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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第八章・嘆きの叫びと歓喜の響き
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8-3・歌うこと


 ニアもキリルも多くを語らぬまま、テルマのアゴラに向かう。

 そこにはすでに軍備を整えた人々に混じって、ミルティアデスがいた。


「おぉ、無事だったか」


 ミルティアデスはニアたちを笑みで迎える。そしてチラリとネロを見て、その頬を殴りつけた。

 一瞬、周囲の喧騒が静まる。ネロは地面に倒れ込んだ。

 すぐに彼は片膝を立てて座ると、頭を垂れる。


「申し訳ありませんでした」


 ミルティアデスは何も言わず、彼を通り過ぎ去っていく。また喧騒(けんそう)が戻り、ネロは相変わらずの笑顔で、ちょっと行って来ますと言うと後を追って行った。


「大丈夫かなぁ……怪我も酷そうなのに」


 ニアは心配そうにネロの背を見送る。


「ニア」

「ん、なに? キリル」

「歌えるか?」

「え?」


 信じられないことを言われて、ニアは固まる。更にキリルは続ける。


「ミルティアデス殿はおそらくお前に歌を望むだろう。歌えるか?」


 顔を伏せ、首を振る。


「できない……」


 彼の顔を見れずに、(うつむ)く。ニアは惨状だった浜を思い起こし、首を振る。


「そうか。だったら、具合が悪そうにしていろ」

「え?」

「嘘は得意だろ?」

「皮肉はやめてよ……」


 キリルは無視して、ネロの去った方へと歩き始める。ニアは慌ててキリルに並んだ。


「なんでっ? ねぇ……なんでっ」

「簡単だ。当てにしている者への被害が甚大(じんだい)だからだ。歌えないならば口実(こうじつ)を作っておけ」

「だって……だってっ、歌えって言わないの」


 彼は立ち止まり、ニアを振り返る。彼の言葉はともかく、彼の瞳はとても優しげだった。


「……言ったところで無理だろう? 無駄なことはしない」

「……キリル……」

「アンナに無事を伝えておけ。俺はミルティアデスに便宜上(べんぎじょう)、礼を言いに行かねばならん」

「……うん」


 彼は再び歩き出し、ニアは追えなかった。


(……キリルの言うとおりだ……歌えない。あんな……、あんな風になるのを知ってしまったから……)


 ニアは神殿を想った。

 自分は巫女にもかかわらず、大量殺戮を行ったのだ。今こそ神と対話をしたかった。だが、神殿は遠い。


(ドーラ婆なら、なんて言ったかな……、きっと馬鹿者ーって怒鳴ったよね。……ドーラ婆、ネストル様、あたし……あたし、どうしたらいいの?)


 ニアは途方に暮れたまま、広場を後にする。


「ニア様っ」


 アンナが走り寄ってくる。


「あっ、アンナ」

「ニア様、宜しゅうございましたっ。アンナは……アンナはもうっ、心配で心配でっ!」


 目に涙を浮かべて泣き笑いをする女に、ニアは目を見開く。

 ミルティアデスに言われて世話をしているだけの関係でも、こんなにも心配させていたのだと知り、ニアは素直に謝る。


「ごめんなさい……アンナ。心配かけて……」


 彼女を見れば、ドーラたちがどれほど心配しているかが忍ばれた。



読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 6/8 PM 12:20 予定】

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