ一部だろ・・・・敗者の全体人口の中の・・・・・1%にも満たない・・・・ひょえー」と、ぽん太は、自分もその行列に並んでいることを忘れ、時々、色んな敗者が色んな惑星から色んな形でやってきているのを観察した。傷ついた猫達、中にはライオンもいたりした。
ぽん太は、待ちに待った。しかし、中々列は、進まない。昔、国会で見た牛歩戦術のようにノロノロと列は進む。しかし、どうしようもないことなので、ぽん太は、ただ待った。多分推測するに、これだけの敗者を一気に月に入国してしまうと、敗者の人口が多くなり過ぎて、なんらかのコントロールが効かなくなるんだろう。だから、復活していく敗者や月のカウンセラーの空き状況に合わせて、入国を制限している。一日に、何人が月に入国できているのかは、わからないが・・・・ぽん太の番は、先の先のように思えた。
ぽん太は、ただぼけーっと空を見ていた。野外で待たされているというのに、不思議と寒さを感じたりすることはなかった。月への入国審査上は、成田空港やなんかと同じで都心から離れたところにあるらしく、入国審査場の灯りと屋外駐車場を照らす灯り以外は、光という光はなかった。星の光に照らされた闇が目の前にはある。空を眺めれば、そこには数え切れない星が光っていた。別に、光っている星に意味を求めたりしようとはしなかったが、ぽん太は、美しい星空に心を奪われていた。こんなにじっくりと星を見る時間は、地球ではなかった。きっと、月に入国した後もなくなるだろう。生活と書いて、生きていく活動。地球と月の間、生活を忘れた場所では、いくらでも星空を眺める時間がある。不思議と・・・・というか、驚愕に値するが乃木坂トンネルに入ってから今まで何も口にしていないが、腹は全く減ってなかった。痩せ細った身体・・・・究極のダイエットを体験したぽん太は、飽きることなく星空を見続ける。生きていくということは、空を見上げる時間がなくなるということかもしれない。
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二週間くらいぼーっとしていただろうか。ちょっとした夏休くらいの時間を、ぽん太は空を見続けて過ごし、そして、入国審査場まで二百メートルくらいのところまで進んできた。超近代的な工場のような建物を目指して、敗者達は並んでいたんだということにぽん太は気づく。その工場のような場所が入国審査場だった。残り百メートルくらいのところになると、黒服を着たガタイのいいウサギが百人程いて、サングラスをかけながら、敗者の体を触り、ボディチェックをしていた。ボディチェックが済むと、外に設置されたベルトコンベアーに敗者は乗せられる。入国審査場に入っていく入口に信号があってそこに緑と赤のランプが灯るようになっていた。長い間、赤が突きっぱなしになっていた。青が点滅した時が、入国審査okと言うことなんだろう。青になると、数名の敗者がそのボロボロの体をサングラスをかけたウサギに抱きかかえられ、ベルトコンベアーに乗って進んでいく。
それから四・五日待っただろうか・・・・星の動きを見ていると飽きなくて、時間が経つのをぽん太は忘れていた。サングラスをかけたウサギが、二本足で立ち、いかにも人間のような素振りでぽん太の体を触りまくり、ボディチェックをしながら声を掛けてきた。
「You Come From The Earth, Right? Not From The Sun(あんたは、太陽からじゃなくて、地球から来た。間違えないよな?)」
ウサギは、地球の公用語である英語でぽん太に話かけてきた。ぽん太は、英米文学科ながらも英語のできない典型的な日本人として、英語にびくびく怯え、ただ「YES。YES」と答えた。
「OK. You Can GO(よし、なら行っていいぞ)」と、ぽん太は言われた。
