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5-2・青の世界


 深海を泳いでいた男はピタリと止まる。


(ニア?)


 ゼノの耳に懐かしい音が聞こえる――ニアと決めた緊急信号だ。この音は全てを突き抜けて音速で駆け抜ける高周波。互いにどうしても用がある時に、呼び合う合図だ。

 ニアは陸で虐められるたびに海に潜り、ゼノを呼んだ。ゼノも嫌なことがあるとニアを呼び出して、当たり散らしたものだ。


 彼は水を蹴り、高速で泳ぎ始める。

 過去一度だけ、ゼノは虫の居所が悪くてこの信号を無視したことがある。その時、ニアは崖から落ちて傷だらけで動けなくなっていた。

 それ以来、ゼノはどんな些細(ささい)な用だったとしても、後でニアを(いじ)めたら気は晴れるんだからと、必ず会いに行くようにしたのだ。


 まして今のニアはおかしな人間たちと一緒にいる。

 ゼノは急いだ。


 音はフツリと途切れる。

 急に消え去た合図に、ますます心は焦る。


 数分後、音のした方向へと泳いだ彼は妹を見つけた。ゼノと同じ、海にとけ込む色の髪が海藻のように広がっている。

 一瞬、ゼノは妹がどういう状況なのか理解できなかった。

 白いキトンを着た体は足先までかっちりと麻縄で縛られていて、彼女は目を瞑っている。


(ニアっ??)


 彼女は気を失っていた。

 側には白イルカが回っている。

 ゼノは唐突に理解した。

 窒息しかけたニアが最後の力でイルカを呼び、自分に高周波をぶつけさせたのだと――。気を失う事で溺死を免れたのだと。


 すぐにゼノはニアの体を縛る紐を腰の剣で切り裂き、抱き上げ浮上する。

 今すべきことを彼は分かっている。神への賛歌のメロディを口ずさむ。

 波がゼノを持ち上げていく。ニアを抱いたゼノは船と同じ高さにまで上る。波が大きくうねって、二艘の船を取り囲んでいく。

 彼は舳先に着地すると、更に賛歌を歌い続けた。

 二艘の船は今や、外界と切り離された空間にいる。


「うちの妹に、ずいぶんだね」


 視線の先には船の長らしき赤いマントを羽織った男がいた。窒息せしめる青の世界に取り囲まれておきながら、男は全く動じた風もなく、口元に笑みを刻むだけだ。


(気に入らないね)


 ゼノはニアを抱く腕に力を込めた。


読んでくださってありがとうございます。

【次話公開 → 本日 PM 14:45 予定】

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