表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第一章・難破船にお詫びの鯨を
7/67

1-3・通行料の酒樽


 キリルは普段から表情の乏しい顔をしているが、今は十人中十人が不機嫌であると分かるほどに眉根を寄せ、(しか)めっ(つら)をしていた。


 そもそもキリルは神殿に多額の献金をしてまで未来を予言して貰うことに、何の意味があるのか分からないのだ。それはバシレイオス神殿だろうがどこだろうが同じだと思っている。

 しかしの貴族たちがそうであるように、王である父もとりわけバシレイオス神殿をありがたがって献金を行うのだ。


 今回、病床の父に代わり差し向けられたキリルはポリスの代表としてだけでなく、交易も任されている。残念ながら、算術を駆使してみたところで度重(たびかさ)なる内戦が引き起こす財政難は簡単には回復しない。そんな中で頼まれた献金配達係だ。いっそ神殿への献金を打ち切れば財政難も少しは回復するのではないかと、ひそかにキリルは考えている。


 おまけに託宣の巫女を初めて見たが、頭からベールを被っていようとも分かるほどに若い女で、もったいぶったお告げをした声は、有り難くもなんともない普通の声だった。


 女は言った――『この航海は汝の財産となる』と。


 だが蓋を開けてみればどうだ。タラッサテオスに捧げる酒を買い忘れただけで腕利きの乗組員達は騒ぎ惑い、投石機十台を配した最新型の帆船(はんせん)はどこでやったか知れない大穴を()け、今や船も積み荷も自分さえも失いかけているのだ。

 乗組員たちは迷信深く、海神への通行料を払わなかったからだと嘆き、甲板は身も世もない騒ぎに見舞われている。


 キリルは怒声こそあげなかったが、自分より遙かに年も経験も積んだ大人が、たかが神への酒樽(さかだる)一つで我を失う姿に怒鳴りたい気持ちで一杯だった。


「とにかく、荷は捨てない。船尾に空いた穴を至急、(ふさ)げ。最寄(もよ)りの寄港地までなんとか持たせろ」


 言うキリルに五才年上で茶色の髪をした侍従のデニスが心配そうに口を挟む。


「しかし、リレー作業で水を捨ててはいますが、穴が大きすぎてすぐには無理かと……。一部の積み荷を捨てるのもやむなしかと思いますが……」


 控えめに言ってはいるが、それが現状で一番良いことくらいキリルとて良く分かっていた。だが、この積み荷を捨てたとて、船が沈むのを数分送らせるくらいにしかならないのだ。そんな暇があれば穴を塞ぐ努力で時間を()く方がどれほど意味があるか知れない。


「迷信に振り回されず、船を少しでも岸に近づける努力をし……っ」

「うわぁっ!」

「今度は何だ!」


 流石にキリルも野太い悲鳴を聞き、冷静さをかなぐり捨てて怒鳴った。

 託宣の巫女の言葉が蘇る。

『神を信じず災厄が訪れる、選択を見誤るな』と、澄まし面で告げた巫女の高笑いが聞こえるようだった。


 その高笑いを破ったのは、船体の揺れだった。

 高波で大きく揺れるのとは(わけ)が違う。まるで地震のように、船そのものが大きく縦に横にと揺れ、収まったかと思えば、今度は誰も操舵(そうだ)していないにも関わらず船が動きだしたのだ。

 先ほど声をあげた船員が海を指さしている。キリルは船縁(ふなべり)に手をついて、目を見開いた。


「なっ……!」


 船の下には黒光りする大きな何かがいた。頭の中で激しく警鐘(けいしょう)が鳴る。託宣の言葉がグルグルと頭の中を回り始める。


『選択を見誤るな』

『神を信じぬ者に災厄あり。選択を見誤るな』


(占いなど信じるものかっ)


『汝の右手には神の御使いが、左手には悪魔が宿り、オデラは歴史にその名を刻むであろう。汝の右手は和解を、左手は戦乱を望み、その均衡によって、汝は望む物を手にする。この航海は汝の財産となるであろう』


 ベールごしに巫女は、そう告げたのだ。


「おいっ、(もり)を持て!」


 指示を出すキリルに、侍従は慌てて銛を取りに行く。船乗りたちは海の神の怒りだと泣き喚き、海神タラッサテオスに祈り始めている。

 銛を構えた時、白い物が目の端に写った。

 見れば事もあろうにソレは海の上を歩いて、両手を振っている。


「ダメダメっ、そんな事しないでっ!」


 デニスは固まり、キリルは銛を取り落としかけた。

 黒い生物の上を、普通に娘が歩いて来るのだ。

 海にいるのだから当然かもしれないが、彼女は全身ずぶぬれだった。青銀色に輝く豊かな髪、アクアマリンの瞳、白いキトンは肌に張り付いていて、目のやり場に困る状況だった。


「……に、んげん……か?」


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 19:45 予定】

ブクマ・★評価、最高に嬉しいです♪


「面白かった!」

「今後の展開は?」

と思われた方は下の☆☆☆☆☆から(★数はお好みで!w)作品への応援お願いします。

ブックマークやイイネも励みになります!


よろしくお願いします(* . .)⁾⁾

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドキドキの展開ですね♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