ぽん太は、ボディチェックを終えて、ベルトコンベアを待つラインに並んだ。そして、もう一度、辺りを良く見回した。サングラスをかけたガタイのいいウサギ達は、細心の注意を持って警備に当たっているようだった。太陽からの侵入者やスパイ、刺客がいないかどうかを念入りに調べているようだった。ぽん太は、少しドキドキしてきた。一体、これから何がどうなってしまうのだろうか・・・・・既に、理解を超えた世界に頭痛がするのに、この後に待ち構えているであろう何かに、ぽん太は心臓を鷲掴みにわれるような思いがした。
三時間くらい待った。そして、ぽん太の入国審査のランプが緑色に点滅した。ぽん太は、モンキーとともにガタイのいいウサギ二人に持ち上げられ、ベルトコンベアーの上を流れ始めた。
初めて乗るベルトコンベアー・・・・・・・微妙な気分だった。なんだか・・・・・微妙な気分だった。
屋外から工場のような建物に入る入口をくぐると、急に坂になり、勢いよくぽん太とモンキーは転げ落ちた。
「しまった・・・・騙された」
それが、ぽん太の絶叫だった。ここは、敗者のゴミ処理場なんじゃないか・・・・ベルトコンベアーに乗せられた後、分別されて、燃えるものと燃えないものとに分けられ・・・・捨てられる。その証拠に、下り坂を転がり落ちるぽん太に、色んな光がバーコードを読むように当てられた。赤外線みたいなのが、目に痛かった・・・・・。
「どうせなら、燃えないゴミにしてくれ・・・・」と、ぽん太は、叫んだ。焼かれるのは、熱そうで・・・・考えたくもなかった。ぽん太とモンキーは、転げ落ちるように下まで落ちると、そこで分別された。いくつものベルトコンベアーの分岐点で、ぽん太は、左から三番目に分別された。そして、落ち込んだ地下から上りエスカレーターのようなもので、ゆっくりと上っていく。目の前には、「Made In Earth」と書かれている看板があった・・・・。
「やられた。燃えるゴミとか燃えないゴミとかそんな細かい分け方じゃなかったのか・・・・。俺は、地球のゴミか!!!!!」
ぽん太は、絶句した。地球のゴミの処理されかたに、あれこれ思いを巡らせる。検討もつかなかった。
ぽん太は、工場の三階部分あたりまでベルトコンベアで運ばれた。そして、そこにある入口みたいなのに吸い込まれていった。その入口に入った瞬間、霧状の液体が噴出し、ぽん太はそれを思いっきり浴びた。注射を打つときに、皮膚に塗るエタノールのシャワーだった。
「痛っっっっっっっっってぇー」とぽん太は、叫ぶ。体中の傷口にそのアルコールがしみる。ぽん太は、あまりの痛さに泣いてしまった。泣きながら、そのエタノールのシャワーを抜けると、注射針を持ったウサギが白衣を持って、ぽん太のことを見ていた。
「Welcome to our Fuckin,Planet!!!! Wqz up, YO, Chicken ?(よくこんなとこまできちゃったな、調子はどうよ、弱虫?)」
ぽん太は、アルコールが傷口に染み込む痛さに顔を歪ませながら、注射針を持ったウサギにびびって、鳥肌を立ててしまった。ベルトコンベアが一瞬止まる。鳥肌の上に、躊躇なくウサギは、針を突き刺す。ウサギは、その注射に入った液体をぽん太の体内に押し込んだ。
ウサギは、ぽん太の体に注射針をねじ込ませながら、ぽん太にとって意味不明な月の言葉でラップを歌っていた・・・・・・が、体に注射の針から押し込まれた薬が血管をまわる程、白衣を着たウサギが何を歌っているのかがわかるようになってくる。
「俺は、月面生まれ、医学部育ち、優秀な奴は、だいたい友達♪」
聞き覚えのあるラップフレーズが、ぽん太の耳に届く。ウサギは、仕事中の素振りで、左耳にウォークマンのイヤホンを突っ込み、邦楽・洋楽ならぬ・・・・地球楽のカバー曲のようなものを聴いていた。
