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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第八章・嘆きの叫びと歓喜の響き
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8-2・灰色の撤退


 だがいくらも歩かぬうちに、茂みから人影が(おど)り出てくる。

 茂みと言っても葉はほとんどが枯れ落ちていて、枯れ枝だらけの禿()げた植物の(かたまり)だ。人物を認めるや(いな)や、ニアとキリルは同時に声を上げていた。


「……ネロっっ」

「だ、大丈夫ですかっ?」


 彼のクラミスはボロボロに千切れ、腹部や頬、耳などは血に染まっている。

 ニアは咄嗟(とっさ)に、先ほどのキリルの言葉を思い出す。


(まさか、あたしの歌のせいっ?)


 だが、すぐにキリルによって、地面に引き倒される。


「……っつ!」


 衝撃に息が詰まる。腕も()()いてしまったが、それよりも、キリルの側に突き刺さった大きな槍を見て、ニアはぞっとする。


「……な、何っ?」


 正確には槍によく似た棒である。灰色のつるんとした作りのソレは微かに濡れている。


「お二人ともには死んでもらったら困るんで、さっさと消えて貰えますー? 迷惑ですから」


 ネロのいつもの口調が降ってくる。

 彼の足下にも槍が何本も刺さっていた。


「なっ……」


 キリルが剣を抜く。

 目の前に現れた人物は忘れ得ぬ者だった。


(す、きあー……っ!)


 ニアは慌ててキリルの袖口を掴む。


「キリル! あの人……っ、あの人よっ」

「あぁ、一度聞けば分かる! 黙っていろっ」

「でも……!」


 怒鳴るキリル。ニアが文句を言おうとするより早く、二人を視界にいれるスキアー。ニアはそれ以上の言葉を紡げず、固まる。

 殴られた恐怖が今になって舞い戻ったのを感じた。


「……シッパイ……テッタイ」


 スキアーの目が赤く明滅する。


「ひっ……」


 恐怖に声が漏れる。

 だがスキアーは予想に反して、素早い動きで森から走り出ていく。


「……な、なんなの……」


 ネロに質問をと見るが、すでに彼の姿はない。


「一体……どういう意味……、失敗した……って言ってたよね」

「失敗? 何の話だ」


 (いぶか)()なキリルに驚く。


「言ってたじゃない! 失敗ってっ」

「何も聞こえなかったが?」


 彼が嘘をついている様子はない。スキアーの声は小さくはなかったにも関わらず――。


(どーゆーこと?)


 キリルは剣を片手に歩き始める。ニアは何とか立ち上がり、後を追う。スキアーの去っていった方には海がある。

 二人は後を追った。

 林から出ると、海を前にネロが立っている。手にした短刀からは灰色の雫がポタポタと(したた)り落ちている。

 彼はニアたちを見もせず、海を向いたまま言う。


「行っちゃいました。残念です。きっと、ミルティアデス様が非常線を張ってらっしゃるでしょうから、大丈夫だとお伝えしないといけませんねぇ。ホントは僕がするはずだったんですけどね。ご命令に(そむ)いたから、きっと怒ってらっしゃるでしょうねぇ。あー、そういえばよく無事でしたね、キリルさん。また生きてお会いできて嬉しいですヨ、お二人とも」


 ニアはキリルのクラミスをぎゅっと掴む。


(なんか、怒ってるよね……これ……)


 ややもしてネロが振り返る。にっこり笑顔を張り付けた彼は「さぁ、帰りましょう」と言い、二人の横を通り過ぎていく。

 二人は顔を見合わせ、ネロの後を付いて行った。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 22:40 予定】

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