8-5・背信と冒涜の果て
辿りついた部屋の前にはネロが立っている。
「何だと!」
中から声が響いてきて、ニアはビクリと身を竦ませる。
そっと近寄り、扉に耳を押しあてる。どうやら、キリルはまだミルティアデスと話しているようだった。
「では嘆きの地は生成可能なものだと言うのかっ、キリル・オデラ!」
「あぁ、俺の見た感じでは海のものと、ほぼ同質」
「……っ」
ニアは思わず声をあげかけて、口を押さえる。
(うそっ、アレ……アレがっ、嘆きの地だったの?)
ネロはニアの行動に文句は言わなかった。彼にとってみればニアの行動など興味の対象でもなければ、任務の疎外にすらならない。
注視すらされないニアは更に耳を押しつける。
「林のものは生成途中で止めることができたようだ。今、ゼノが神殿を調べている」
ニアは顔を顰める。
(キリルっ、そんなこと、あたしには一言もっ)
堪らず扉を開ける。
「すみませんっっ、ちょっと夫に話がっ」
彼女の大声に二人は驚いた顔でこちらを見る。
ニアはズカズカと中に入ると、夫たる男の腕を掴んで部屋の外に連れ出す。話を中断させられたにも関わらず、ミルティアデスは軽く手を振って見送る。これには彼の度量の広さを感じる。
ニアはキリルをグイグイ引っ張って、吹き抜けの廊下を突き抜け庭園へと進む。
中央にはテルマを冠する都市にふさわしい大きな池が、青々しい水草と果樹に彩られている。
池の中央には円形屋根を持つ祭壇がある。飛び石を前にニアは立ち止まり、周囲を見回した。
「いったい何だ? それにお前、バシレイオスの巫女だろ? ここはテルマの……」
「キリルっ」
彼の発言を遮るニア。
「どーして言ってくれなかったのっ」
「何をだ?」
「あれが嘆きの地だってことだよ!」
彼の困惑はニアにも伝わってきた。少しの沈黙――やがて彼は額を押さえた。
「……声を抑えろ。だいたい覚えてないんだろう? それに気付かない方がどうかしている」
「う……っ、そ、それは……」
「知ったところで、どうにかできる話でもない。名称に意味もない。どうあれ、被害が出たことだけで理解は充分だろう」
それは違うと叫びたい気持ちを抑える。
嘆きの地を自分の歌声が作ったとしたら、それは巫女であるニアにとっては大きな問題だ。
歌によって人が死んだことは、もちろん最悪な出来事であり取り返しのつかない悪いことだ。だがそれ以上に、バシレイオスを信仰している巫女ニアが、主神の意に反した行動をとったことになる。それは、同教の全てに対する背信と冒涜の世界の話だ。
(そっか……)
ニアは唐突に理解した。
(罪を償うために、アンゲロス様は……)
頭の中がスッキリと整理された気分だった。
ニアはそれまでの嵐が去った気分で、晴れやかにロトゥダを見る。ここはテルマのロトゥダであり、バシレイオス神殿は遥か遠い。
それでもロトゥダが与える神聖さはニアの心を穏やかにした。
「キリル、あたし歌うわ」
凪いだ声に、キリルはわずかに目を見開き、それから静かに聞く。
「できるのか?」
ニアは彼を振り仰ぐ。
「できるわ」
強い瞳で返す。
ニアが手紙を見て思ったのはたった一つだった。どうすればテオたちへ償えるかだ。断罪が怖いわけではない。だが託宣の意味が理解した今、残る気持ちは奉仕だった。
ただキリルやネストルたちのために何かできることをしたいと思った。そしてニアにできることなどそう多くはないのだ。
キリルが歌を求めるなら、ニアは歌おうと思えた。
(神と戦って、罰を受けて死ぬのがあたしの運命なら、受け入れる。……キリルは、偽の妻の存在で困らなくてすむし、神殿の威信にも傷つかない。もう戦うしかないってわかったから……あたしも覚悟を決めるわ、キリル)
彼に頼む。
「だから、あたしも連れて行って!」
「……わかった」
キリルは小さなため息とともに頷いた。
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【次話公開 → 本日 PM 17:30 予告】
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