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5-4・一触即発


 ニアは不思議そうに兄を見て、やがて何があったのかを思い出した。

 確かに意識を失う寸前に、兄の顔を見たのだ。


「ニア、家まで送るよ」

「いえ?」

「そう、もうココに用はないだろ」

「……って、お兄ちゃんっ、何コレっ!」


 ニアは目に映った青に驚きの声を上げた。

 今まで気付かなかったのだが、完全に海に周囲を覆われている。


「水没前の船だよ」

「何言ってんのっ。止めてよっ」

「嫌だよ」


 キョトンとして言う兄に、ニアは怒鳴った。


「ほんと何言ってんのっ。戦争する気っ? ここの、あの人っ、ミナスじゃ、めちゃくちゃ危険な人なんだよっ」


 ミルティアデスを指さすニア。


「頭弱いね、ニア。海底まで戦争しに来られるなら勝手に来ればいいよ、その前に死んじゃうだろうけどね。それに、陸のポリスは城壁によって守られてるって話だけど高波で水没させるには打ってつけだよね」


 面白くもなさそうに兄は言い切った。


(喧嘩売らないでよーっ)


 ニアは内心叫び声をあげた。それはそれは甲高い声だった。ミルティアデスは平常と変わらない素振りで立っている。

 それが逆にニアは怖かった。さすがに彼に対する好印象はもはやない。


「さぁ、行くよ、ニ……っ!」


 立ち上がろうとした兄の体が傾ぐ。倒れ込む前に彼は一歩踏みだし体勢の補正をする。兄ゼノの後ろに立つネロの姿を見た瞬間、ニアは思わず声を発していた。


「ヤメテーーッッ! 」


 空気が振動し、ネロは平衡感覚を狂わされる。素早く地に手をつけて、飛びすさる。

 ニアはゼノを見る。後頭部を殴られたらしく、痛そうに頭を振っている。


(よかったっ)


 手を伸ばそうとするニアは突き飛ばされ、甲板に接吻(せっぷん)する。突き飛ばした相手はキリルで、彼は腕から血を流していた。


「キリル……っ」

「邪魔しないでくれます?」


 ネロは片手に短刀を持っている。その短刀からポタリと赤い(しずく)が落ちた。


「キリルっ、大丈……っ」


 手を伸ばすニアの鼻先すれすれを切っ先がかすめる。それは彼女の体を傷つけることなく、甲板に刺さった。


「ニア、逃げろ!」


 キリルの声。


「ネロ、お前でも失敗するんだな」


 固まったニアのすぐ後ろ――頭上からミルティアデスの声が振ってくる。


 ゆっくりと見上げるとそこにはまるで神殿にあったバシレイオス像のように傲然(ごうぜん)と立つ彼の姿。


(い、いつの間にっ……)


「すみませんねー、お手を(わずら)わせて。()()りって面倒なんですよね。あ、ニアさん、黙っててくださいねー」


 ネロも悠然(ゆうぜん)と笑いながら近寄り、ニアの口に布を突っ込む。常に浮かべている笑みが不気味さを増していた。

 兄が(けわ)しい目で立ち上がる。


「とりあえず痛い目を見せたくないとお思いだったら、あぁ、きっと兄上ですから、そうでしょうケド。この海から解放して貰えますぅ?」


 (ほが)らかな声に(かさ)なる舌打ち。数秒後、弦の一音。

 天井から海が割れて、赤焼(あかや)けの空が(あら)わになる。


「ありがとうございますぅ。ところでーですね。室内に付いて来て貰えます? あ、殺すことは目的にないので、ご安心を。キリルさんも逃げようなんてしないで下さいね。さぁ、みなさん、行きましょう」


 ミルティアデスが入れ替わりで号令する。


「船を出せ!」


 ニアは兄の不機嫌な顔を見てため息をつく。

 兄は海底王国では品行方正な王子として生活しているらしいが、その本性は気に入らないことがあると当たり散らす自分本位な人間だった。加えて加虐嗜好(かぎゃくしこう)もある。

 今回のことで、ニアは兄の嫌がらせを百パーセントの確率で受けるだろうと踏んでいる。


 ネロはニアから短刀を外さず、ミルティアデスの船室へと移動するよう示す。兄も後ろから――キリルは駆け寄り、隣を歩く。


「ニア、無事か?」

「キリル……うん、大丈夫」


 彼の心配は夫としての立場からでた演技かもしれないが、ニアにはその心遣いが嬉しかった。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 16:50 予定】

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