4・巫女の託宣
神殿の一番奥に上司であり、もっとも彼女が信頼を寄せるネストルがいる。
今年で三十二になるネストルは二ヶ月前に神官長へと出世したばかりの男で、ニアにとっては第二の父とも兄とも思える存在だった。
裏口から換算して三十分はかかる道を、山登りと駆け足のお陰で二十五分弱まで短縮したニアは荒い息で、ネストルの部屋の前に立つ。
部屋の入り口には天井から青い布が掛かっており、垂れた拳大の鐘を掴むと鳴らした。息の上がった胸のせいでお淑やかにとは行かず、多少荒々しく鳴ったが、ほどなく中から入室許可の応えがあった。
時間惜しさに飛び込み、眼鏡を掛けたネストルに向かって大きな声で宣言する。
「今日っ、あ、たしっ、しますっ、託宣っ」
ネストルは柔和な顔に掛かった茶色い髪を揺らして少し笑うと「落ち着きなさい」と静かな声で告げた。茶色い瞳でニアを見つめて、形の良い唇が弧を描く。
「ニア、感心しませんよ? 礼拝を休むなんて悪い子のすることです。ドーラから申告がありましたので、休息日はなしですよ」
「えっ……あ、……ごめん、なさい……ってーっ、今、その話、違うんですけどっ」
「えぇ、私の話は終わりました。ニアの話は今日、お仕事したいという話でしたね。もちろん、いいですよ。今日からお仕置きで一週間ほど頑張ってくださいね」
「え……い、一週間?」
託宣とは神をその身に降ろし、運命の一端を紐解く行為だ。本来は一日置きでも大変な労力で、下手をすると全身筋肉痛で動けなくなるほどの重労働である。
託宣が得意なニアにとっても一週間続けては厳しいお仕置きと言えた。
「はい、一週間です」
ネストルは「では宜しく」と言い、部屋を出ていく。少しの間ニアは呆然として次の瞬間、我に返る。
(と、とにかくっ、がんばるしかないよねっ)
とりあえず了承は貰ったのだ。そうと決まれば急ぐ必要がある。
大急ぎで、巫女の控え室に飛び込むと服を改め、託宣の間へと急ぐ。
その間、三十分。
その一分後、キリルを前にニアは頭から被った白いベールの下で対面していた。
「ポリス・オデラの代表キリルだ。オデラの今月の占いと、他に何かあれば頼む」
ニアは定められた通り頭を深く下げ、彼に背を向けると聳える壁の中央にある石の引き戸をズルリと開いた。中へと入り、ピタリと閉じる。
ここは年中を通して涼しい。
この部屋はあらゆる場から独立している。神官といえど、この部屋に入ることは滅多に赦されないのだ。
他の部屋と違い、剥き出しの地面の中心には大きな窪みがある。
部屋の名は運命。
巫女が神に出会う場、神降ろしの間である。ここ、モイラは世界のヘソとも言われている場所で、入るといつも複雑な天井の仕組みから月光や陽光が入り、ほのかに明るくなっている。
ニアは窪みの中央へと降り、目を閉じて座ると神を喚んだ。
「主神バシレイオス、私に声を下さいませ」
決められた古代語の詠唱が続き、やがて意識が体から解き放たれた感覚が占める。風に巻き上げられて、空を飛ぶ気分だ。
そしてそこから彼女の記憶は消えるのだ。
どれほど経ったろう、彼女は夢から覚めるように意識を取り戻した。
気付けばキリルが目の前に立っている。ベールごしに見えるキリルの顔は真剣だった。
神懸かった時の事をニアは覚えていない。これは神との接触から起こる精神ショックによる記憶喪失と言われている。
だから、彼女はそのまま続ける。
彼が神の裁きを恐れるように――創り上げた託宣を。
「神を信じぬ者二人あり、一人は神の僕になるであろう。お前は何かを渋り、災厄に見舞われるであろう。決断を見誤るな」
彼は相変わらずの無表情だった。
(やった、キリルは気付いてない。これでお金はちゃんと払ってくれるはずよね)
キリルの去っていく後ろ姿を見つめたまま、ニアはベールの奥でニンマリと笑った。
読んでくださってありがとうございます。
【序章終了/本日公開分は後6話 → 次話 18:21 予定】
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