ウサギは、注射を打ち終わると、そのままラップのリズムで、「今、俺、お前、月の言葉、打っといたからYO」と、HIPHOP独特のチェケラッチョポーズをぽん太の前で決め、そう歌った。
「はっ?」と、思いながらもぽん太は、ウサギの言っている言葉を自然と理解できた。注射を打つ前、ラッパー医学部卒ウサギは、地球の公用語である英語を喋っていたが、打った途端に月の言葉で喋り始めた。その月の言葉が、ぽん太には何不自由なくわかってしまった。血管の中をまわる液体は、月の言葉だったのだ・・・・・。これから、敗者が月面で生活しやすいように、入国前に月の言葉を注射針から体内に押し込まれたのだ。ぽん太は、苦もなく・・・と言っても、少しの痛みは伴ったが、一つの語学を習得してしまったことに唖然とする。
「これが・・・・月か・・・・」
ぽん太は、訳のわからない現実で、何度か軽く心臓を突かれた気がした。ドキドキする。チェケラッチョウサギは、ノリノリっで腰の位置にあるボタンを押す。ベルトコンベアが再び流れ出す。ぽん太は、運ばれる。ベルトコンベアで次の目的地に運ばれている途中で、ぽん太は、激しい目眩と吐き気を感じ、胃液を吐き出した。体内で駆け巡る月の言葉液の副作用か・・・・言葉が、持つ副作用でぽん太は、脳みそを握りつぶされる幻想を見た。脳みそが、少し垂れた気がして、ぽん太は、垂れた脳みそを捜そうとした。そうこうしているうちに、ぽん太は、工場の最終過程・・・・製品の品質チェックをするような部屋に流れ着いた。そこには、巨大なパソコンがあり、その前の無菌状態の部屋で、ウサギがマスクをして、白衣を着て、三角巾を被り、虫眼鏡を持って待っていた。ぽん太のベルトコンベアは、その部屋で止まる。全身を清潔に保ったウサギは、ベルトコンベアで運ばれてきた敗者を丹念に虫眼鏡で調べ、パソコンのデータと照合していた。ベルトコンベアに乗せられ、坂を転げ落ちる時に、当てられたバーコードを読み取るような光で取ったぽん太という敗者のデーターを一つ一つ検証しているようだった。そして、一通りジロジロ見ると、無機的な声で、「よし、不良品」と軽く言った。この月の入国審査は、不良品しか通れない。そして、品質管理をするウサギは、パソコンにデータを打ち込みながら、いくつか質問をした。ぽん太は、ただ唖然とし、不良品と言われたことに少しショックを受けていた。
「月への入国目的は?」
ぽん太は、たじろいだ。何て答えていいのか・・・・よくわからなかった。
「え・・・・・・っと、カウンセリングです」
ぽん太は、答えた。入国審査官と思われるウサギは、肯いた。マスクと三角巾の間から、満月の形をした黄金の輝きを持った刺青が額の中央に入っているのをぽん太は、気づいた。これが、月の民族の象徴なのか・・・・と、何気なく気づいた。
「名前を教えて下さい。そして、あなたの指紋を取らせて頂きます。あなたとあなたのデーターの照合はほぼ取れていますが、最終的な確認として指紋が必要なのです」
ウサギは、機械的に答えた。ぽん太は、自分の名前を名乗り、そして、大きなパソコンの脇にある指紋照合用のモニターに親指をかざした。コンピューターが、ピンポンという音を出した。クイズ番組でよくなる正解の音だった。
「あなたの照合が取れました。ニックネーム、ぽん太さん。あなたは、あの水星の王子の嘆願書付の敗者ですね。到着が遅れているので、心配していました。念のために、間違いがないか確認していただきたいのですが、こちらの資料に目を通し、合っているかどうかをお教えください」
