5-1・溺死への秒読み
ニアはネロの言った『協力』がこうした事になるとは想像もしていなかった。
むしろコレのどこをどう見れば、『協力』という友愛精神溢れる言葉に結びつくのか理解もできなければ、したくもなかった。
今、ニアは錨を降ろした船の舳先からぐるぐる巻きにされて吊されている。
縄は長く、今のニアは海にすれすれで届いていない。
「ミルティアデス様、では、さっそく」
上でネロの普段と変わらない声がする。
こういう状況になったのには訳がある。キリルのせいだ。
キリルがどのように話したのかは全く分からないが、ネロの言動から察するに『巨人と戦うのは無謀だ』と言ったらしい。そして二人の応酬は続き、結果ニアの兄を呼び出すための餌として今の状況に陥っている。
ニアは当然言うべきことを言った。
すなわち『兄とあたしはそんなに仲良しこよしの関係じゃないのっ、助けになんか来るわけないじゃない!』と。
だがネロは耳を貸さなかった。現在キリルも縛られて船室に閉じ込められており、彼女は海に投入されようとしている。
ニアは魚ではない。
キリルにも言ったが、魚類のようにエラがあるわけではないのだ。一定時間を過ぎれば溺死する。
今更ながらにミルティアデスに全てを話したことを後悔していた。それはもう、タラッサのどの海溝よりも深くだ。
「では落としますねー」
ネロが無情な宣言をする。ニアは深く息をして、肺のほぼ全てに酸素を充満させる。
同時に、自分の意志とは無関係に海に落とされた。
海の中はいつも通りだ。いつもと違うことは縛られ吊されている状況だ。船は止まっているから、ニアは海の中でふわふわと浮かぶ他なかった。
泳いで逃げられないようにと、ネロは彼女の足も縛ったのだ。
だがニアは高を括っていた。
三十分で引き上げると言われているのだから、そうそう窒息の危機はないと。 しかし予想外に、ニアの息は十分を過ぎた辺りから苦しくなってきた。
(何でっ、何で……っ)
慌てて手足を動かそうとするが、縛られていて自由にはならない。ニアは恐慌状態に陥っていた。
いつもなら普通に潜れている深度で、まだ時間も短い。
(くる……くるしっ……)
ニアは口を開けて、ひときわ甲高い音を発した。
緊急信号――昔、兄と決めた音だった。
代々海底王国の王族には当然のように、タラッサテオスによって海を半自由に扱う権利を有する。だが海の王となる跡継ぎの兄と違い、ニアには海を自在に操ることは許されていない。それらは権利と教育が関わる問題だった。死を間近に感じようとも出来ることと言えば、兄に縋る道しかない。
息苦しさに目をギュッと瞑る。
(助けて……、息が……もう……っ)
ニアは思う。
この青はいつも優しかった。ドーラ婆に叱られたり、意地悪な先輩巫女に何か言われるたび、ニアは海に入って己を慰めてきた。
その優しいものに今、ニアは殺されかけている。
「ぜ……の……」
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【次話公開 → 本日 AM 13:30 予定】
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