8-6・始まりの歌
軍船十隻が一路、嘆きの地を目指している。
手紙を受け取ってから四日後、出港準備を済ませたニアたちミルティアデスと同じ船に乗船していた。
嘆きの地が迫るに連れて、心はざわめく。
初めて見た時の恐怖が胸にはある。本当に自分にやれるだろうかと思いながらも、ニアはせめてギガースを倒して、ネストルやドーラたちのいるこの世界が穏やかになればいいと思っていた。
数日が過ぎた、ある昼下がり。
甲板の水夫たちがどよめく。まだ四時間はかかるであろう位置に水しぶきと白い巨体がある。兄の音も聞こえてくる。音は遠すぎて、微かに聞こえる程度だ。
ニアは海に飛び込む。キリルも止めなかった。先んじて駆けつけるわけにはいかないと分かっていても、じっとしていられないのだ。
いつものように海を感じ、遠く近い兄を想った。
それからきっかり四時間がたった時、ニアはただただ、その光景に圧倒された。
水の柱が何本も立ち、海の戦士たちがギガースを取り巻いて、思い思いの武器を手に向き合っている。その数は百を越えている。
よく見れば時々、柱は人ごと海に埋没して消え、別の人を乗せた柱がまた出現しているのだ。
その一番外側で、ゼノが歌いながら弓を射かけていた。
ゼノはこちらに気付くと海中へと消え、次の瞬間にはニアのすぐ側に柱を出現させた。
「ミルティアデス・テルマ、キリル・オデラ。ようこそ来られた! 私はゼフェクスリーノ・タラッサ。貴殿たちと同盟を結べたことを嬉しく思う。そして今ここに、同盟者として協力を要請する!」
美しい声で兄が言う。
「要請了解した。貴国への友情と我が国の繁栄の為、共に戦おう」
ミルティアデスが言い、キリルが頷く。
「我らの音の心配はしなくていい。こちらで制御する」
そう言うとゼノはニアに手を差し出す。
「ニフィクスリーア、百九十四番の二節だよ、出来るね?」
ニアは、ハッとする。
ここには海の者たちがこんなにもいるのだ。ニアの存在をバラしてはいけないはずなのにと、不安になる。だが兄は優しい笑みで大丈夫と言った。
「母上のお墨付きだから安心して、歌おう。何のためにお前を仕込んだと思ってるんだよ」
最後の方はニアにしか聞こえないほどに小さい呟きとなっている。兄の優しさを感じて、ニアは頷く。
「うん。でも、ここでいいよ。あたしはキリルのお手伝いだから」
ゼノは驚いた顔をして、それから少し寂しげに頷くと――海に沈み元の場所に戻った。
船は円陣を組むように散らばり、水柱の間に入っていく。
ギガースの真っ赤な瞳が光るのを見て、ニアは目を閉じた。旗艦はゼノのいる正反対の位置へとたどり着く。
障害物は何もない。目の前には暴れるギガースがいるのみだ。
「……キリル、歌いますっ」
胸の前でギュッと手を合わせ、ニアは彼を見る。キリルは頷いた。
(たとえ、死んだとしても……せめて役に立ってから……)
脳を揺さぶる激しい音がニアの口から放たれた。
「あぁーーっ、タラッサテオスぅぅぅう、なんとすばらしいあるじぃぃ、ほめたたえよ、うみのおさをぉぉおーーーッッ!」
読んでくださってありがとうございます。
【次話公開 → 本日 19:40 予定】
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