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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第一章・難破船にお詫びの鯨を
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1-2・座礁の船


 ニアは鷲鼻岬へと走っていた。

 日はすでに傾き、オレンジ色の夕焼けが海を染め上げている。

 一心に岬まで走り出て、緩めぬ足の勢いで海に飛び込む。朝とは比べ物にならない飛沫をあげ、周囲を泡だらけにした彼女は両手で足を抱え、沈んで行く。


(いくら何でもあんまりだっ。よりによって巫女資格を停止処分だなんて!)


 海底まで一気に沈下したニアはそのまま目を閉じて、うずくまる。水深十八メートルの底辺で、涙を流した。

 哀しくてならなかった。


 巫女資格の停止――それは神降ろしの儀を執り行う行為、およびモイラへの進入禁止を意味する。

 ニアにとってみれば、魂の一部を取り出してどこかの箱に押し込めて鍵を付けられたことと同義だった。死にはしないが、心にたくさんの空白が生まれたようなものだ。

 託宣自体は無意識下を神が支配し、慈悲と共に人の運命を予言することである。だが、彼女にとっては少々事情が変わってくる。仕事としての託宣と、個人的用事としての神降ろしをしているのだ。


 ニアは深夜、モイラへと入り、遠い祖先の神に会っている。彼はとても良くしてくれるし、彼のおかげでニアは寂しいという感情を知らずに済んできた。本来、神降ろしをすれば記憶も飛ぶが、不思議と彼との会談は綺麗に覚えていられるのだ。彼はその理由を相性の良さと子孫だからと明言している。

 ニアには本当の所など分からない。ただ彼が言うなら、そうなのだろうと思っている。


 母は海の民が作る海底王国の女帝であり、海神タラッサテオスの子孫でもある。海底王国の名の通り、母の国は海の底に存在している。

 何の因果か、母は地上人である父との間に双子を産んだ。

 ニアと双子の兄ゼノである。海底においては不吉とされる双子の出現に、母は額に次王の印を持つ兄を手元に、父はニアを連れて地上へと戻ったのだ。


 父は母が好きだったし、母も父が好きだった。ニアのために別れて暮らすことになった二人の話はとても哀しく辛いことだが、それらも全てタラッサテオスに聞いた話だった。タラッサテオスはまさしく海の化身であり、海そのものだ。雄大で奔放、そして厳しさも持っていた。

 祖先であるタラッサテオスの話に耳を傾け、体を預けているだけでニアは幸福感を持つことができたのだ。また彼の力により、水を通して母と面談することもできたのだ。


 言ってみれば、タラッサテオスは祖父のようですらあった。母はもちろん、たとえいつも意地悪をしに陸に上がってくる兄ですらも愛しい家族だ。

 ニアは海の全てが愛しくてならなかった。

 その愛する家族に半年もの間、面会謝絶が決まったのだ。それは同時に多忙の母にも会えないということでもある。


 髪を引っ張られて目を開ける。

 赤や黄の波模様が美しい数匹の魚たちがニアの髪を小さな口で引っ張っていた。

 心配してくれたのだと分かり、ニアは微笑む。

 比較的浅瀬に入る海底には太陽光が緩く溶け込み、青く美しい。海藻(かいそう)珊瑚(さんご)といった海の生物は波に揺られながら青々とまたは赤々と(しげ)り、魚たちは種々多様の色や大きさで持って、目を(なご)ませるのだ。


(ま、タラッサに行くの禁止……っに、比べたらずっとマシ……なんだけどね)


 前向きに考える事にして、手足を伸ばし大地を蹴る。

 スイーッと沖に向かって泳ぐ。とても神殿に戻る気にはなれなかったし、今戻った所で説教の途中で逃げて来たようなものだ。夕食抜きや掃除当番などの(ばつ)まで言い渡されるに決まっている。

 そんなニアの周りを魚たちが並走して泳ぐ。海の民たち同様、ニアも泳ぎには自信があった。


 数十分後、ニアは陸から船で五時間の場所を漂っていた。

 側にはいつの間にか集まってきたイルカ達がいて、ニアを囲み泳ぎを競っている。

 ふとニアは日差しを塞がれた気がして顔を上げる。


 空こと海面に木の葉があった。海面に向かって泳げば近づくにつれ、木の葉は巨大な船の底辺だったのだと気付く。同時に端に空いた穴が目に入る。

 海は好きでも船には不勉強なニアには船尾なのか船首なのかも分からない。だが穴は綺麗に(えぐ)れていて、水が侵入している最中だった。

 どこでやったのか知らないが座礁(ざしょう)したのだろう。

 船はゆっくり沈んでいた。


 海から顔を出すと、船上は怒声が飛び交っていた。積み荷を捨てる捨てないで揉めているようだ。

 その中に金灰色の髪を見つけて、ニアは目をパチパチさせた。


(……あっ、えーっと……確か、キリル・オデラ!)


 さすがに処分の対象になった人物の事だ。ニアはスルリと記憶から引き出した情報で、キリルを見上げる。向こうはこちらに気付かず、積み荷を捨てることなどできないと言っていた。

 ふとドーラの顔とネストルの顔が浮かぶ。すぐにドーラの顔をかき消して、尊敬するネストルの顔だけを思い浮かべる。彼はいつも、『一つの悪行(あくぎょう)を二つの善行(ぜんこう)で洗い流しましょう』と言っていた。


(じゃ、積み荷を捨てないようにしてあげて、船が沈まないようにしてあげたら、朝の嘘はまさかの帳消しっってことだよね!)


 ニアは考える。どうすればそれを可能にできるかが問題だった。


(板を貰って、底を補強してあげる? ううん、無理無理。あたし、前に鳥の巣箱を作ろうとして、自分の手、打っちゃって全治一週間になったんだもん)


 自分で認めるのは癪だが、ニアは不器用だった。

 しばらく悩んだ彼女はやがて顔を輝かせ、海にトプンと潜り込んだ。

 イルカたちが近寄ってくるのを手で押しとどめ、口を開く。

 口からは甲高い音が放たれた。


読んでくださってありがとうございます。

【本日、後4話公開 → 次話 19:15 予定】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語が動き始める予感。ニアの活躍に期待です!
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