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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第七章・分かたれた者と作られた者
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7-5・双子の歌


 キリルは音を正確に聞き分けて聞こえる方へと進んでいた。着いた先は水の張られた穴だった。


(……認めるのは癪だが、教育の賜物(たまもの)だな)


 それは海水だと臭いで分かる。海中で音を聞き分けるなどできないが、ここまで来た以上は行くしかないと覚悟を決める。

 顔を付けて見てみれば、遠くに白く発光するものがあった。大きく息を吸い込み、穴に手を掛けたまま、海の中に突入する。

 途端、今までとは比較にならないほどの音量で耳に届く歌。


「 あぁ、タラッサテオス

  なんとすばらしいのだろう

  我らが主、我らが魂をまもりし主 

  我らはタラッサテオスの子

  永遠なる従僕 」 


 脳が揺さぶられ、瞬間的に水を飲み込んでしまったキリルは、穴から地上に顔を出して咳き込んだ。

 もう一度潜り、辺りを見回す。

 圧倒的質量の海水を切り裂くように白い光がキリルの位置まで伸びていた。

 光のある範囲外は暗闇が広がっており、この穴だけが唯一の出口のようだった。


(戻って来られそうだな)


 もう一度、陸地に顔を出し息を吸う。そこからなるべく自分の中での最大速度を心掛け、発光物体へと近づく。

 近づくに連れ、光の全貌(ぜんぼう)が見えてくる。

 それはポリスにある神殿とそう変わらないものだった。違うことといえば、崩れた三角屋根や、折れた列柱が周囲に散乱し、海藻や苔によって補強されていること。そして細かな文様は読み取れないほどに水の摩擦で削られて老朽化が目立っていた。


 声はますます大きくなる。

 今や息苦しさや水の圧迫感よりも、頭痛で意識が遠のきそうだった。


 キリルは入り口を捜して回る。中から聞こえる以上、中には空気があるはずだ。段々と息も苦しくなる中、やっとのことで天井に開いた穴を見つけ、侵入する。

 水から顔を出し、大きく呼吸を繰り返す。

 落ち着いて目を開ければ、うっすらと青く光った広間がある。その中心に二人の発光する人影を見つけ、キリルは慌てて、上へと体を引き上げた。


 人影の側は赤黒いもので溢れている。


「ニアっ! ゼノっ?」


 二人は光る細い柱を中心に鏡のように二人で向かい合って、手を合わせ、美しい旋律を奏でていた。


 駆け寄りニアを揺さぶるが、彼女はピクリともしない。試しにキリルはゼノを揺さぶり、強く押しても見たが、反応はやはりない。

 二人は無反応で、ただ自分たちの中心に立つ細い二又銛を見つめ、祈るような音楽を奏で続けるばかりだった。

 側にはとてもこの空間に存在したとは思えないほどの死骸が溢れている。動物だけではなく、人間らしきものもある。


 鼻から血が垂れ、キリルは舌打ちする。

 理由は分からずとも、原因は分かる。どれほど不味(まず)いかということもだ。


 キリルはニアの腰に手を回し、思いっきり引っ張る。だがやはり彼女の足には根が生えたように、そこから一歩も動かない。

 試しにその頬に触れてみるが、石像のように硬いわけではなく、ちゃんと柔らかい。ただ、肌は異常なほどに冷えている。


「何だと言うんだっ」


 キリルの耳に生暖かい液体が垂れる。


「……っっ」


 周辺の地面が何故濡れているのかは考える必要もないほどに分かっている。赤黒い液体の中で二人だけが清らかだ。

 双子と銛が発光しているほかは、壁にも特に変わった所は見受けられない。いや、床の死体は徐々に増えている。

 時折、地面が光る。すると、次の瞬間にはその光が死体へと変わっている。


 キリルはいかにも怪しげな銛を見つめ、手を伸ばした。

 銛に触れる瞬間、指先にビリッと(しび)れるような痛みが走る。キリルは掌全体でもって、その銛を掴む。

 刹那、光の風が発生する。

 光る風だと思ったのは目の錯覚で、風には光る文字が溶け込んでいた。光る文字が風とともに吹き荒れ、台風の目のような棒ごとキリルを包み込み、暴風と化す。


 風に煽られ、ニアの髪が靡きうねる。

 ぐっと力を入れて引き抜くが、かなり深くまで突き刺さっていて引き抜けない。

 文字の奔流(ほんりゅう)は止まらず辺りを駆け抜ける。

 キリルは足を踏ん張り、両手で掴むと力一杯引き上げた。ニアたちの間に光の柱が立ち、二人の手が離れるのと引き抜くのは同時。


 棒の発光は止まり、文字は天井や壁に凄まじいスピードで流れ――止まった。



読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 17:30 予告】

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