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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第六章・嘆きの地、生成
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6-5・心配事


 昼食後、ミルティアデスはアゴラで開催される議会に出たキリル・オデラとの仮同盟を調印(ちょういん)し、昨今周辺地域での不審死について全力で解明するに務めると明言した。

 アゴラの作りは他都市と変わらない。円柱が建ち並び、すり(ばち)状に観覧席が広がる。中央では半円状に並んだ椅子に議員が座っている。

 情報の隠匿(いんとく)忌避(きひ)するミルティアデスの方針から、観覧席には出席したい市民なら誰でも座ることができ、今も多くの者がいる。

 国王としてギガースの存在を明らかにし、不審死との関連あらば兵を挙げる旨も伝える。

 キリルは一連の流れを見ながら、意外に思っていた。ミルティアデスは完全に専制君主を気取るわけではなく、あくまで議会との協調関係も築いているらしい。


(てっきり、逆らう者は粛正(しゅくせい)対象になるのかと思っていたが……)


 若干(じゃっかん)失礼なことを思いながら、壮麗な椅子に座る彼の隣に用意された貴賓席(きひんせき)に座っている。調印が済んだ以上、キリルはオデラに戻り、同盟締結に尽力せねばならないのだ。

 頭の固い父が何というかを考えれば気の重い話ではあったが、諸侯たちは比較的柔軟な決議を行うだろうと推測している。


(テルマと事を構えるよりは同盟の方が得だ。諸侯が流れれば、父とて……)


 オデラはこのテルマからは船で一週間弱の湾岸地域にある。距離から考えればテルマが軍力に言わせて直轄地(ちょっかつち)のような振る舞いをすることもなく、同盟を取り付けておけば侵略対象から外れ、安心することができるのだ。

 また、テルマ軍の造船をオデラが請け負えば、莫大な富が転がり込む。どちらに転んでも損のない同盟だった。


 ただ一つ、問題といえばニアのことだ。彼女は今日、ミルティアデスに付けられた侍女たちと初のポリス観光をしている。


(そもそも結婚していないものをどう離婚に漕ぎ着ければいいのか。やはり一度結婚してから……いや、体面を気にする父たちが一度結婚したものを離婚などと。……だがニアは巫女)


 ニアの今後の扱いを考えると、咄嗟(とっさ)についた嘘が悔やまれるキリルだった。



◆◇◆



 キリルが頭の痛い思いに駆られている頃、ニアも同じくアゴラにいた――とは言っても議会場の外にあり、様々な物を小売人が供給している市場に、だ。

 そこはエンポリウム以上に活気付いて、店が所狭(ところせま)しと並んでいる。


 ニアはあまりの人の多さに圧倒され、息をつくのも一苦労だった。ミルティアデスに付けられた案内役の女性がいなければ今頃、人の流れに流されてどこまで移動していたか分からない。

 女性はアンナといった。三十前後の優しげな面差しで、この地方によくいる茶色がかった金髪に薄い水色の瞳をしている。


「ニア様、あちらに見えますのが池の神テルマの神殿ですわ。元々この辺りには大きな池がいくつもあったそうで、今でもポリス創世の時より枯れる事なく、神殿内に神の池があります。産まれた赤子はこの池で体を清め、神の祝福を受けるのです。ニア様も是非その折りはいらして下さいませ」


 上の方にある白い神殿の三角屋根を指さして言うアンナにニアは頷く。丁寧に接してくれるのは嬉しいが、どうにもニアには慣れないことだった。

 また彼女はキリルとニアが本当に新婚だと思っているのだから、ニアには気の重い話だった。

 今日から二人は政庁区画にある貴人館(きじんかん)に移ることになっている。貴人館は要人が泊まる宿舎で、アンナの話では昨晩泊まった部屋の二倍は綺麗で広いとのこと。これもまたニアを憂鬱にさせるに足るものだった。


 ふと、ニアは海の臭いを感じて顔を上げる。一瞬、兄かと思って辺りを見回す。話では今日の今頃、戻ってくるとのことだった。


 だが視線の先にいたのは兄とは違う男で、路地裏へと入っていく所だった。

 黒い布を頭から被っているせいで横顔が少し見えただけだが、布から漏れる青みがかった銀髪から海の者だと知れた。

 それもその色の髪を持つ者は貴族たちなのだという話だったから、ニアは兄の知り合いだと当たりをつけて走り出す。


「ニア様っ」

「待ってて、アンナっ。知り合いみたいっ」


 ニアは人にぶつかりながらもなんとか男の入って行った道へと飛び込んだ。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 17:30 予定】

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