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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第六章・嘆きの地、生成
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6-8・行方不明の妻


 侍女のアンナは半狂乱でキリルに頭を下げる。

『途中で見失ってしまった、もしかしたら拐かされたのかもしれない』と、泣きながら訴える女に、辟易(へきえき)とする。


 キリルは三時間近く続いた議会を終えて、貴人館に戻ってきていた。

 荷物などはすでにこちらに移されている。ニアもここに戻っているはずだったのだ。


 そもそもニアには野生児じみた所がある。それは彼女が神殿という特殊な環境で育ったせいであると彼は見ている。巫女である彼女を否定する気はないが、神殿や神と言った存在に対して懐疑的(かいぎてき)だった。


 キリルとて王族である以上、歌の神アーディンの系譜(けいふ)という由緒正しい家柄に産まれている。

 これも彼に取ってみれば、不審の一つだった。実際、有力貴族はほとんどがアーディンの血を引いており、歌が上手ければ神の加護が深いなどという迷信まである。音楽家でもなければ、音楽家を目指しているわけでもないキリルにとって、歌の必要性などないに等しい。

 だが両親は系譜と血筋を賛美し、音楽のためには金も惜しまない。体面第一の両親と姉が、この調子で金を使い続ければ、将来自分が負うべきは負債の山だ。


 だからこそ王になり次第、即刻バシレイオス神殿への献金を切り捨てようと誓ったのだ。

 その結果ニアと知り合うに至ったわけだが――情に流される気はない。


 ニアのような海の者、ミルティアデスの名付けたギガースを見てさえ、神とやらの存在を受け入れる気はなかった。

 陸に都市があるのだから、より広い領地を持つ海にあっても何ら可笑しくない。そもそも象や鯨とて大きいのだから、人の巨大化版がいたとて可笑しくないと思っている。


(だいたい世界は広いのだ。普通と違う出来事を全て、神だ何だと言っていては限度がない)


 そんな彼がギガース討伐に協力すると決めた理由は簡単だった。正義感でも何でもない、金の話だ。

 将来の事を考え、他国との海上交易に力を注ぎたいキリルにとって、新航路の確保は第一要件である。ギガース討伐に乗ることは実に合理的な結論でもあった。

 そう、ニアは気付いていないがキリルはテルマの王よりよほど合理主義だった。

 そんなキリルにも、ニアのことを妻と偽った理由はうまく説明できない。

 だが、そうなったからには信用問題のためにもニアのことは自分が責任を負わなければならないのだと理解している。


「……どうにも理解していないな、あの馬鹿……」


 ミルティアデスの手前、ニアを連れてオデラに戻ることは決定している。その時には、それなりの『妻らしさ』を求めなければならないのだ。

 謝り続け、首さえ(くく)りかねないアンナに便宜上(べんぎじょう)の罰――妻のために大量の衣類購入する任務――を与え下がらせる。


「……知り合いみたい、か」


 アンナに『待ってて』とニアは言ったという。だとすれば、彼女はすぐに戻るつもりだったのだろう。だがまだ戻らないことと『みたい』というところが気に掛かった。

 最初キリルは話を聞いた時にゼノに会ったのかと思った。ニアは神殿育ちで、ここに知り合いはいない。そもそもここはエンポリウムではない。よほどのことがない限り、他国人はこちら側には入れないことになっている。

 デニスたちはすでに去り、ネロはミルティアデスの側に始終いる。だとすれば、彼女がわざわざ駆け寄って話しかける相手などこの町にはいないはずだった。


「……手間の掛かる……」


 ボソリと呟くとキリルは来た道を戻って、議会場へと戻っていった。

 テルマではキリルにできることが少ない。結局、借りたくはないがミルティアデスの協力を得るのが一番早道だと結論づける。

 借りよりも効率を選ぶキリルは、やはり合理主義の権化(ごんげ)なのだ。



読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 20:30 予定】

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