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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第六章・嘆きの地、生成
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6-6・海の匂い


 そこは建物同士のせいで日当たりが悪く、薄暗かった。

 人の影も形もない。

 とりあえずも自分を信じ、歩き出す。キョトキョトと辺りを見回しながら、十字路やゴミの積まれた後ろを見ては歩き続ける。

 彷徨(さまよ)うこと五分にも満たなかったろう。何本目かの脇道で黒い影を見つけた。


「待ってっ」


 影はピタリと止まる。

 ニアはホッとして薄暗い路地を走り寄った。

 次第に姿が近づくに釣れ、相手の上背(うわぜい)がかなりあることと肩幅などから男だと知れる。追いついたニアは、横を向いた男から漏れる自分と良く似た色の髪を見て、微笑んだ。

 やはり『知っている』海の匂いがする。


「良かった! 見失っちゃったかと思ったわ。あなた、海の人でしょ? お兄……えっと、ゼノを知ってる?」


 男がゆっくりとニアを振り返る。赤い瞳と目がかち合い、ニアは目を見開く。

 彼は片目だった。左目以外のほぼ全てが完全に白い包帯で覆われている。

 彼は首を回し、ニアを見て手を伸ばし、彼女の髪に触れた。

 ニアは最初、怪我をしているのかと思ったが、鼻や口の辺りだけ少し見えている他に出ている所がないのだ。

 神殿でも戦災難民をたくさん見てきたニアは、すぐに彼が怪我をしているのではないことに気付いた。

 理由は彼の動きだった。何ら不自然な様子がないのだ。普通怪我人は、怪我の場所を庇うような動きをするものだが、彼にはそれが一切ない。


(怪我じゃなくて、火傷とかで皮膚を保護してるのかも……)


 ニアは相手の体をじろじろ見てしまった事を反省して、頭を下げる。


「ごめんなさい……つい。えっと、あたし、ニア。ニフィクスリーアって言うの。あなたは?」

「ニフィクスリーア……」


 男が低い小さな声で反芻(はんすう)する。ニアは大きく頷くと、もう一度、兄の事を聞いてみようと口を開いた。


「ゼノは……っ!」


 いきなり髪を引っ張られて、ニアは言葉に詰まる。


 男は手をぱっと離すと、背を向けた。抗議の声を上げようとするニアに、男がまた低く小さな声で言った。


「コイ」


(……またゼノの嫌がらせだっ。きっとゼノがこうしろって命令したんだわ!)


 決めつけたニアは彼の後を付いて行く。彼はあちこちの路地を迷う間もなく通る。ニアは追いかけながら、彼の早さに付いていくのがやっとだった。

 相手は走ってるわけでもないし、歩いてるに違いはないのだが、男の早歩きにつき合うにはニアは走らなければならず、結局、彼が立ち止まるまで走り続けた。

 男が立ち止まったのは、かれこれ四十分ほど経った時だった。

 さすがに息の上がったニアは、膝を押さえ、(うつむ)いて大きく息をつく。


「ねぇっ、……どこ、行くのっ?」

「……カイテイ、神殿」

「し、神殿? 海底? ダメ、あたし、行けないのっ。ゼノに、聞いて、ない?」


 切れ切れに聞くニアを無視して、男はニアの手を掴み、更に歩き出した。

 また走る羽目になると気付いたニアはその手を振りほどくと、大きな声で明言した。


「ゆっくり歩いてっ! じゃないと着いていけないっ」


 男はニアを見て頷くと、彼女に近寄り肩に(かつ)ぎ上げた。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 18:30 予定】

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