審査官は、モニター脇にあるプリンターから出力された書類をぽん太に手渡した。ぽん太は、その書類に目を通した。腰が抜けた。本当に、立てなくなった。ぽん太は、ベルトコンベアの上で、座り込んだままあたふたしながら慌てる。その書類には、ぽん太の全てが書かれていた。その書類には、ぽん太の全てが文章化されていた。生年月日、血液型はもちろん、野球少年だったこと、たんぽぽとのこと、反抗期だった頃の反抗パターン、初めての夢精、自慰、性交の正確な回数・時間・場所、そして敗者としてのいじけパターンや、その性質に至るまで全て書類に記載されていた。そして、極めつけが、今までの授業での居眠り回数や小便の合計回数、放屁の臭いのレベルから回数までが記載されていた。
「これが、地球から送られてきたデータですが、間違いないですね?」と、審査官に問われた。
審査官は、作り笑いで微笑んでいた。ウサギの作り笑いは、結構不気味だった。ぽん太は、声がうまく出せないまま、首を縦に振った。そして、しばらく間を置いて、「これが、僕の全てです」と答えた。ぽん太がそう言うと、ウサギは続けざまに次の書類をぽん太に手渡した。
「先ほど、こちらの方で調べさせていただいたデータです。間違いありませんか?」
手渡された書類を見ると、ぽん太が月までの道のり・・・・つまり乃木坂トンネルでどれ程苦しみ、そして傷ついたのかが書いてあった。頭蓋骨破損。貧血状態。気絶回数等々。ぽん太の体が残した傷が語るストーリーが、地球から送られてきたデーターを基に月までの道のりで、ぽん太が感じたことを書き表していた。唖然とする・・・・・。文章化されると・・・・物凄く陳腐に見える。ぽん太は、その書類にも首を縦に振った。
「では、書類の受領書に指紋を押してください。そして、今、お渡しした書類を全て、あなたのカウンセラーである大久保利通さんに渡してください。入国審査は以上です」
ぽん太は、審査官が口にした名前を聞いて固まった・・・・。入国審査官は、そんなぽん太の態度の変わりようなど気にもせず、先ほどの注射ウサギと同じ様に腰の位置にあるボタンを押した。ベルトコンベアーが動き出す。ぽん太は、慌てて入国審査官に聞き返す。
「あの・・・僕のカウンセラーの名前をもう一度お聞かせ願えますか・・・・・?」
「大久保利通さんです。水星の王子がそのようにアレンジなさいました。あっ・・・あと言い忘れましたが、ここは三階です。二階の免疫清潔所で、シャワーを浴び、体をキレイにしてからこの建物を出てください。」
入国審査官の言葉が、うまく頭に響いてこなかった。
「嘘でしょ・・・・トロ・・・・・・」
ぽん太は、まばたきすらできずに緊張に体を震わせた。トロに仕組まれた度を越えた世界の中で、何度震えたかわからない。
「やり過ぎだよ・・・トロ・・・・。あの大久保公が・・・・俺のカウンセラーなんて・・・・・」
ぽん太の顔は、色を失っていた。冷や汗が額に滲む。粘り気のないその水滴は、一瞬で顔から零れ落ち、ベルトコンベアを濡らした。心臓が止まってしまいそうだった。モンキーは、何も言わずにぽん太と一緒にベルトコンベアーで運ばれていた。ぽん太は、今すぐモンキーに跨り、辿ってきた道のりを逆走し、乃木坂トンネルに戻り、過去にむけて走っていきたい衝動に駆られた。
ぽん太は、ベルトコンベアーから下りるように三階の階段付近にいた警備員のウサギに言われた。目の前には、二階への下る階段がある。ぽん太は、そこをトボトボとモンキーを引きずりながら、力なく降りた。気持ちに張りがなくなる。苦しい・・・・・大久保利通という名前を聞いてから・・・・。
「逃げ出したい」
心が、叫び続けていた。乃木坂トンネルを越えて入国審査まで・・・・・・ぽん太は、二つの惑星の間・・・・何にも属さない状態で、ただ空を見続けていた日々を思い出す。生まれてから最も平和だと思えた時間。それは、入国審査を終え、あらたな生活に入った刹那に、消え去った。再び、敗者としての重く苦しい重圧を感じ始める。
「もう駄目だ・・・・・・」
ぽん太は、何度も呟いた。大久保公に罵倒され、軽蔑され、叱られる自分が容易に想像できた。




