4-5・海図と役割
事件からすでに三日が過ぎていた。
船は一路、ミルティアデスの領地に向かっている。ニアはネロの監視の元で毎朝、海に潜っていた。
鯨はもういない。彼らがどうなったのか心配だが、おそらく兄が無事に帰してくれたはずだ。
ニアは今日も朝陽を浴びながら、海に飛び込む。その間に、キリルは繋がれた自船の操舵のため、戻るのだ。
どちらの船員たちもこの恒例になった行事を見ている。
海の底まで潜り好きなだけ遊泳して海を満喫すると、垂らされた縄梯子に掴まり上るのだ。ニアにとって船の速度に合わせて泳ぐことは大した労力ではなかった。
今日も上ってきたニアに、ネロが大きな布を差し出した。
受け取って羽織り、船内の一室へ案内される。そこには海図が広がっている。
あの日よりネロの指示の元、海図に細かい海底の様子を書き込むようになっていた。書くことは色々ある。潮の流れ、海底火山の様子、植物の繁殖状況、座礁地点になりそうな箇所を記していく。
そもそもミナス王国近郊のタラッサは多島海との俗称を持つ。
海面には大小合わせて四百近い島が散在している。の大部分が旧陸地の頂上部であり、海底の地形はとても複雑になっている。水深三千メートル近い所もあれば、数十メートルの浅瀬もあり、大型船は簡単に座礁してしまうのだ。
海図の有用性など考えたこともなかったニアにはどのように報告すればいいのか、また書き込めばいいのかすらわからなかったが、意外なことにネロは根気のある教師だった。ニアの要領を得ない説明を聞いては、海図にどう書くべきかを教えてくれるのだ。
ネロは言った。
「定期的に海に入れることは納得してますケド、せっかくなら役立ってもらわないとね。もったいないですから、お勉強しましょうね」
ニアには不思議なことだったが、どうやらキリルと言いミルティアデスと言い、貴族様は商売と金が何より好きらしい。無駄をとことん嫌う二人を見ていると、自分が無駄だらけの人間にさえ見えてくる。
少なくともニアは神殿でそういったことを習わなかった。時間の有効活用は立派だと思うが、二人のそういった部分を見るとずいぶん窮屈に感じる。
「あ、アナタ、お帰りなさーい」
入ってきたキリルに駆け寄る。第三者がいる前では夫婦演技をすることで、互いに話がまとまっていた。
ネロも、そういう場面では空気を読んでか部屋の外に出るのだ。
「明日の昼には着くそうだ」
「テルマに?」
「あぁ」
筆記用を手に、ニアは考え込む。
テルマはバシレイオス神殿から、陸路で二週間はくだらない場所にある。ニアの聞いた話では大きな都市だということだったが、神殿から出ること自体なかったため、普通の社会がどう営まれているのかを本でしか知らないのだ。
興味はもちろんある。
だが同時に、着いた先で自分やキリルがどうなるのかということが一番の気掛かり事項でもあった。
「ねぇ、キリルの家は心配してないの?」
声を潜めて問う。
「俺はファラフ大陸への交易だったからな。ファラフまで船で往復一ヶ月弱。こんなことになっているとは思っていないだろう」
「……そっか」
ファラフはミナスから南東にある大穀倉地帯で、陸の神の化身たる王が治めている土地だ。ミナスは古くからファラフとの貿易を大事にしてきた。
「キリルのいるトコってどんな感じなの?」
「オデラか?」
「うん」
「……普通だな」
「普通って?」
「中心となる丘に歌の神アーディンを祭った神殿……」
その言葉に合点がいく。
「あーっ、それであたしのこと、音痴音痴って言うんでしょっ」
「それは買い被りだな。お前の歌は本当に酷かった」
「……っっ。そ、それで? 続けて」
ふてくされながら先を促す。
「地域市場と市民の居住地、対外交易港。貴族と一般市民、奴隷。町を囲う城壁、以上だ」
ミナス王国は正確にはミナス地方王国連合という。ミナスには大小四十に及ぶ都市国家が存在している。各王家は神の末裔であり、先祖の神を祭った神殿を町の中心に据えてある。
すでに潰えた王家も少なくないが、もともと議会がしっかりとしているのがミナス王国の特色でもあるから、連綿と生活は営まれている。
「……なんか、本の受け売りっぽい。ここが売りーっみたいなのないの?」
「売り……売りか」
キリルは考え込む。自分の土地だというのに、ずいぶん薄情だとニアが思っていると、答えが有らぬ方向から返ってきた。
「それは僕が答えましょうか?」
ニアはびっくりして振り返る。ちょうどネロが入ってきたところだった。
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【次話公開 → 6/5 AM 9:30 予定】
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