6-1・テルマの客人
黒い布でほぼ全身を覆った男が、海に大きく張り出した海岸線を歩いている。
白い浜辺に寄せては返す波を横に、彼は歩く。海には一目もくれず、浜から数メートル奥にある緑濃い林へと入っていく。
林に入ってほどなく、奇岩が張り出した大穴がある。穴は斜め下へと続いており、彼は中へと入っていった。
灰色の壁が時折水滴を落とし、端々に何百年もかけた穴を築いている。
大人が二人並んで歩けるほどの広さの割には縦幅が狭く、彼が少し前屈みになってもなお、頭の上をこするほどに低い。
彼は立ち止まった。
穴は枝分かれしている。彼は右を選択するとまた下っていく。
穴はどんどん下へと下っていき、ついには海抜よりも下へと突入していく。深さはいや増すばかりだ。途中、何度も枝分かれした道に出くわしながらも彼は右に右に奥へと進んでいく。
やがて穴は大きく広がり、突き当たる。
彼は奥まで歩くと、そこにある大きな丸い岩を両手で押して動かした。
またもや穴がある。潮の臭いとともに、水が満ちた穴へ、彼は服のまま頭から滑るように入った。
下には暗い海が広がっている。
彼はスイスイと泳ぐ。赤い瞳には何も見えない。だが、彼はスピードを落とさず、わずか数分で目的地へと向かう。
彼は慎重に泳ぎを進め、空から丸く光の降る場所を見つけると、そこに向かい、光の中へと手を突き入れた。
うっすらと蛍光色に光る苔が壁面にびっしりと生えている。
光の下、彼は穴の縁に手をかけ体を引き上げ、酸素を吸い込んだ。
◆◇◆
大ポリス・テルマ。
ミナス王国北西部に位置する丘を中心として神殿一体型城塞都市が形成されている。
他のポリスがそうであるように、テルマも中心となるアクロポリスの麓には広場があり、ここが政治経済の中心となっている。
アゴラの周りに市民の住宅が密集し、最後にそれを取り巻いて城壁があり、ポリスの周辺には広大な農村が広がり、これも領土である。
ニアは昨日の昼に着いて以来、初めて見る大ポリス・テルマの光景に圧倒され通しだった。
とはいうものの、まだニアはテルマ内部には入れていない。現在ニアは対外交易場にいた。
エンポリウムはポリスの城壁の一番外に作られており、交易港としての機能を備えている。
独自の港、埠頭、貯蔵庫、水夫の宿舎や食料市場までもを備えていて、ポリス内部に入らずとも事足りるように作られている。そこに対外交易者たちは居住し、取引を行っているのだ。
エンポロス用の宿舎の一室で朝を迎えたニアは、白い上質なキトンを身に纏っていた。腰には派手な飾り帯をつけて、肩には淡いピンク色のヒマティオンを引っかけている。
これらは全て、キリルが昨日買って来たものだった。
彼は自分の妻ということになっている以上、立場にふさわしい格好をしろと強要してきた。
ニアの長い髪も、真珠を通した金鎖で複雑に結い上げられている。
一方のキリルも、やはり上質な濃紺のキトンに派手な飾り帯、目も覚めるような青のヒマティオンをつけて朝食を食べている。
縦長のテーブルには椅子が何脚も用意されているが、実際は上座に座ったキリルとその横合いに座ったニアの他は、給仕の人間が壁際に置物の如く立っている。
連なる窓に掛かる薄い紗の日除けはそれぞれに紐で纏められ、涼しい朝の空気が室内を満たしていた。
キリルは正式に同盟者としてテルマを訪ねて来たことになっている。
「ねぇ、貨物にあったオレンジたち大丈夫かなぁ」
昨晩遅くにデニスを長として、キリルの船は本来の目的地たるファラフ大陸へと発っている。
無駄を嫌うキリルがミルティアデスに要請して了承を取ったのだ。おかげで損失を出さずに済むと、彼は胸をなでおろしているようだったがニアの方はまだ神殿に連絡が出来ないでいた。
「ねぇ、あたし……いつになったら、神殿に連絡できるの?」
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【次話公開 → 本日 21:30 予定】
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