8-11・アンゲロス
「最大船速、ギガースに突撃だ! 衝角で奴の腹骨を抉ってやれっっ」
船は命令通りに動く。ネロの命令によって船は平常よりは少ないものの水夫たちの数は足りている。
歌によって動けなくなっているギガースの中心にある腹骨に向かって、船は突進する。船の先端についた大きな槍型の突起が骨に突き刺さる。
ミシリと大きな音を立てる骨に水夫たちはさらに櫂で漕ぐ。スピードが足りず折るまでには行き着かないが、ふいに船が浮遊し、ミルティアデスは船の下を見る。黒い影に、彼はまた笑った。船は今度は鯨の突撃スピードで腹骨にぶつかっていく。
「体を分断した後は、即刻、船を進め上半身に乗り上げろっっ」
予測した通り、衝角は正確に腹骨をうち破った。そこに他の船が進んで下半身の上を通る。
接続の切れた下半身は海に溶けていく。
「船を重石代わりに手を沈めてしまえっっ。最後は頭部だ。溺れ死にさせてやるぞっ、アーハッハッハッ」
ミルティアデスは高笑う。
溶けていった下半身から両足のみが蛇のように海をうねり、ミルティアデスの船にぶつかって行こうとする。
そこに大きな矢が突き刺さる。
ミルティアデスは矢の飛んできた方を見た。
「キリル・オデラか……」
オデラの船団から放たれた大きな矢は何人もの人間の手によって番えられ放たれている。
蛇足は両方ともがあっという間に穴だらけになり、海に埋没し溶けて消える。
「ミルティアデス・テルマ。対等同盟の名において貴国の窮地を聞き、馳せ参じたキリル・オデラだ。助力致す!」
「……はっ、よく言う、坊ちゃんだ」
ボソリと言い、ミルティアデスも声を張り上げる。何事も建前で世界は出来上がっているのだ。
「我はミルティアデス・テルマ。助力感謝する」
キリルの船団は弓を番え撃ち、ミルティアデスの船団は完璧な統制によって、ギガースの上半身を海の中へと敷き込んだ。
ギガースは今や海中に沈み込んでいる。それでも未だ抵抗は強い。
「 タラッサテオスよ
優しく恐ろしき神
我らはあなたのしもべ
我らの血と肉
心と魂
すべてを支配せし偉大なる神
我らのたどり着くは……っ 」
ニアたちは歌を止めた。
どんな生物であろうと、違う空間で生きる事はとても大変な事だ。魚たちが陸で生活できないように、人間も海では生活できない。そこには神の庇護がやはり必要なのだろうとニアは考える。
神によって海底王国は海の中でも生活できる。なぜならそこにはちゃんと陸と同じように空気が存在しているからだ。
このギガースもまた神の一部。神とは偉大な存在だ。空間など関係なく存在出来るのかも知れない。
(……じゃぁどんな環境でも耐えられるかも知れない……。ならどうやって倒すの……?)
ニアとゼノの歌がテオを殺し、動物を殺した。それでもスキアーは死ななかったのだ。
スキアーが死んだのは神の血の力とも言える。
「白き涙……」
ニアは銛をを見つめる。尻餅をついて二又銛を引き抜くや否や、船の端まで走る。そこから見える、そう離れていないキリルの旗艦を見つけた。
船縁に立って、叫ぶ。
「キリルーーッッ」
彼と目が合った瞬間、銛を投げる。
白い銛はキリルの旗艦に真っ直ぐ飛び、彼の手に捕まる。
「目を! 射てーーっっ!」
彼は頷き、自らの手で弓に番える。
「船をどけてっ、ミルティアデス様っ」
「ふんっ……託宣の巫女に従えっ!」
彼はそう言い、船を退かせる。
ニアの目の前にギガースの頭部が起きあがってくる。
爛々と輝く赤い目がニアを見つめた。
(この地に封印されていたのは、一つの目だ! そうでしょ、婆様っっ)
ニアは怖くはなかった。後ろにはキリルがいるのだ。
骸骨の口が大きく開く。
「大丈夫、大丈夫……っ」
ニアは呟く。
ゼノがニアに駆け寄り、抱きしめた。
口の奥から声が放たれようとしている。こんな近くで高周波を受ければ、どうなるかくらいニアにも分かっている。
(失神じゃすまないっっ)
「伏せろ、ニアっっ」
風を切る音と共に、キリルが射た。
二又銛がまっすぐに赤い目に突き刺さる。ギガースの赤い目から白い血が流れて落ちていく。
ギガースの口から悲鳴が放たれる。
「ギギャァァーーッッ」
ニアはゼノの耳を塞ぎ、ゼノはニアの耳を塞ぐ。二人は間近で起きた大声に脳を揺さぶられる。
すぐにたくさんの矢が頭部に突き刺さり、ギガースは白い血を流しながら、海に沈む。数度バタつき、船を大きく揺らして――やがて、段々と白く溶けていく。
ニアはそっと目を開けた。
世界は青い。
ニアは、ほぅと息を吐く。自分を守ろうとした兄の腕の温かさを噛み締めるように、ギュッとゼノの体を抱いた。
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【次話公開 → 本日 23:20 予定】
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