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タラッサの歌姫―巫女ですが偽装結婚しました―  作者: ムツキ
第六章・嘆きの地、生成
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6-3・二人の語らい


 交易港というだけあって、商人達は活気に満ちた声で朝から取引を行っている。

 ここテルマのエンポリウムはそう大きくない。実際他都市に比べれば遙かに小さいのだとキリルは話した。それは都市の内情が他都市に商人を通して漏れないようにするためと、別に軍事港を作ったからだった。


(つまり欲しいものは自力で奪いに行くから、別に自分のところで交易に力を入れなくてもいいって?)


「巨人の退治法が見つからなかった場合、いざとなったらお前を差し出すか」

「えーーっっ」

「デカイ声を出すなっ」


 悲鳴をあげるニアに彼は怒鳴る。


「ひどいっ。何、落ち着いてるのっ」

「俺にとっては痛くも(かゆ)くもない! だがまぁ、夫婦設定は外交上の嘘で済むとも思えない。頭の痛い事だ」


 ニアは笑う。


「何だ?」

「ううん、ありがとね! でも、みんな信じてるっぽいし、大丈夫よ、きっと」


 キリルはそっぽを向いて呟く。


「……オデラに確認が行ったらどうする気だ。俺は結婚どころか、婚約者もいないんだぞ。もし結婚が嘘だと知れれば、俺の信用はなくなり同盟話も消える。次に残っているのは侵略だ。この嘘は絶対にバレるわけにはいかないっ。真剣に考えて行動しろっ!」

「わ、わかったわっ」


 終いには怒鳴られ、ニアは頷く。

 昨晩も散々言われたことだった。二人の部屋は夫婦ということもあり、同室にされている。おかげで誰憚ることなく夫婦設定作戦会議を夜通し行うことができたのだ。

 現在二人は、お互いの個人情報を共有しあっている。


「あたしの方は完璧だよ。そっちは?」

「完璧だ。だがお前……性悪な偏執的(へんしつてき)妹バカの執着症候群とは、兄貴を悪く言いすぎだろ」

「それはまだゼノのことを知らないからよ。大体キリルだってお姉さんのこと、がめつい上に欲張りの浪費家って酷すぎ」

「それは姉を見てないからだ。俺はあの夫婦を見るたび、非婚願望が強くなったものだ」


 二人は顔を見合わせて、吹き出す。


(まぁ、お互いさまって事かなぁ。神様との戦いってこと云々はおいとこう……今は、キリルへの恩返しを第一に考えよう……)


 何だかんだでキリルはニアを守ってくれたのだ。であれば、ニアとてキリルの窮地(きゅうち)を知らんぷりはできない。まして嘘自体、ニアのためについたようなものなのだから。


 他愛のない話をしながら、エンポリウムから出る。昨晩エンポリウムに入る前にネロに説明された海岸へと向かう。

 ミナス地方の海岸は狭い湾が複雑に入り込んでおり、天然の港になっている場所も多い。しかし、ここは数メートル先に海が広がっていた。

 海岸の白と緑のコントラストは少し遠くにあり、すぐに遠浅の海なのだと知れた。海岸の側には林が広がっていて、風光明媚だった。ネロが地図がなくても大丈夫だと言った意味がよく分かる。


 ニアは小走りに海に向かう。ゆっくりと後を追うキリルは、ふと立ち止まる。

 白い砂浜と緑から青へのグラデーションが美しい海、そして緑の林の中に黒い()みがある。

 染みが移動しているのを見て、人だとわかった。キリルはニアを海に入れる上で、人気のない場所を頼んだのだが、どうやらどこにでも人はいるらしい。

 真っ黒の塊に少しの違和感を持ちながらも、何が違和感なのかを突き止められずにいた。


「キリルーっ、早く早くっ」

「ん、あぁ……」


 呼ばれて視線を戻す。ニアはだいぶ先で手を振っていた。

 黒い影に目を戻すと、そこには誰もいない。キリルは首を傾げながらもニアに追いつくべく歩き出した。

 黒い影は地面に横たわっている。キリルが海へと足を踏み入れると同時に、影は起きあがり、海岸へは目もくれず再度、林の中へと戻っていった。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 6/6 16:30 予定】

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